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最終章 執事服の王子様

13-4 お姫様のピンチを助けてくれるのは――執事だ

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 ――ガンガンガン、ガンガンガン!

「紅夏、無事か!?」

 激しく玄関の戸を叩く音ともに聞こえてきたのは――松岡くんの、声。

「くそっ、鍵替わってる!
紅夏、無事か!?
紅夏!!」

 がたがたと戸を開けようとする音が響いていたが、しばらくすると静かになった。
 祐護さんはナイフを掴んだまま辺りをうかがっている。
けれどもう、松岡くんの気配は感じない。

「ほんと、さっさと殺しちゃわないとね」

 はぁっと小さく息を吐き、祐護さんが再びナイフを振りかぶった……瞬間。
 ゆらり、カーテンに人影が浮かび上がる。

「紅夏になにしやがる!?」

 ――ガッシャーン!

 ――ピピピピピピピピピピピピピピピピッ!

 ガラスの割れる音とともにけたたましく警報が鳴り響く。
割れた掃き出し窓から執事服姿の松岡くんが飛び込んできた。

「お前、紅夏になにする気だ!?」

 がっ、松岡くんの拳が祐護さんの顔にクリーンヒットし、吹っ飛んでいく。

「ああっ!?
紅夏になにする気だったんだ!?」

 祐護さんに馬乗りになり、その胸ぐらを掴む。
 こんな状況だというのに、祐護さんはへらへらと笑っていた。

「ゲームオーバー、かな。
あーあ、もうちょっとでベストセラーの誕生だったのに」

「……は?」

 松岡くんは完全に呆気にとられているが、それは私も同じだった。

「だって僕、怪我するのヤだし。
無理ゲーはしない主義なの」

「……は?」

「離して、くれないかな。
もうなにもする気ないし」

 まだ状況が把握できていない松岡くんの手を払いのけ、祐護さんが立ち上がる。

「じゃあね、紅夏。
あれ、蒼海文芸大賞、獲れるといいね。
売り上げに悩んだときはいつでも連絡ちょうだい。
今度こそ、殺してあげるから」

 遊びに来た友達の家から帰るノリで祐護さんが去っていく。
 それを間抜けにも松岡くんも私も、ぼーっと見ていた。

 ――ガンガン!

「兄ちゃん、作家先生、大丈夫か!?」

 玄関の戸を叩かれ、我に返る。
 松岡くんは慌てて祐護さんの後を追いかけた。

「横井さん!
こいつが犯人、です!」

「あーあ。
捕まっちゃった」

 玄関でなにやらばたばたと音がする。
 すぐに松岡くんが戻ってきて、警報器の電源を切った。

「遅くなって、ごめん」

 口の中に詰まっていた布を出してくれた。
 聞きたいことはたくさんある。
 けれど。

「セバスチャン、セバスチャンが!」

「紅夏?」

 足のロープをほどいてもらうのももどかしく、セバスチャンに駆け寄る。
 セバスチャンは弱いながらもまだ呼吸をしていた。

「よかった、まだ生きてる!
早く、病院に連れていかないと!」

「紅夏、落ち着け。
お前だって怪我してるんだから。
止血して指を固定しないと」

 私の腕を、ほどいたロープで松岡くんがきつく縛る。
 右手の薬指は……ぶらぶら揺れていた。
 けれど興奮しているからか、痛みは少しも感じない。

「そんなの、どうでもいい!
私を守って、セバスチャンが……」

 私にかまわず、持ってきたタオルで松岡くんは私の手を、指を固定するようにぐるぐる巻きにした。

「わかってる。
わかってる、から」

 そういう松岡くんの手は、――震えていた。

「作家先生、無事ですか!」

 横井さんは私の姿を見て、痛そうに顔をしかめた。

「無事じゃないですね。
すぐに病院に行きましょう」

 横井さんはてきぱきと周囲の人間に指示を出している。
 その姿は私を適当にあしらっていたのと同じ人物とは思えない。

「私はいいから、セバスチャン……!」

「俺が連れていってくる」

 松岡くんは横井さんとなにやら相談をはじめた。
 横井さんは困っているのか、あたまをがしがしと掻いている。

「許可、もらえたから。
病院も連絡入れた。
終わったら連絡する」

「う、うん」

 私の腕から松岡くんがセバスチャンを抱き取った。

「心配しないでもきっと大丈夫だ」

 私の顔を見ずに、松岡くんの手があたまをぽんぽんする。
 それだけで酷く安心できた。

 横井さんに連れられて家を出ると、パトカー数台に救急車が停まっていた。
 さらにその周りには何事かと近所の人が集まっている。

「行きましょう」

 促されて救急車に乗る。
 病院まではこの間、横井さんについてきていたあの女性警官が付き添ってくれた。


 指はかろうじて皮膚一枚で繋がっていた。
 ただ、鋭利な刃物だったからくっつくと言われ、ほっとした。

 手術が終わって少し眠る。
 セバスチャンがどうなったのかは気になるけれど、麻酔が効いているか眠かったから。
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