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最終章 執事服の王子様
13-5 あなたが、……好き、です
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目覚めた私を待っていたのは――父親の、怒号。
「なんでこんなことになっているんだ!」
同意が必要だから駆けつけてくれたのは感謝している。
けれどついさっきまで殺されそうだった娘に、いきなり怒鳴るだろうか。
しかも、個室なのをいいことに。
「なんでって……」
そんなの、私が知りたい。
「お前がいつまでも低俗なエロ小説なんて書いているから、こんなことになるんだろうが!」
「それのなにが悪いの!?」
身体が、熱い。
いままでこの話題は曖昧に笑って逃げてきた。
でももう――逃げたくない。
「私は自分の書いている作品が、低俗なんて思わない。
ただ私は、読者に夢と希望を届けたいだけだから。
それがたまたまTLだったってだけ。
だいたいお父さん、私の作品読んだことないくせに!」
母は私と父の間をおろおろとしている。
「うっ。
……そ、そんなの、読まなくたってわかる。
お前の書いているのは最低なエロ小説だ」
どこまでも認めようとしない父親が腹立たしい。
「あの、すみません」
「なんだ!」
睨み合いをしていたところへ声をかけられ、父が相手を怒鳴りつけた。
「き、君は……誰だ?」
が、振り向いた先には執事服の男が立っていて、完全に動揺している。
まあ、日常生活で執事服の男なんていないから、仕方ないとは思うけど。
いくら慣れている私でも、さすがに病院では浮いていると思うし。
「べ……彼女の小説を馬鹿にしないでくれますか。
俺は読んで、めちゃくちゃ面白かったんです。
こんな小説を書ける彼女を尊敬しています」
「どうせ君は、低俗なまんがやなんかばかり読んでいるんだろう?
そんな奴の意見なんて聞く気も起きん」
腕を組んでわざとらしく、ふんっと父は鼻息を吐き出した。
そういうのは彼を馬鹿にしているようで本当にムカつく。
「お……」
「お父さんのいう高尚なものってなんですか」
私が食ってかかるよりも早く、制するように彼が口を開いた。
「芥川賞受賞作ですか。
それとも海外文学?
ちなみに芥川賞作品にはすべて目を通していますし、海外純文学もたしなむ程度には」
うっすらと口もとだけで彼が笑う。
私に向けられたものじゃないとわかっていても背筋がぞぞぞっとしたし、父も黙ってしまった。
「……とにかく。
お父さんに認めてほしいとは思ってない。
ただ、馬鹿にしないで。
否定しないで。
それは、全部のTLノベル作家……ううん、頑張って書いている作家に失礼だから」
「……」
父はなにも言わない。
でも、かまわない。
私は自分の気持ちを、ちゃんと伝えたから。
「松岡くん。
セバスチャン、は」
両親は今日は帰ると病室を出ていった。
父は意気消沈していたし、そんな父にどうしていいのかわからないのか母はまだおろおろとしていたが。
執事服の男――松岡くんが、私の傍に寄ってくる。
「手術、無事に終わった。
命に別状はない、って」
「よかった……」
ほっとすると涙が出てくる。
私を庇ってセバスチャンが死んでいたらきっと、後悔してもしきれなかっただろう。
「紅夏の指、は……?」
「十中八九、くっつくって。
でも前のように使えるようになるにはかなりリハビリが必要だって」
動かないように固定されている右手薬指には感覚がない。
このまま動かなかったら?
そんなことを考えて不安になりそうになる。
「俺が、もっと早く駆けつけていたら……!」
松岡くんの顔が苦しそうに歪んでいく。
でも悪いのは彼じゃない、私だ。
「松岡くんが助けに来てくれたから、私は死なずにすんだよ。
ありがとう」
「でも、紅夏の指が……!」
「大げさだな。
指一本動かなくなったって、書けるって」
こんなに私の指を心配してくれるんなんて、胸がじーんと熱くなってくる。
松岡くんだってこれほど私の指を心配してくれるんだ。
やっぱり指を切り落とそうとした祐護さんは絶対、編集者なんかじゃない。
ただの殺人者だ。
「それでね。
……ごめん」
「は?」
意味がわからないのか、松岡くんは彼にしてはずいぶん間抜けな顔をしていた。
「疑ったりして、ごめん。
ううん、疑っただけじゃなくて犯人扱いして、ごめん。
それに会社にもクレーム入れたし。
ごめん」
「あー……」
なぜか松岡くんはあたまをがしがし掻いている。
「そりゃ、紅夏に信じてもらえなくてショックだったし?
