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第11章 小説なんて書かない方がいい

11-10 全部あんな人を信じた私が悪い

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 木曜日は起きたらいなかった。
 ほっと息をつき、準備してあった食事を一瞬考えて……捨てた。

 空腹を抱えてなにもかも忘れるように執筆に没頭する。
 そうじゃないといろいろ考えておかしくなってしまいそうだから。

「ただいま」

 帰ってきた松岡くんが頬へキスしようとしたが振り払った。

「紅夏、まだ怒ってんの?」

 不満そうに聞かれたって答えられない。

 ――答えたくない。

「荷物、今日も来てた。
あとで横井さんが取りに来てくれるって」

「……」

「なんで紅夏、怒ってんの?」

 完全に無視して食事を口に運ぶ。

「なー、紅夏、なんで?
あれか?
立川を疑ってるから?」

 きっと、立川さんが怪しいなんて言っていたのは、自分に疑いの目が向かないようにするため。
 本当に汚い。
 一瞬でもナイトみたいだとか思った自分が悔やまれる。

「もー、紅夏ー、機嫌直してー」

 もう松岡くんなんて信用しない。
 絶対に。

 食事が終わったらお風呂に入って速攻で寝室に引っ込む。
 ついでにふすまにつっかえ棒をして外から開かないようにした。

「ちょっ、紅夏、閉め出し!?
なあ、紅夏って!」

 なにか言っている彼を無視して布団をかぶる。
 ついてきたセバスチャンは盛んにふすまをかりかりしているが、知らんふりした。
 すぐに外は静かになった。

「もうだまそうたって、だまされないんだから」

 横になった鼻の上を、涙が転がり落ちていく。
 私は莫迦だ、あんな人を好きになって。
 この年になってやっときた初恋が、あんな人だったなんて。



 金曜日は起きたらいなかった。
 ほっとしながら執筆に没頭する。

「こんにちはー」

 でも、三時になったら松岡くんはやってくる。
 仕事だから当たり前だけど。

「本日もよろしくお願いいたします」

 今日は仕事だからか執事服だった。
 そんなのどうでもいいけど。

「仕事しているので。
じゃあ」

「アフタヌーンティは!?」

「けっこうです」

 ぴしゃっと、ふすまを閉めてしまう。

「紅夏ー」

 松岡くんの情けない声が聞こえてくる。
 心が痛んで耳を塞ぐ。

 彼は信用してはいけない人なのだ。
 もう、心を許したりしては、ダメ。

 ひたすら執筆に集中する。

 気づけば日が暮れていた。
 いつもなら郵便を持ってくる時間なのに、今日は来ない。
 もしかして仕事放棄でもしているのだろうか。

 そっと出てみたが辺りに松岡くんはいなかった。
 勝手に帰ったにしては荷物はそのままある。

「なに、やってるんだろ」

 不審に思いながら、郵便を取りに出た。
 本当は見たくもなけれど、今日はエスカレートする日だし、証拠品は押さえておきたい。

 外に出ると松岡くんが郵便の受けの前に立っていた。

「なに、やってんの?」

「……るな」

「え?」

「来るな!」

 怒号で足が止まる。
 彼が振り返るのと同時に、その足下へなにかが落ちた。

 ――ぼと。

 ぐったりとした、黒い塊。
 見覚えのある、首輪。

「……なんで」

 怒りで腹の底がマグマのように煮えたぎる。

「なんでセバスチャンを殺したの!?」

「お、俺じゃない」

 けれど松岡くんの手は血に染まっていた。

「立川さんの言う通りだった。
あなたなんて好きになって、頼った自分が莫迦みたい!」

「俺じゃない!
俺はやってない!
信じて、紅夏!」

 松岡くんが私の肩を掴む。
 が、それを乱雑に振り払った。

「離して!
このまま出て行って!
もう二度と、顔も見たくない!」

「紅夏!」

「早く!」

 彼は自転車のスタンドを起こしたものの、まだ振り返ってなにか言いたげに私を見てくる。

「さっさと出て行って!」

「……」

 ようやく彼がいなくなり、猫の傍に跪いた。

「セバスチャン」

 揺すってみたけれど反応はない。

「セバスチャン」

 もう一度、揺すってみる。
 本当はわかっているのだ、もう動かないのだと。
 だってそれは――冷たく、固くなっていたから。

「なんでこんなことになっちゃったんだろう……」

 動かないセバスチャンを抱きしめる。
 全部――全部、私の責任、だ。
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