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第10章 猫を捕まえるのって流行ってるんですか
10-5 わ、私を食べて?
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今日の晩ごはんはシチューだった。
「……」
すくった人参を睨みつける。
「どうかしたのか?」
私の隣で一緒にごはんを食べながら、松岡くんはわざとらしく聞いてきた。
「なんでもない」
がぶっとわざと大口を開けてスプーンを口に入れた。
……嫌味かっちゅーの。
だって人参はわざわざ、ハートの形にカットしてあったから。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食事が終わり、松岡くんは私にお茶を淹れて片付けをはじめる。
それを見ながら、まだどうしようか悩んでいた。
結論からいって、いまから準備ができて且つ、松岡くんに喜んでもらえそうなことといえば、……あれ、しかない。
あまりに莫迦っぽいと一度は却下したものの、どう考えてもあれしか思いつかない。
ほら、一応、恋愛ものでは王道だし?
……とか自分を納得させてみる。
いや、あれがなにを意味してるかなんて知らないほどウブじゃない。
これでも一応、TLノベル作家だし。
でも松岡くんとそうなっても、後悔しないんじゃないかな? なんて考えている自分がいる。
むしろ、後生大事に持っている処女なんて、松岡くんがもらってくれたらいい。
とは思うものの、二の足を踏んでしまう。
年上処女とか重くないのかな、とか。
抱いてみたら私があまりに下手で幻滅されないかな、とか。
なんでさっさと、こんなもの捨てておかなかったんだ! ……とかいまさら後悔したって、遅い。
「では本日はこれで失礼させていただきます」
「は、はい!」
ぐるぐる悩んでいるうちに松岡くんは片付けを終わらせてしまった。
「次回は金曜日にお伺いいたします」
「は、はい!
よろしくお願いします!」
松岡くんの顔が近付いてきて、ちゅっと頬に口付けする。
――けれど、離れ際。
「……ねえ。
バレンタインのチョコ、ないの?」
そろそろと眼鏡の向こうと目をあわせる。
視線のあった松岡くんは右の口端を少しだけ持ち上げて笑った。
準備できていないのがわかっているのに、こんなことをいうなんて意地悪すぎる。
しかも買いに出ようとした私を妨害したくせに!
だから、ドS松岡様なんだよー!
……などと心の中でいくら罵ったって、声には絶対に出せない。
だって出したらもっと意地悪されるもん。
「え、えーっと。
通販で頼んだんだけど、届かなくて。
ほら、最近、配送事故とかよくあるって聞くし?
それじゃないかなー?」
よし、これで次に来るときまでに準備すれば……!
「……嘘、だよな」
ひぃーっ、もう耳元で囁くのやめて!
その甘いバリトンボイス、腰砕けになっちゃうから!
「……ほんとは準備してないんだろ?」
はい、その通りです!
だから、耳元で囁きながら、頬を撫でないでー!
「……準備してないならこの身体……」
じっと私の目を見つめたまま、あごから首にかけてつつつーっと指先が這わされていく。
レンズの奥からは熱を孕んだ瞳が私を見ていた。
「……チョコの代わりに食べて、いい?」
ニットの首もとを思いっきり引っ張った指がプツッと離れ、彼が右頬だけを歪めてニヤリと笑う。
――ボン!
どこかでなにかが爆発した音がした。
身体中から力が抜け、傍にへなへなと崩れ落ちる。
「あぶなっ」
倒れかかってきた私を、松岡くんが慌てて支えてくれた。
「紅夏にはちょーっと、刺激が強すぎたか」
ちょっとじゃなく、かなり強すぎたって!!
まだあたまからシューシュー湯気が出てるよ!!
こっちはそういうの、全く慣れてないんだから手加減して!!
……とか文句を言いたいが、いまだに私に身体はオーバーヒートしていて動かない。
「まあさ、年明けてからずっと、嫌がらせの手紙とか来て紅夏、大変だし?
それにちょっと前は喧嘩してたからそれどころじゃなかっただろうし?」
少しずつ元に戻ってきて、松岡くんの手を借りつつ自分の足で立つ。
「でもさ、完全に忘れられてるのは悲しすぎる……」
あー、松岡くん、凄ーく楽しみにしていたんだ?
それは、申し訳ないことをした……。
「あのね?
本当に……ごめん。
それで……」
そこ、に狙いを定めたものの、躊躇した。
だってそこへのキスは本当の彼になったとき、だから。
「今年はこれで我慢して」
ちゅっ、松岡くんの頬へ自分から口付けして、離れる。
「……上等」
いきなり松岡くんに抱きしめられ、はむって喰むみたいに鼻に口付けされた。
「今年はこれで我慢しとく」
さっきまでのふて腐れモードはどこへやら。
彼は満面の笑みだった。
「おやすみ、紅夏」
「おやすみ」
ピシャッと玄関が閉まり、しばらくして自転車の音が聞こえなくなる。
「……今年は」
なら、来年は?
来年こそ、思いっきり莫迦っぽく、「私を食べて?」ってやれる……かな?