なんか俺、悪いことしたのか考えたけど、いくら考えても全然わかんないし?
そのうえ、俺が犯人とか言われてほんとショックだったけど」
はぁっ、短く彼はため息を落とした。
「事情聴取で警察呼ばれてさ。
アリバイ確認とかされてほんと、腹立った。
まあ、そっちはちゃんと証明されて無罪放免になったけど。
だいたい俺、仕事するとき以外は私服だし?
猫巡りするのにこんな目立つ格好なんてしないし?」
「あ……」
よく考えたらそうなのだ。
それに冬場はコートを着ているから執事服なんてわからない。
祐護さんが見たと言っていた水曜日は、松岡くんは休みの日だから執事服じゃない。
「でさ、横井さんが言うんだ。
あの立川って男、ネット小説家殺人事件で捜査線上に浮かんできた男と特徴が似ている、って」
だからあの日、横井さんは妙に祐護さんを疑っていたんだ。
「だから帰るとき、いつも紅夏の家の前を通って帰ってた。
……心配、だったから」
ふぃっ、目を伏せた松岡くんが視線を逸らす。
心臓が一気にきゅーっとせつなくなった。
心配してくれていたのも、それが少し恥ずかしそうなのも。
「ありがとう、松岡くん。
こんな私を心配してくれて。
もう許してなんていえないはわかってる、けどっ……」
情けないことに声が鼻声になっていく。
慌てて鼻を啜ってごまかした。
「あーっ!」
なんかもどかしそうにまた、松岡くんはあたまを掻きだしたけど……どうかしたのかな。
「許すも許さないもさ。
俺はあのあともずーっと紅夏が心配だったの。
意味、わかる?」
「だって私のせいで嫌がらせ犯だって疑いをかけられて、会社だってクビに……」
「なってない」
「はい?」
ごめん、意味、わかんない。
「上司からはめちゃくちゃ怒られたけどさ。
……それはちょっと、紅夏を恨んだけど。
でも疑いも晴れたし、ほかのお客様が庇ってくれたし。
ほら、俺、マダムキラーだし?」
くいっ、松岡くんが眼鏡を上げる。
いや、それ威張るところじゃないから。
「昨日、仕事の帰りだったからこの服。
ちなみにまだ、あれから家に帰れてない」
「うっ」
それは大変、失礼いたしました……。
「それで。
意味わかったのかよ」
「えっと……。
松岡くんは私がまだ好きってこと?」
……で、合っていますか?
「紅夏にしてはよくできました」
「……ひど」
にやっ、右頬だけを歪めて松岡くんが笑う。
あ、これ見るの、久しぶりだな。
「それで。
……紅夏は?」
じっと、レンズの奥から松岡くんが私を見つめる。
私?
私の気持ち?
私は松岡くんを忘れて、祐護さんを好きになろうとしたんだよ?
本性を知らなかったとはいえ、ペアの指環だって受け取った。
なのにまだ、許されるのかな。
「……やっぱり立川が好きなのか」
なかなか返事をしない私に、松岡くんは淋しそうに目を逸らした。
「ちがっ、私はっ」
どんなに忘れようとしても無理だった。
松岡くんが犯人だって――ほんとは違ったけど、わかっていても松岡くんのことばかり考えていた。
上手に騙してわからないように殺してほしかったとさえ願っていた。
「私、はっ。
松岡くん、がっ。
……好き、だからっ」
動かせる左手で彼の服を掴む。
けれど顔は上げられない。
怖くて松岡くんの顔を見られないから。
「紅夏……」
そっと、松岡くんの手が私を上へ向かせる。
眼鏡の奥では泣きだしそうに歪んだ目が私を見ていた。
「あい……」
――ガラッ。
「作家先生、事情を聞きたいんでいいですかね。
……ひぃっ」
勢いよく戸を開けた横井さんは松岡くんから睨まれ、短く悲鳴を上げた。
「いま、いいとこだったのに……」
「は?」
「いい!
