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第10章 猫を捕まえるのって流行ってるんですか

10-4 嫌がらせ犯の方が女子力高いってどういうこと?

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 翌日の月曜日はちゃんと、松岡くんが仕事モードでやってくる。

「こんにちはー」

「はーい」

「今日もよろしくお願いします」

「お願い、します」

 ちゅっと私の頬に口付けし、松岡くんは眼鏡の奥の目を細めて笑った。

 今日のアフタヌーンティはハムサンドとチョコチップスコーン、ザッハトルテ。
 紅茶からも甘い香りがする。

「なぜにチョコづくし?」

 聞いた途端、はぁーっと大きなため息が松岡くんの口から落ちる。
 もしかして、なんか意味があったの?

「今日が何日がご存じですか」

「今日?」

 松岡くんが来ているから月曜日、という認識はできるが、日付まではわからない。

「……何日だっけ?」

 しかたないので笑って誤魔化したら、また松岡くんははぁーっと大きなため息をついた。

「本日は二月十四日でございます」

「二月十四日」

 ……って。
 バレンタインだ!

「へ、へー。
そう、なんだ」

 カップを持つ手が震える。
 視線が定まらず、きょときょとと挙動不審に動く。

 ――だって。

 すっかり忘れていて、バレンタインのチョコを用意してないから。

「はい。
なので今日は、チョコレートのメニューを」

 にっこりと、きれいに口角をつり上げて松岡くんが笑う。

 それ、怖いからやめて!!
 うっ、きっとチョコを用意していないの、バレてるよ……。


 お茶が終わり、コートを羽織って外に出る準備をした。

「どちらへ」

「ちょっと。
ちょっとそこまで」

 ……ってコンビニですが、なにか?
 ええ、コンビニでなにか買ってきて、ごまかそうと思っていますが、悪いですか?

「買い物でしたら私が」

「あ、ほら。
あれ、あれがもうないから。
あれは松岡くんに買ってきてもらうわけにはいかないし?」

 暑くもないのに汗がだらだら流れる。
 いいから黙って、コンビニに行かせろ!!

「ああ、生理用品ですか。
いつも私に頼んでいるのにいまさら、です」

「うっ」

 確かにそうなんだけど!
 外に出るの面倒臭いし、松岡くんもなにも言わないで買ってきてくれるし!

「それにいま……違いますよね?
急いで買いに行く必要はないと思いますが」

 いや、なんで私がそうだとかそうじゃないとかわかるんだ!?
 かえって怖いぞ!!

「だから……そう!
アイス食べたくなって!!」

「買ってきて差し上げますが?」

「いやほら、見て選びたいし?」

「店の全種類、買ってまいりますが」

 だからなんで、そこまでして私を家から出さないー!?

「あー、うん。
もう、どうでもよくなった……」

 すごすごと仕事部屋へ引っ込む。
 襖を閉めると同時にため息が出た。

 すっかり忘れていた私が悪いんだけど。
 でもあんな、意地悪することないじゃん!

 思いっきり転がっていたクッションを殴る。

「にゃっ!」

「うわっ、ごめん、セバスチャン!」

 クッションの陰でセバスチャンが寝ていたみたいで、驚かせて大変申し訳ない。

「てか、セバスチャンにもバレンタインの準備しないといけなかったんだよね……」

 もう情けなさ過ぎて、涙が出てきそうだ。

 必死に、ネットで手軽で簡単にプレゼントできるような物をリサーチする。

「どっちにしても買い物に出ないとダメなんだよね……」

 手作り料理や手作りお菓子、なんてのもあるが、壊滅的に家事ができないから松岡くんを雇っているのだ。
 私がまともな物を作れるはずがない。
 第一、彼を台所から追い出すとかできないし。

 真剣に悩んでやっと出てきたのは……。

〝私を食べて〟

 リボンを結んでそんなことを言う私を想像する。

「ない!
絶対、ない!!」

 ガンガンとあたまを机に打ち付ける。
 もう、あまりの莫迦っぷりに死にたくなってきた。

 ――いや、TLノベルだったら王道の展開だけど。

 現実ではやはり、ない。

「でも、それくらいしか思いつかない……」

 はぁーっ、私の口から落ちるため息は、重い。

「郵便が届いております」

「あ、ありがとう」

 うがーとか、さんざん莫迦なことを考えて悩んでいたから、焦ってしまう。

「今日ももちろん、届いてるよね?」

「はい」

 すっ、といつもの封筒が日曜日と月曜日の分、二通差し出される。

「中を確認されますか」

「うん」

 鋏を取ろうとしたが、止められた。

「私が」

「うん、お願い」

 素直に、鋏を渡す。
 きっと、金曜日のことがあるから、気を使ってくれたんだと思う。
 ちなみに土曜日の分はわかっているから用心して開けて、事なきを得た。

「やはり、剃刀の刃が仕込んでありますね」

「そう」

 慎重に封筒を開いて松岡くんが中を確認する。
 一通には金曜日からと同じ、【天誅】と赤字で印刷された紙が入っていた。
 もう一通には――。

【バレンタインに浮かれる者は天罰を】

「なにこれ?」

 笑っている場合じゃないのはわかるが、ちょっとおかしい。
 嫌がらせ犯もバレンタインを気にしているなんて。
 もしかして、独り身のひきこもりかなんかなんだろうか。

「とんだバレンタインのプレゼントですね」

「そうだね」

「また横井さんに届けておきます」

 松岡くんは持ってきたフリーザーパックに手紙を詰めて持っていった。

 しかし、嫌がらせ犯でさえ、バレンタインのプレゼントを用意したのだ。

 ……いや、全然欲しくないけど。

 それに比べて、いくら直前に喧嘩していたからといって、全く忘れていた私は最低だ。
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