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第10章 猫を捕まえるのって流行ってるんですか

10-3 執筆禁止!

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「お待たせしました」

 こたつの上に置かれたのは、アフタヌーンティのセットだった。

「どうしたの?」

 ケーキを持ってきてくれるって言ったから、普通にケーキだけだと思っていた。

 なのに。

「ここ何回か、喧嘩をしてアフタヌーンティ無しでしたから。
だから、お詫びです」

 ん?
 服もですが、なぜに執事モード?

「……ありがとう」

 うきうきと松岡くんがサーブしてくれる。
 今日はツナサンドとクランベリーのスコーン、それに洋なしのタルトとイチゴのミニパフェ?
 品数が多いのはきっと、ハイテンションになっているから。

「このツナサンド、この間のと味が一緒だ。
またツナを手作りしたの?」

「はい。
この間、美味しいとお褒めいただきましたので」

 くいっと松岡くんが上げた眼鏡がきらりと光った。

「ありがと。
……ところで、さ。
なんで休みなのに執事モード?」

 お茶を注ごうとしていた松岡くんの手が、ぴくっと止まる。

「……アフタヌーンティにはこちらの方が、雰囲気が出るかと思いまして」

「へ?」

 もしかして、私を喜ばそうとこれをやってくれている?
 ヤバい、顔がにやけそう……!

「う、うん。
ありがとう」

 しかしいかんせん、もう慣れたとはいえ、和室、こたつに正座する執事は違和感でしかないのだが。

 相変わらず、スコーンはさくさくとしっとりを両立している。
 さらにクランベリーの酸味とクロテッドクリームの濃厚さがあう。

「この組み合わせっていいね」

「お褒めいただき、光栄です」

 恭しくあたまは下げたものの、顔にははっきりと〝当たり前だろ〟って書いてある。
 そういうのがおかしくて、吹き出しそうになった。

 ケーキまでちゃんと、美味しくいただく。
 ふたつは厳しいかと思ったけれど、タルトは意外とあっさりしていたし、パフェかと思ったショートケーキも、見た目ほど量はなかった。

「ごちそうさま。
美味しかった」

「それはよかったです」

 私が食べ終わり、松岡くんが片付けをはじめる。
 それを眺めながら、――毎日、これを見ていたいなーなんて考えていた。

 片付けが終わり、エプロンを外しながら松岡くんが戻ってくる。

「指の具合はどうだ?
……ってあんだけがんがんキー叩いていたら平気か」

 心配そうな顔をした彼だったけれど、次の瞬間には苦笑いを浮かべた。
 アフタヌーンティは終わったので、執事モードはおしまいらしい。

「見せてみろ」

 右手を、松岡くんへ差し出す。
 すぐに彼は私の手を掴んで絆創膏を剥がした。

「結構深かったから、まだ治るわけないか。
……キー、叩きすぎ。
また血が滲んでる」

「だって……」

 てきぱきと松岡くんが新しい絆創膏を巻いてくれる。
 執筆している間は感じていなかったが、やはり無理はしていたようだ。

「当分、執筆禁止!」

「えっ」

 ばん! とまるで決定事項化のように私の肩を叩いてくるけれど。
 いやいや、それは無理だって。
 蒼海文芸大賞の締め切りは一ヶ月半後の三月末だし、そろそろほかの仕事にも手をつけはじめないと、マズい。

「……なーんて言えたらいいんだけどな」

 私の肩を掴んだまま、がっくりと松岡くんのあたまが落ちる。

「……うん。
心配してくれるのは嬉しい」

 きっとこのままだと、傷の治りが遅いどころか悪化させかねないのはわかっている。
 でも、いま書かないなんてできないし。

「これが紅夏の仕事なんだから仕方ない。
それもただの仕事だったら、怪我してるんだから無理しないで休めって言うけど。
これは紅夏が人生かけてるから言えない」

 顔を上げた松岡くんが、まっすぐに私を見る。

「小説書いているときの紅夏、俺は好きだ。
俺はそんな紅夏を全面的にサポートしたい」

「……」

「だから、紅夏にこんな卑劣な嫌がらせをする奴を、絶対に許さない」

 ゆらりと、眼鏡の奥の黒い瞳が炎をまとう。
 それは……本当に犯人になにかしそうで怖かった。


「じゃあ、今日は帰るけど。
メシ、食えよ?
ちゃんと寝ろよ?
あと戸締まりと……」

「わかったから」

 心配性な松岡くんに笑うしかできない。

「ほんとか?
紅夏は集中するとなにもしなくなるから、心配でしょうがないんだけどな」

 年末進行の件やここのところのことがあるから、否定できない。

「ほんとは朝から晩まで紅夏の世話をしていたいんだけど。
稼ぎがなくなると生活できなくなるしなー。
紅夏に迷惑をかけるわけにも行かないし」

 はい?
 それってどういう意味ですか?

「また明日、今度は仕事で来る。
あんまり無理するなよ?
指、まだ治ってないんだから」

「うん。
気をつける」

 ちゅっ、松岡くんの唇が私の頬に触れる。

「じゃあ、また明日」

「また、明日」

 ぴしゃっと玄関が閉まった途端に、淋しさが押し寄せてくる。
 いままでひとりがこんなに淋しいなんて思ったことがなかった。

 でも――いまは。


 松岡くんが帰り、デジタルメモを立ち上げる。

 ……人生かけてる、か。

 確かに、TLノベルを書いているのは誇りにすら思っている。
 女性たちに夢を見させてあげられるのは自分だって。

 でも、そこまでの意気込みはない。

 けれど松岡くんは人生をかけていると言ってくれた。
 きっとそれくらい、小説に捧げないとダメなんだ。
特に、いま書いている小説は。

「さてと。
頑張りますかね」

 無理はするなと言われたが、キーの上に手をのせる。

 この間は勢いで告白しそうになったが、いまは無理。
 かえってなんであのとき、告白しようなんて勇気が出たのか不思議だ。
 一言、好きだと言ってしまえばこの関係は変わるのだとわかっている。

 けれどいまだに私はその一歩が踏み出せずに悩んでいた。
 やっぱり、この小説が書き上がらないと無理なんだと思う。
 これが書き上がったら松岡くんに読んでもらって、告白する。

 だから、これは早く書いてしまわねば。
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