仕事部屋に戻り、デジタルメモを立ち上げる。
その前で一度、深呼吸。
来年、幸せなバレンタインを過ごすためには。
これ、を早く書き上げなければ。
早く、早く。
一分、一秒でも早く。
これさえ書き上げれば、松岡くんが本当の彼氏になってくれる。
これが書き上がらなければ一生、松岡くんは仮の彼氏だ。
だから。
早くこれを書き上げなければ――。
「……」
すくった人参を睨みつける。
「どうかしたのか?」
私の隣で一緒にごはんを食べながら、松岡くんはわざとらしく聞いてきた。
「なんでもない」
がぶっとわざと大口を開けてスプーンを口に入れた。
……嫌味かっちゅーの。
だって人参はわざわざ、ハートの形にカットしてあったから。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食事が終わり、松岡くんは私にお茶を淹れて片付けをはじめる。
それを見ながら、まだどうしようか悩んでいた。
結論からいって、いまから準備ができて且つ、松岡くんに喜んでもらえそうなことといえば、……あれ、しかない。
あまりに莫迦っぽいと一度は却下したものの、どう考えてもあれしか思いつかない。
ほら、一応、恋愛ものでは王道だし?
……とか自分を納得させてみる。
いや、あれがなにを意味してるかなんて知らないほどウブじゃない。
これでも一応、TLノベル作家だし。
でも松岡くんとそうなっても、後悔しないんじゃないかな? なんて考えている自分がいる。
むしろ、後生大事に持っている処女なんて、松岡くんがもらってくれたらいい。
とは思うものの、二の足を踏んでしまう。
年上処女とか重くないのかな、とか。
抱いてみたら私があまりに下手で幻滅されないかな、とか。
なんでさっさと、こんなもの捨てておかなかったんだ! ……とかいまさら後悔したって、遅い。
「では本日はこれで失礼させていただきます」
「は、はい!」
ぐるぐる悩んでいるうちに松岡くんは片付けを終わらせてしまった。
「次回は金曜日にお伺いいたします」
「は、はい!
よろしくお願いします!」
松岡くんの顔が近付いてきて、ちゅっと頬に口付けする。
――けれど、離れ際。
「……ねえ。
バレンタインのチョコ、ないの?」
そろそろと眼鏡の向こうと目をあわせる。
視線のあった松岡くんは右の口端を少しだけ持ち上げて笑った。
準備できていないのがわかっているのに、こんなことをいうなんて意地悪すぎる。
しかも買いに出ようとした私を妨害したくせに!
だから、ドS松岡様なんだよー!
……などと心の中でいくら罵ったって、声には絶対に出せない。
だって出したらもっと意地悪されるもん。
「え、えーっと。
通販で頼んだんだけど、届かなくて。
ほら、最近、配送事故とかよくあるって聞くし?
それじゃないかなー?」
よし、これで次に来るときまでに準備すれば……!
「……嘘、だよな」
ひぃーっ、もう耳元で囁くのやめて!
その甘いバリトンボイス、腰砕けになっちゃうから!
「……ほんとは準備してないんだろ?」
はい、その通りです!
だから、耳元で囁きながら、頬を撫でないでー!
「……準備してないならこの身体……」
じっと私の目を見つめたまま、あごから首にかけてつつつーっと指先が這わされていく。
レンズの奥からは熱を孕んだ瞳が私を見ていた。
「……チョコの代わりに食べて、いい?」
ニットの首もとを思いっきり引っ張った指がプツッと離れ、彼が右頬だけを歪めてニヤリと笑う。
――ボン!
どこかでなにかが爆発した音がした。
身体中から力が抜け、傍にへなへなと崩れ落ちる。
「あぶなっ」
倒れかかってきた私を、松岡くんが慌てて支えてくれた。
「紅夏にはちょーっと、刺激が強すぎたか」
ちょっとじゃなく、かなり強すぎたって!!
まだあたまからシューシュー湯気が出てるよ!!
こっちはそういうの、全く慣れてないんだから手加減して!!
……とか文句を言いたいが、いまだに私に身体はオーバーヒートしていて動かない。
「まあさ、年明けてからずっと、嫌がらせの手紙とか来て紅夏、大変だし?
それにちょっと前は喧嘩してたからそれどころじゃなかっただろうし?」
少しずつ元に戻ってきて、松岡くんの手を借りつつ自分の足で立つ。
「でもさ、完全に忘れられてるのは悲しすぎる……」
あー、松岡くん、凄ーく楽しみにしていたんだ?
それは、申し訳ないことをした……。
「あのね?
本当に……ごめん。
それで……」
そこ、に狙いを定めたものの、躊躇した。
だってそこへのキスは本当の彼になったとき、だから。
「今年はこれで我慢して」
ちゅっ、松岡くんの頬へ自分から口付けして、離れる。
「……上等」
いきなり松岡くんに抱きしめられ、はむって喰むみたいに鼻に口付けされた。
「今年はこれで我慢しとく」
さっきまでのふて腐れモードはどこへやら。
彼は満面の笑みだった。
「おやすみ、紅夏」
「おやすみ」
ピシャッと玄関が閉まり、しばらくして自転車の音が聞こえなくなる。
「……今年は」
なら、来年は?
来年こそ、思いっきり莫迦っぽく、「私を食べて?」ってやれる……かな?
仕事部屋に戻り、デジタルメモを立ち上げる。
その前で一度、深呼吸。
来年、幸せなバレンタインを過ごすためには。
これ、を早く書き上げなければ。
早く、早く。
一分、一秒でも早く。
これさえ書き上げれば、松岡くんが本当の彼氏になってくれる。
これが書き上がらなければ一生、松岡くんは仮の彼氏だ。
だから。
早くこれを書き上げなければ――。
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