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第11章 小説なんて書かない方がいい

11-9 猫を捕まえる執事服の男

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「紅夏」

「なに?」

 声をかけられて手を止める。
 そういえば昨日はいきなり手を掴んで止められたけど、あれはいったいなんだったんだろう。

「立川が来てる」

「立川さんが?」

 慌てて携帯を確認する。
 が、電池切れしているのか反応がない。

「一応、上がってもらってるけど」

「わかった。
ありがと」

 茶の間に行くと立川さんが座っていた。

「すみません、また押しかけるみたいに来て。
でも大藤先生、電話かけても出られないから……」

 立川さんは心配そうだが、それはそうだろう。

「こちらこそすみません。
携帯、充電切れているのに気づかなくて」

 笑って立川さんの前に座る。
 すぐに松岡くんがお茶を出してくれた。

「ならよかったです。
なにかあったんじゃないかって……」

 ちらっ、と眼鏡の奥から立川さんの視線が松岡くんへ向く。
 なにかってなにを考えているのだろう。

「ご心配、ありがとうございます」

「これ。
美味しいって評判のシュークリームです。
食べニャグで4.8の高評価ついているお店なんですよ」

「わざわざいつも、すみません」

 差し出された袋を受け取る。
 しかし毎回毎回、美味しいところで買ってきてくれるけど、大変じゃないのかな。

「いえ。
大藤先生に喜んでもらいたくて」

 笑った立川さんの口もとで、白い歯がきらりと光る。

 さすが王子、眩しすぎる!
 ……いやいや、私は王子、卒業したんだって。

「それで。
……嫌がらせのほう、その後どうですか」

 声を抑え、松岡くんを気にしながら聞いてくるのはやはり、 彼が犯人だと思っているからですか。

「その。
……猫の死体がバラバラで送られてくるようになりました」

「そうですか……」

 はぁーっ、重いため息を立川さんがつく。

「こんなことは言いたくないんですが。
僕、見たんですよ。
彼が猫を捕まえているとこ」

 いや、だからその話、この間もしましたよね?

「先週の水曜日、かな。
餌で釣った黒猫に袋かぶせて。
あの目立つ執事服姿だったから、間違いないですよ。
……って今日は執事服じゃないんですね」

「あ、今日は……」

 休みだから、とか言えない。
 だいたい、休みの日にお客の家でこんなことをしていること自体、業務規定違反だし。

「でも絶対、彼でした。
ちなみに大藤先生のところに送られてきた死体って……どんな猫でした?」

「……黒猫」

 待って。
 待って待って。
 これじゃまるで、松岡くんが猫の死体を送ってきたみたいじゃない。

「ほら」

 ほらって、なにが?

 松岡くんのはずがない。
 松岡くんは私を守ってくれるって。
 絶対に俺が守るからって。

 あれが、嘘のはずがない。

「でも、松岡くんが私に嫌がらせをする理由がないので」

 わけもなく心臓がどくん、どくんと大きく鼓動する。

 そんなはずがない、そんなはずがないのだ。

 でも、松岡くんなら私の住所を知っている。
 黒猫を飼っているのも知っている。
 いろいろな場所で郵便を出すのだって、仕事で行った先で出せばいい。

「失礼ですけどここの土地、かなりするそうですね」

「……はい」

 駅まで徒歩十分弱、しかも電車で三十分もかからず都心に出られる。
 スーパーも学校も近く、人気が高い。
 だからこそ父は売ることにこだわったのだ。

「嫌がらせをして弱らせて、頼り切ったところを乗っ取ろう、とか」

「そんな……」

 ない、と言いきりたいのに、弱った心がそうさせない。
 早く犯人を見つけて、安心したいから。

「とにかく彼、気をつけた方がいいですよ」

 意味深に立川さんが頷く。
 私の心は――完全に、疑心暗鬼になっていた。

「じゃあ、僕はこれで。
執筆、頑張ってください」

「……はい」

 立川さんが帰り、中へ戻る。

「今日はなんの話をしてたんだ?」

 茶の間で片付けをしていた松岡くんが聞いてくるけれど、うまく答えられない。

「相変わらず、松岡くんが猫を捕まえるところを見た、だよ」

 嘘はついていない、その話をしていた。
 ほかにも情報はついていたけれど。

「またその話か。
俺はそんなことしない、あいつ自身の話だろ」

「そう、だね」

 本当にそうなんだろうか?
 正しいのは松岡くん?
 立川さん?

「紅夏?
どうかしたのか?」

 私の反応が微妙だからか、怪訝そうに松岡くんが顔をのぞき込んできた。

「……なんでもない。
仕事してるね」

 無理矢理にでも笑顔を作って仕事部屋に逃げる。
 いまはひとりになりたかった。

「松岡くんが犯人……」

 だとしたらいろいろなことがいっぺんに説明がつく。

 ――それは立川さんも同じといえば同じだけど。

 けれど、執事服の男が猫を捕まえていたとなれば、松岡くんで間違いないだろう。
 日常的に執事服を着ている人なんて、彼くらいしか思い浮かばない。

「いままであれ、全部演技だったのかな……」

 私が好きだ、本当の彼氏になりたいなんて言っていたあれが、嘘だとは思いたくない。

 でももしかしたら彼は私が初恋もまだな処女をいいことに、だましていたのかもしれない。

 だいたい、ひきこもりでゴミ屋敷に近いような家に住んでいて、処女なのにエロ小説書いているような女、誰が好きになる?

 ……あ、自分で卑下しておいてさらに落ち込んできた。

「そうだよ、私を好きになる人なんているわけがない」

 初めて可愛いとか言ってもらえて、甘やかせてくれたから勘違いしただけ。
 きっと彼もそうやればだまされるってわかっていたから。

「……最低」

 あんなに舞い上がってしまっていた自分が、哀れに思えてくる。
 もう松岡くんは信用しちゃダメだ。
 折をみて家政夫契約も解除しないと。

 とはいうものの、すぐに出て行けなんて言いづらい。

「なー、紅夏。
俺、なんかした?」

 ベッドで髪を撫でるのを拒否したら、不安そうに松岡くんは聞いてきた。

「……なんでもない。
もう落ち着いたからいいってだけ」

 顔を見たくなくて彼からに背を向ける。

「怒ってるんなら言って?
なにしたかわかんないけど、あやまるから」

「……別に怒ってない」

「紅夏ー」

 結局、松岡くんは大きなため息をついて部屋を出て行った。

 もうあれにだまされちゃダメだ。
 松岡くんはなにか企んでいるんだから。
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