一回、帰ってくる!」
「あ、お兄さんも話を聞かなきゃだから、あとでねー」
怒って出ていった松岡くんとは対照的に、横井さんはへらへらと笑っていた。
「……そういうところが嫌われるんですよ」
後ろに控えていた女性警官がぼそっと呟いた。
彼女と横井さんは仕事上、ペアを組んでいるらしい。
「それで。
作家先生、話、いいですかね」
「はい」
椅子を引き寄せ、私の傍に横井さんは腰を下ろした。
その後ろに女性警官が控える。
「じゃあ、あの立川と作家先生の関係から……」
祐護さんに出会ってから、そしてこのひと月のことをすべて話した。
あんなに私のために尽くしてくれたあれが、演技だったなんていまでも信じられない。
が、彼にとってはただ単に、ベストセラーを生むためだけだったのだろう。
「ベストセラー、ですか」
「はい」
横井さんは信じられないようだが、祐護さんの狂気は出版界に携わる者としては少し理解できる。
いまの時代、書籍の売り上げは落ちる一方だ。
私だって重版がかかったとかなったら、飛び上がって喜ぶくらいだ。
それくらい、珍しい。
だからこそ、祐護さんはベストセラーに執着したのだろう。
けれど途中から、手段が目的になっていたようだが。
「まあ、今回の件は我々にも落ち度があります。
例の殺人犯と似ているとは思ったものの、確証が持てなくて。
しかも所轄が違うもんだから……」
横井さんはぼやいているが、今回、私が助かったのは彼のおかげとも言えなくもない。
彼が似ていると、松岡くんに漏らしてくれたから。
だから松岡くんは私を気にしてくれていた。
「私も、その、……いろいろ、失礼なことを言いました」
祐護さんが犯人だなんて思っていなかったのもあるが、当てにならないなど酷いことを言った。
横井さんは一生懸命やってくれていたのに。
「いやー、ああいう状況だったら仕方ないですって」
「いつもへらへら笑ってだらしないから、市民に信用されないんですよ」
はぁっ、女性警官の吐くため息は重い。
もしかして、こんなことは日常茶飯事なんだろうか。
「なんでこんなことになっているんだ!」
同意が必要だから駆けつけてくれたのは感謝している。
けれどついさっきまで殺されそうだった娘に、いきなり怒鳴るだろうか。
しかも、個室なのをいいことに。
「なんでって……」
そんなの、私が知りたい。
「お前がいつまでも低俗なエロ小説なんて書いているから、こんなことになるんだろうが!」
「それのなにが悪いの!?」
身体が、熱い。
いままでこの話題は曖昧に笑って逃げてきた。
でももう――逃げたくない。
「私は自分の書いている作品が、低俗なんて思わない。
ただ私は、読者に夢と希望を届けたいだけだから。
それがたまたまTLだったってだけ。
だいたいお父さん、私の作品読んだことないくせに!」
母は私と父の間をおろおろとしている。
「うっ。
……そ、そんなの、読まなくたってわかる。
お前の書いているのは最低なエロ小説だ」
どこまでも認めようとしない父親が腹立たしい。
「あの、すみません」
「なんだ!」
睨み合いをしていたところへ声をかけられ、父が相手を怒鳴りつけた。
「き、君は……誰だ?」
が、振り向いた先には執事服の男が立っていて、完全に動揺している。
まあ、日常生活で執事服の男なんていないから、仕方ないとは思うけど。
いくら慣れている私でも、さすがに病院では浮いていると思うし。
「べ……彼女の小説を馬鹿にしないでくれますか。
俺は読んで、めちゃくちゃ面白かったんです。
こんな小説を書ける彼女を尊敬しています」
「どうせ君は、低俗なまんがやなんかばかり読んでいるんだろう?
そんな奴の意見なんて聞く気も起きん」
腕を組んでわざとらしく、ふんっと父は鼻息を吐き出した。
そういうのは彼を馬鹿にしているようで本当にムカつく。
「お……」
「お父さんのいう高尚なものってなんですか」
私が食ってかかるよりも早く、制するように彼が口を開いた。
「芥川賞受賞作ですか。
それとも海外文学?
