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第10章 猫を捕まえるのって流行ってるんですか
10-6 お膝の上で強制給餌?
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火曜日も水曜日も木曜日も、キーを叩いていた。
あと少し、あと少しで完成するから。
そうしたら――。
「こんにちはー」
「はーい」
松岡くんが来たのはわかるが、キーを叩く手は止まらない。
「紅夏!」
「え、なに……?」
いきなり、手を掴んで止められた。
困惑気味に彼を振り返る。
「お茶にしませんか」
「あ、うん」
松岡くんは笑ったけれど、――少し、怒っていた。
なんで、だろ?
今日のアフタヌーンティは玉子サンドと紅茶のスコーン、林檎のケーキ。
「またお食事をされていませんね」
「うっ」
お茶を注ぎながら、目を伏せて松岡くんが聞いてくる。
「冷蔵庫の中身が全く減っていません。
食事はするようにと申したはずですが」
「……ハイ、スミマセン」
執事モードで説教されるのは怖い。
思わず崩していた足を正座にしていた。
「人間、食事をしないと死んでしまいます。
また、あなたのように頭脳を使う方は多くの糖分を消費します。
私の言いたいこと、わかりますよね」
「……ハイ」
うん、うすうすヤバいなーとは思っていた。
椅子立ったりしたとき、あたまがくらくらしていたし。
食べなきゃマズいなとはわかっていたけど、それよりも書きたくて。
――なーんて言い訳したところで、さらに怒られそうだから黙っておく。
「そんなに食べないのでしたら毎日、食べさせにお伺いしますが?」
松岡くんが唇にだけうっすらと笑みをのせる。
おかげで背筋に冷たいものが走った。
「い、いえ。
大丈夫、……です」
すっかり背中を丸まらせ、目には涙さえ浮いてきそうだ。
……でもちょっと待てよ?
それだと、毎日松岡くんが来てくれて、毎日一緒にごはんを食べてくれるってことになりませんか……?
「そうですか。
それは少し、残念です」
はぁっ、とわざとらしく松岡くんはため息をついた。
「その。
……ちなみに、毎日食べさせに来るって……」
つい、興味本位で聞いてしまったものの、次の瞬間、後悔した。
「ああ。
膝の上にのせて強制的に口を開けさせ、食べていただくつもりですが?」
なに当たり前のこと聞いてんの、そんな顔をしていますが。
いやいや、それはちょっと。
「……いえ。
結構です」
なんだそれは。
お膝の上にのせてあーんさせて食べさせると?
そんな屈辱的なこと、できるかー!
しかもそれができないとなると、残念だとか。
前から思っていたけど、松岡くんってこう、TLノベルの溺愛ヒーローを結構、地でいくよね?
あれはすべてフィクションだと思っていたが、まさか本当にやる人間がいるんだ……。
アフタヌーンティが終わり、松岡くんが私の手を掴む。
「指。
見せてください」
するっと絆創膏を剥ぎ、傷を観察する。
「また血が滲んでいる。
仕事はほどほどに、と言いましたよね?」
「……ハイ」
悪化するのがわかっていながら、がんがんキーを叩いていたのは私だ。
「このままではいつまでたっても治りませんよ」
「……ハイ」
さっきと一緒でまた、はぁっと短く松岡くんの口からため息が落ちた。
心配してくれているのはわかる。
が、いまじっとしているなんてできないし。
「わかっているんです、あなたが書くことを止められないのだと。
でももしこの傷が悪化して、キーを打つことすらできなくなったら?
後悔するのはあなたですよ」
「……うん」
もしいま無理をして傷を悪化させ、そこから腐って指を切断……なんて考えてしまい、身震いした。
「しばらくおとなしくする」
「はい、そうしてください」
新しい絆創膏が巻かれ、ちゅっとその傷に口付けが落とされる。
それだけでもう、治った気がするんだけど……さすがにそれは、ないか。
執筆を止められたし、おとなしくこたつでごろごろしながら次回作の資料を読む。
さっき、後悔するのは私だと言いながら、少しつらそうだった松岡くんを思い出した。
もしかしたら最悪の事態になったとき、松岡くんも後悔するのかな。
自分が止めなかったからって。
私が松岡くんの言うことを聞かずにそんなことになるのは自業自得だが、彼が後悔するのは気の毒だ。
うん、時間は惜しいし気分も乗っているけど、いまは我慢我慢。
あと少し、あと少しで完成するから。
そうしたら――。
「こんにちはー」
「はーい」
松岡くんが来たのはわかるが、キーを叩く手は止まらない。
「紅夏!」
「え、なに……?」
いきなり、手を掴んで止められた。
困惑気味に彼を振り返る。
「お茶にしませんか」
「あ、うん」
松岡くんは笑ったけれど、――少し、怒っていた。
なんで、だろ?
