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第11章 小説なんて書かない方がいい

11-7 同じベッドは勘弁して欲しい

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「紅夏」

 誰かがそっと私の目頭を撫で、ゆっくりと目を開ける。

「食欲、あるか」

 彼の問いにふるふると首を横に振る。
 戻ってきた彼――松岡くんはそんな私に苦笑いした。

「そうだよな」

 もそもそと寝ていたこたつから起き上がる。

「松岡くん……」

 縋るように彼の腕を掴んだ。
 彼はなんでもない顔をしてぎゅっと私を抱きしめてくれた。

「どうした?」

 額をぐりぐりと擦りつけるようにして首を振る。

「大丈夫、大丈夫だ。
俺が、紅夏も、セバスチャンも守るから」

 松岡くんの声は優しい。

「わた、私も、あの、ね、猫みたいに、……バ、バラバラに、されちゃうの、かな」

 今日も一緒に入っていた手紙には【同じ目に遭わせてやる】と書いてあった。
 同じ目、それは――私もバラバラにするということ。

「絶対にそんなことにはさせない」

 ぐっ、私を抱く松岡くんの手に力が入る。

「でも、だって」

 一年ほど前にあった、ネット小説家殺人事件がよみがえる。

 彼女も同様の嫌がらせを受けていたのだと桃谷さんは言っていた。

 なら、私も。

「横井さんも動いてくれてる。
ここの巡回、増やすって言ってくれた。
もうただの嫌がらせで済ませられないって」

「……でも、でも」

 あの事件はまだ、犯人は捕まっていない。
 ほかの作家に嫌がらせをしていた犯人だって。
 だったら、今回だって。

「紅夏!」

 松岡くんが大きな声を出し、びくっと身体が大きく震えた。

「俺が」

 彼の手が私の顔を挟む。
 上からじっと見つめられ、私も見つめ返した。

「俺が絶対に、紅夏を守る。
絶対に、絶対にだ。
だから、安心していい」

 少しだけ潤んだ、泣き出しそうな瞳が私を見ている。
 それを見ていると力が抜けた。

「……うん」

 私がようやく小さく頷き、松岡くんは親指で私の目尻を拭った。

「今日はもう寝ろ」

「うん、そうする……」

 洗面所で化粧を落とし、寝室に向かう。
 松岡くんはわざわざ、ベッドを整えてくれていた。

「眠るまで傍にいるから」

 私がパジャマに着替える間、松岡くんは部屋から出ていてくれた。
 着替え終わったのを見計らって入ってきて、私にベッドへ入るように促す。

「セバスチャンもここにいるから安心していい」

 部屋に入ってきたセバスチャンが、ずぼっと私の布団に潜っていく。
 それだけで安心できた。

「松岡くんはどうするの……?」

「茶の間で寝る。
悪いけど勝手に、来客用の布団、出させてもらったから」

 大きな手が、私のあたまを撫でる。

「一緒がいい……」

 ひとりが、心細くてたまらない。
 たとえ同じ家の中に、いるとしても。

「……わかった」

 はぁーっと大きなため息をつき、松岡くんは部屋を出て行った。
 なにか怒らせるようなことをしたんじゃないかと、不安になってくる。
 けれどすぐに彼は、布団を抱えて戻ってきた。

「ここで寝る、から。
同じベッドはかんべんな」

「……うん」

 ベッドの隣に松岡くんが布団を引く。
 どうして同じベッドがダメなのか気になったけれど、聞けなかった。

「今日はなにも考えないで眠れ。
いいな」

「うん……」

 ゆっくり、ゆっくり松岡くんの手が私の髪を撫でる。
 それが気持ちよくてそのまま眠ってしまった……。



 朝、目覚めたときには松岡くんの姿はなかった。

「松岡くん……?」

 むなしく、自分の声が家の中に響く。

「松岡くん?
松岡くん?」

 家中を探し回ってようやく、こたつの上のメモを見つけた。

【仕事に行ってくる。
なるべく早く帰るから。

郵便受けは開けるな。
もし宅配便が来たら、受け取っても絶対に開けないこと。

サンドイッチ、作って置いてある。
食欲ないだろうけど少しでも食べろ。

紅夏は絶対に、俺が守るから】

 ふらふらと台所へ行く。
 テーブルの上にはサンドイッチがラップをかけて置いてあった。
 ミルクティを淹れてサンドイッチを口に詰め込む。

 ……食べなきゃ。

 これで私が衰弱していたら、犯人の思うつぼだ。

 私には松岡くんがいる。
 横井さんだって動いてくれているって言っていた。

 だから、大丈夫。
 きっと、大丈夫。

 言い聞かせたけれど、それでも不安がなくなるわけじゃない。
 無理をするとまた松岡くんに怒られるのがわかっていなが ら、デジタルメモを立ち上げた。

 ……私は嫌がらせ犯になんて屈しない。
 私は、私の小説を書く。

 一度深呼吸して、キーの上に手を置く。
 そのままなにもかも忘れるように、一心不乱にキーを叩きはじめた。
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