ちなみに芥川賞作品にはすべて目を通していますし、海外純文学もたしなむ程度には」
うっすらと口もとだけで彼が笑う。
私に向けられたものじゃないとわかっていても背筋がぞぞぞっとしたし、父も黙ってしまった。
「……とにかく。
お父さんに認めてほしいとは思ってない。
ただ、馬鹿にしないで。
否定しないで。
それは、全部のTLノベル作家……ううん、頑張って書いている作家に失礼だから」
「……」
父はなにも言わない。
でも、かまわない。
私は自分の気持ちを、ちゃんと伝えたから。
「松岡くん。
セバスチャン、は」
両親は今日は帰ると病室を出ていった。
父は意気消沈していたし、そんな父にどうしていいのかわからないのか母はまだおろおろとしていたが。
執事服の男――松岡くんが、私の傍に寄ってくる。
「手術、無事に終わった。
命に別状はない、って」
「よかった……」
ほっとすると涙が出てくる。
私を庇ってセバスチャンが死んでいたらきっと、後悔してもしきれなかっただろう。
「紅夏の指、は……?」
「十中八九、くっつくって。
でも前のように使えるようになるにはかなりリハビリが必要だって」
動かないように固定されている右手薬指には感覚がない。
このまま動かなかったら?
そんなことを考えて不安になりそうになる。
「俺が、もっと早く駆けつけていたら……!」
松岡くんの顔が苦しそうに歪んでいく。
でも悪いのは彼じゃない、私だ。
「松岡くんが助けに来てくれたから、私は死なずにすんだよ。
ありがとう」
「でも、紅夏の指が……!」
「大げさだな。
指一本動かなくなったって、書けるって」
こんなに私の指を心配してくれるんなんて、胸がじーんと熱くなってくる。
松岡くんだってこれほど私の指を心配してくれるんだ。
やっぱり指を切り落とそうとした祐護さんは絶対、編集者なんかじゃない。
ただの殺人者だ。
「それでね。
……ごめん」
「は?」
意味がわからないのか、松岡くんは彼にしてはずいぶん間抜けな顔をしていた。
「疑ったりして、ごめん。
ううん、疑っただけじゃなくて犯人扱いして、ごめん。
それに会社にもクレーム入れたし。
ごめん」
「あー……」
なぜか松岡くんはあたまをがしがし掻いている。
「そりゃ、紅夏に信じてもらえなくてショックだったし?
なんか俺、悪いことしたのか考えたけど、いくら考えても全然わかんないし?
そのうえ、俺が犯人とか言われてほんとショックだったけど」
はぁっ、短く彼はため息を落とした。
「事情聴取で警察呼ばれてさ。
アリバイ確認とかされてほんと、腹立った。
まあ、そっちはちゃんと証明されて無罪放免になったけど。
だいたい俺、仕事するとき以外は私服だし?
猫巡りするのにこんな目立つ格好なんてしないし?」
「あ……」
よく考えたらそうなのだ。
それに冬場はコートを着ているから執事服なんてわからない。
祐護さんが見たと言っていた水曜日は、松岡くんは休みの日だから執事服じゃない。
「でさ、横井さんが言うんだ。
あの立川って男、ネット小説家殺人事件で捜査線上に浮かんできた男と特徴が似ている、って」
だからあの日、横井さんは妙に祐護さんを疑っていたんだ。
「だから帰るとき、いつも紅夏の家の前を通って帰ってた。
……心配、だったから」
ふぃっ、目を伏せた松岡くんが視線を逸らす。
心臓が一気にきゅーっとせつなくなった。
心配してくれていたのも、それが少し恥ずかしそうなのも。
「ありがとう、松岡くん。
こんな私を心配してくれて。
もう許してなんていえないはわかってる、けどっ……」
情けないことに声が鼻声になっていく。
慌てて鼻を啜ってごまかした。
「あーっ!」
なんかもどかしそうにまた、松岡くんはあたまを掻きだしたけど……どうかしたのかな。
「許すも許さないもさ。
俺はあのあともずーっと紅夏が心配だったの。
意味、わかる?」
「だって私のせいで嫌がらせ犯だって疑いをかけられて、会社だってクビに……」
「なってない」
「はい?」
ごめん、意味、わかんない。
「上司からはめちゃくちゃ怒られたけどさ。
……それはちょっと、紅夏を恨んだけど。
でも疑いも晴れたし、ほかのお客様が庇ってくれたし。
ほら、俺、マダムキラーだし?」
くいっ、松岡くんが眼鏡を上げる。
いや、それ威張るところじゃないから。
「昨日、仕事の帰りだったからこの服。
ちなみにまだ、あれから家に帰れてない」
「うっ」
それは大変、失礼いたしました……。
「それで。
意味わかったのかよ」
「えっと……。
松岡くんは私がまだ好きってこと?」
……で、合っていますか?