今日のアフタヌーンティは玉子サンドと紅茶のスコーン、林檎のケーキ。
「またお食事をされていませんね」
「うっ」
お茶を注ぎながら、目を伏せて松岡くんが聞いてくる。
「冷蔵庫の中身が全く減っていません。
食事はするようにと申したはずですが」
「……ハイ、スミマセン」
執事モードで説教されるのは怖い。
思わず崩していた足を正座にしていた。
「人間、食事をしないと死んでしまいます。
また、あなたのように頭脳を使う方は多くの糖分を消費します。
私の言いたいこと、わかりますよね」
「……ハイ」
うん、うすうすヤバいなーとは思っていた。
椅子立ったりしたとき、あたまがくらくらしていたし。
食べなきゃマズいなとはわかっていたけど、それよりも書きたくて。
――なーんて言い訳したところで、さらに怒られそうだから黙っておく。
「そんなに食べないのでしたら毎日、食べさせにお伺いしますが?」
松岡くんが唇にだけうっすらと笑みをのせる。
おかげで背筋に冷たいものが走った。
「い、いえ。
大丈夫、……です」
すっかり背中を丸まらせ、目には涙さえ浮いてきそうだ。
……でもちょっと待てよ?
それだと、毎日松岡くんが来てくれて、毎日一緒にごはんを食べてくれるってことになりませんか……?
「そうですか。
それは少し、残念です」
はぁっ、とわざとらしく松岡くんはため息をついた。
「その。
……ちなみに、毎日食べさせに来るって……」
つい、興味本位で聞いてしまったものの、次の瞬間、後悔した。
「ああ。
膝の上にのせて強制的に口を開けさせ、食べていただくつもりですが?」
なに当たり前のこと聞いてんの、そんな顔をしていますが。
いやいや、それはちょっと。
「……いえ。
結構です」
なんだそれは。
お膝の上にのせてあーんさせて食べさせると?
そんな屈辱的なこと、できるかー!
しかもそれができないとなると、残念だとか。
前から思っていたけど、松岡くんってこう、TLノベルの溺愛ヒーローを結構、地でいくよね?
あれはすべてフィクションだと思っていたが、まさか本当にやる人間がいるんだ……。
アフタヌーンティが終わり、松岡くんが私の手を掴む。
「指。
見せてください」
するっと絆創膏を剥ぎ、傷を観察する。
「また血が滲んでいる。
仕事はほどほどに、と言いましたよね?」
「……ハイ」
悪化するのがわかっていながら、がんがんキーを叩いていたのは私だ。
「このままではいつまでたっても治りませんよ」
「……ハイ」
さっきと一緒でまた、はぁっと短く松岡くんの口からため息が落ちた。
心配してくれているのはわかる。
が、いまじっとしているなんてできないし。
「わかっているんです、あなたが書くことを止められないのだと。
でももしこの傷が悪化して、キーを打つことすらできなくなったら?
後悔するのはあなたですよ」
「……うん」
もしいま無理をして傷を悪化させ、そこから腐って指を切断……なんて考えてしまい、身震いした。
「しばらくおとなしくする」
「はい、そうしてください」
新しい絆創膏が巻かれ、ちゅっとその傷に口付けが落とされる。
それだけでもう、治った気がするんだけど……さすがにそれは、ないか。
執筆を止められたし、おとなしくこたつでごろごろしながら次回作の資料を読む。
さっき、後悔するのは私だと言いながら、少しつらそうだった松岡くんを思い出した。
もしかしたら最悪の事態になったとき、松岡くんも後悔するのかな。
自分が止めなかったからって。
私が松岡くんの言うことを聞かずにそんなことになるのは自業自得だが、彼が後悔するのは気の毒だ。
うん、時間は惜しいし気分も乗っているけど、いまは我慢我慢。
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