上 下
67 / 80
第12章 知ってしまった深い愛と絶望

12-1 どうしてこんなことになってしまったんだろう

しおりを挟む
「なんでっ、……こんなことにっ、なった、ん、……だろ」

 泣きながら穴を掘ってセバスチャンを埋める。
 証拠だとかそんなの、どうでもいい。
 このままにしておくのは可哀想すぎるから。

「私がっ、莫迦、だったからっ。
……ごめん、セバスチャン」

 手を合わせて家の中に戻る。
 いまからどうしていいのかわからない。
 松岡くんが嫌がらせの犯人だったなんて。

「にゃー」

「……えっ?」

 不意に、寝室から黒猫が出てきた。
 首には見覚えのある首輪をつけている。

「セバス、チャン……?」

 じゃああれは、違う猫?

 でも同じ首輪をつけていた。

 白襟に黒の蝶ネクタイ調リボンは、松岡くんの執事スタイルに合わせてオーダーしたのだから間違いない。
 それをつけたセバスチャンを見て松岡くんも、お揃いかよって笑っていた。

「どういう、こと……?」

 まさか、いま埋めたばかりの猫がよみがえって戻ってきたとか……?

 莫迦な考えが浮かんでくる。
 嫌がるセバスチャンを押さえつけて怪我を確認するが、どこにもない。

「じゃあ、あの猫、なに……?」

 かといってあれをまた、掘り返したりしたくない。

「わかんない、わかんない、わかんない、わかんない」

 セバスチャンは生きていて、でもあの死体はセバスチャンで。
 だけどセバスチャンはここにいて。
 もう、なにがなんだかわからない――。



「大藤先生!」

 いきなり肩を掴まれ、びくっと身体が揺れる。

「……たち、かわ、……さん?」

「はい。
大丈夫ですか」

 のろのろと視線をあげた先では、立川さんが心配そうに見ていた。

「なん、で?」

「覚えてないんですか?
電話してきたの」

「電話?」

 はじめて、自分が携帯を握りしめていることに気づいた。
 記憶はないがきっと、立川さんにかけたのだろう。

「その。
……すみません」

「いいんです、別に。
僕は大藤先生に頼っていただけるんだったら、嬉しいですから」

 なぜか、立川さんははにかむように笑った。

「それで。
まずはその手と顔、洗いましょう」

 こわごわ見た自分の手は、泥と血で汚れていた。

「……はい」

 ふらふらと洗面所に向かう。
 鏡に映る私の顔にもべったりと、泥と血がついていた。
 きっと汚れた手で涙を拭ったりしていたからだろう。

「あの!
できたら服も着替えた方がいいと思います!」

 廊下から立川さんの声が聞こえてくる。
 見ると服も泥と血で汚れていた。
 特に……肩には血が。

 寝室で適当な服に着替えた。
 着ていた服はもう二度と着たくなくて、抱えて台所へ向かう。

「すみません、キッチンを勝手にお借りしています」

 台所では立川さんがなにかをやっていた。
 かまわずにゴミ箱へ、抱えてきた服を捨てる。

「どうぞ。
落ち着きますから」

 茶の間で、立川さんは私に紅茶を淹れてくれた。
 温かいそれで少しだけ落ち着きを取り戻してくる。

「それで。
セバスチャンが松岡くんに殺された、ですか」

 こくんと黙って頷く。

 セバスチャンは松岡くんに殺された。
 だって、私がこの目で見た。
 でも、……あれ?

「失礼ですが。
ここに来たとき僕、いつも通りセバスチャンから盛大に威嚇されましたよ」

 私も見たのだ、セバスチャンをあのあと。

「じゃあ、あれは違う猫……?」

 黒猫なんてぱっと見、違いなんてわからない。
 しかも、それが死んでいるとなれば。
 そのうえ、同じ首輪をつけていれば間違えたっておかしくない。

「はい、そうだと思います」

「でも、なんで……?」

「大藤先生を怖がらせたかったんじゃないですか」

 本当にそうなんだろうか。
 松岡くんならセバスチャンを捕まえて殺すのなんて簡単なはず。
 わざわざ、代わりを用意しなくったって。

「とにかく、これで嫌がらせ犯は彼で間違いないと思います」

「そう、ですね」

 松岡くんが黒猫を殺して郵便受けに入れた。
 この首輪だって松岡くんならどんなのか知っている。
 いや、SNSで見ただけだったらあんなにそっくりにできないはずだ。
 実物を知っているのは私と松岡くんしかいない。

 ――ということは間違いなく、松岡くん、だ。

 それに、立川さんが見たという、黒猫を捕まえる執事服の男。
 間違いないのだとわかっている。
 けれどこの期におよんでまだ、松岡くんを信じたい私がいる。

「それに僕、さっき彼とすれ違ったんですよ。
『失敗した』とか言っていました。
それじゃなくても大藤先生、パニクって電話してきたのにそのうえそれじゃ、慌てましたよ」

「そう、なんですね」

 そっと、立川さんが私の背中を押した。
 そのまま急な坂道を転がり落ちていく。

 嫌がらせをしていたのは松岡くん。
 猫の死体を送ってきたのも松岡くん。
 セバスチャンに似せた猫を殺したのも松岡くん。

 きっと、私を心配するふりをしながら心の中で笑っていたに違いない。

 嫌がらせ犯に怒っていたのだってただの演技。
 書きたくないという私を励ましてくれたのだって、ただの口からのでまかせに違いない。

「なんであんな人、信頼してたんだろう……」

 落ちた先にはぽっかりと大きな穴が開いている。
 暗くて深いその穴の中は酷く寒くて、思わず肩を抱いていた。

「大丈夫です、大藤先生には僕がついています」

「立川、さん……?」

 ぎゅっと腕を掴まれ、顔を上げる。
 レンズの向こうからこちらをじっと見ている立川さんと目があった。

「台車から助けたあの日から、あなたが忘れられなかった。
桃谷の紹介でまた会ったとき、これは運命だと思いましたよ」

 じっと、彼は私を見つめている。

「僕は――あなたが、好きなんです」

 躊躇いがちに背中へ回った手が、私を抱きしめる。
 ドキドキと早い心臓の音は私のもの?
 それとも――立川さんの?

「……紅夏、って呼んでいい、かな」

 その問いに私は――ただ、頷いた。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛されすぎた男

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:14

白衣と弁当

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:44

逆バレンタインは波乱の予感!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:53

この恋、腐れ縁でした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:28

オスの家政夫、拾いました。〜洗濯の変態編〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:17

女海賊ジェーンレーン

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

桜の季節に失くした恋と…【仮】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

処理中です...