「紅夏にしてはよくできました」
「……ひど」
にやっ、右頬だけを歪めて松岡くんが笑う。
あ、これ見るの、久しぶりだな。
「それで。
……紅夏は?」
じっと、レンズの奥から松岡くんが私を見つめる。
私?
私の気持ち?
私は松岡くんを忘れて、祐護さんを好きになろうとしたんだよ?
本性を知らなかったとはいえ、ペアの指環だって受け取った。
なのにまだ、許されるのかな。
「……やっぱり立川が好きなのか」
なかなか返事をしない私に、松岡くんは淋しそうに目を逸らした。
「ちがっ、私はっ」
どんなに忘れようとしても無理だった。
松岡くんが犯人だって――ほんとは違ったけど、わかっていても松岡くんのことばかり考えていた。
上手に騙してわからないように殺してほしかったとさえ願っていた。
「私、はっ。
松岡くん、がっ。
……好き、だからっ」
動かせる左手で彼の服を掴む。
けれど顔は上げられない。
怖くて松岡くんの顔を見られないから。
「紅夏……」
そっと、松岡くんの手が私を上へ向かせる。
眼鏡の奥では泣きだしそうに歪んだ目が私を見ていた。
「あい……」
――ガラッ。
「作家先生、事情を聞きたいんでいいですかね。
……ひぃっ」
勢いよく戸を開けた横井さんは松岡くんから睨まれ、短く悲鳴を上げた。
「いま、いいとこだったのに……」
「は?」
「いい!
一回、帰ってくる!」
「あ、お兄さんも話を聞かなきゃだから、あとでねー」
怒って出ていった松岡くんとは対照的に、横井さんはへらへらと笑っていた。
「……そういうところが嫌われるんですよ」
後ろに控えていた女性警官がぼそっと呟いた。
彼女と横井さんは仕事上、ペアを組んでいるらしい。
「それで。
作家先生、話、いいですかね」
「はい」
椅子を引き寄せ、私の傍に横井さんは腰を下ろした。
その後ろに女性警官が控える。
「じゃあ、あの立川と作家先生の関係から……」
祐護さんに出会ってから、そしてこのひと月のことをすべて話した。
あんなに私のために尽くしてくれたあれが、演技だったなんていまでも信じられない。
が、彼にとってはただ単に、ベストセラーを生むためだけだったのだろう。
「ベストセラー、ですか」
「はい」
横井さんは信じられないようだが、祐護さんの狂気は出版界に携わる者としては少し理解できる。
いまの時代、書籍の売り上げは落ちる一方だ。
私だって重版がかかったとかなったら、飛び上がって喜ぶくらいだ。
それくらい、珍しい。
だからこそ、祐護さんはベストセラーに執着したのだろう。
けれど途中から、手段が目的になっていたようだが。
「まあ、今回の件は我々にも落ち度があります。
例の殺人犯と似ているとは思ったものの、確証が持てなくて。
しかも所轄が違うもんだから……」
横井さんはぼやいているが、今回、私が助かったのは彼のおかげとも言えなくもない。
彼が似ていると、松岡くんに漏らしてくれたから。
だから松岡くんは私を気にしてくれていた。
「私も、その、……いろいろ、失礼なことを言いました」
祐護さんが犯人だなんて思っていなかったのもあるが、当てにならないなど酷いことを言った。
横井さんは一生懸命やってくれていたのに。
「いやー、ああいう状況だったら仕方ないですって」
「いつもへらへら笑ってだらしないから、市民に信用されないんですよ」
はぁっ、女性警官の吐くため息は重い。
もしかして、こんなことは日常茶飯事なんだろうか。
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