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第12章 知ってしまった深い愛と絶望

12-4 心配してくれているのはわかるけど……

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 ――ガン、ガン!

 玄関から大きな音がしている気がして手を止める。

「立川さん……?」

 気になって玄関へ向かうとそこには……誰か、いた。

「誰……?」

 知らない男は玄関の戸をなにかガチャガチャやっている。

「なに、やってるの……?」

 泥棒?
 だったらすでに戸は開いているのに、なんであそこに固執しているの……?

 なにをやっているのか確認したいが、怖くて足が竦んで動かない。

「た、立川さん!」

「なぁに、紅夏?」

 ひょこっとなぜか洗面所から立川さんが顔を出す。
 怯えている私と違い、楽しそう。

「あ、あれ」

 玄関を指した指はぶるぶる震えていた。

「ああ。
あんなことがあったあとだから鍵変えとかないと危ないよ。
悪いけど勝手に業者呼んだから」

「ああ、そうですか……」

 彼に悪気がないのはわかる。
 私を心配してくれているのも。
 でも、相談も無しに勝手にこんなことをされるのはちょっと嫌。

「ありがとう、ございます」

 きっと私の笑顔は多少引きつっていただろうが仕方ない。

「もうすぐ洗濯も終わるからねー。
干してしまったらお昼ごはんを作るよ」

「え……」

 待って待って、洗濯って、なに?

 洗濯カゴには下着も突っ込んでいたはずなのだ。

 あれだって最初は、松岡くんに洗ってもらうのが恥ずかしくてそれだけ自分で洗っていた。
 まあ、そのうち面倒くさくなったものあって割り切って洗ってもらうようになったけど。

「そんなの、私がやりますよ!」

「ダーメ。
紅夏には執筆に専念してほしいの。
もう蒼海文芸大賞の締め切りまで日がないからね。
……あ、洗濯終わったみたい」

 洗濯機がピーピー鳴りだし、立川さんはまた洗面所へと消えた。

 なんだか凄く面倒くさい人に好かれてしまった気がしないでもない。
 でも、いまの私には彼しか頼る人がいないわけで。
 それに、実害があるわけでもない。

 なら、……割り切るか。

 途切れた集中は戻ってこず、それでもだらだらと少しでも進める。

「紅夏ー、お昼ごはん、できたよー」

「はーい」

 手を止めて茶の間へ行く。
 こたつの上にはチャーハンができていた。

「ごめん。
作るって言っておいてなんなんだけど。
僕、あんまり料理が得意じゃないんだよね。
一応、食べられるとは思うけど」

 立川さんは苦笑いを浮かべているが、作ってもらえるだけこちらとしてはありがたいです。


 スプーンを握って私が口に入れるのを、立川さんはじっと見つめていた。

「美味しい、です」

「よかったー」

 あきらかにほっとした顔で立川さんも食べだす。

「ん?
ちょっと塩辛くない?
それにべちゃべちゃだし」

「そんなことないですよ」

 立川さんは盛んに首を捻っているが、かまわずに食べ進める。
 ほんとは彼の言う通り、塩辛くてべちゃべちゃなんだけど。
 松岡くんのパラパラチャーハンが食べたい。

 ……なーんて比べちゃ、ダメ。

「紅夏の家の冷蔵庫ってお総菜がたくさん入ってるよね。
あと、ケーキ。
もしかして僕が作るのは迷惑だった?」

「あー……」

 そうか、立川さんの中では松岡くんは、ただの執事コスの彼氏なんだ。
 ちゃんと説明しておくべきだよね。

「その。
松岡くんは本当は彼氏じゃなくて、……家政夫、で」

「えっ、彼氏じゃないの!?」

 立川さんの目が目一杯見開かれる。
 うん、そんなに驚くことですか?

「はい、ただの家政夫さんで。
でも私に恋愛経験がないから今後の作品作りのために、彼氏のフリをしてもらっていただけで」

 それが、いつの間にかこんなに本気になっていたけれど。

「そうなんだ。
僕、誤解していたな」

「あ、でも、本当の彼氏みたい、だったから。
休みの日とかも差し入れ持ってきてきてくれたり、とか。
好きだって、何度も言って、私を甘やかせてくれて。
……でも、あれは全部、嘘、だったんですよね」

 思い出すと視界が滲んでいく。

 好きだって、私が可愛いって何度も何度も額や頬にキスしてくれた。
 帰るときはいつも、もっと一緒にいたい、帰りたくないって顔をしていた。

 あれは全部、嘘。
 全部、演技。

「紅夏……」

 こぼれ落ちそうになる涙を拭い、笑って誤魔化す。

「大丈夫、です。
だからあれ、全部松岡くんが私のために作り置きしてくれていたおかずなんです。
けど、もう……」

 食べられない。

 食べたくないんじゃなくて、食べられない。
 だってきっと食べたら、楽しかったことばかり思い出してつらくなってしまうから。

「そうだよね、あんな奴が作ったものなんて、もしかしたら毒でも混ぜてあるかもしれないもんね」

「そう、ですね」

 松岡くんが作ったものを食べて死ぬならそれでもいいかも、などと考えて急いで打ち消した。
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