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第9章 ヤキモチは煮ても焼いても食えない

9-1 人の幸せが不愉快な人はどこにでもいる

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 土曜日もやはり、例の郵便は届いた。
 が、またあれを見るのは嫌でそのままフリーザーパックに詰め込む。
 月曜日、いつものようにやってきた松岡くんはそれを、無言で自分のバッグに入れた。


 毎度のごとくお茶をして、小説を書く。
 が、今日は少し落ち着かない。

「立川様がお見えになっております」

「はーい」

 デジタルメモを叩いていた手を止め、椅子を立つ。

 ――立川さんはまた、わざわざ我が家まで来てくれた。


 あのあと、立川さんにメールした。

 嫌がらせがエスカレートしてずたぼろにされた本が届くことを説明。
 警察に相談もしたし、報告だけだとは言ったけれど、すぐに伺いますと彼は言ってくれた。

 けれど、急いで来ていただいても現状ではなにもできないに等しい。
 なのでわざわざ休日ではなく、きちんと仕事して来てもらった。

「すみません、忙しいのにお呼び立てしたみたいで」

「いえ。
大藤先生の一大事ですから」

 神妙に頷く立川さんの前に座る。
 すぐに松岡くんがお茶を淹れてきてくれた。
 けれど、立川さんを見る目が妙に険しい。

「これ。
お見舞いじゃないですが、シフォンケーキです。
ここ、社内の女子たちに美味しいと人気で」

「わざわざありがとうございます」

 受け取った箱を松岡くんへ渡す。
 こういう小さな心遣いが、さすが王子だななんて思う。

「それで。
大藤先生の本が送られてきたということですが」

 立川さんは姿勢を直し、きりっと表情を引き締めた。
 それについ、見とれてしまいそうになるがいまはそんな場合じゃない。

「はい。
その、物は警察に渡したのでこれしかないんですが……」

 プリントアウトしておいた写真を見せる。
 証拠品を警察に渡す前に、松岡くんが携帯で写真を撮っておいてくれた。
 立川さんに相談するとき、必要だろうって。

「これは……。
さぞ、ショックだったでしょう」

「……はい」

 写真を見た途端、さっと立川さんの顔色が変わった。

「本は作家の分身ですからね。
こんなことをする奴は、本当に許せないな」

 険しい顔で立川さんは何度も頷いた。
 そこまで真剣に心配してくれているのだと、嬉しくなる。

「絶対に犯人、見つけてみせますよ。
いや、本当に」

 はっきり断言され、安心した。

「それで、大藤先生を恨んでいるような人に心当たりはないですか」

「恨んでいる人……」

 私はやはり、恨まれるようなことをしているのだろうか。
 一気に、自分の存在が悪のように感じてくる。

「ああ、すみません!
別に、大藤先生が悪いだなんて思ってないですよ!
ただ、最近は他人の幸せが妬ましいとかで、嫌がらせをする人間も多いですし。
ほら、この間の一力(いちりき)彩花(あやか)とか」

 女優、一力彩花のニャンスタ炎上は記憶に新しい。
 さりげなく、彼氏である社長とのデートで豪遊している写真を上げただけで、非難の嵐。
 私はあまり一力彩花が好きではないが、それでもさすがに気の毒になったほどだ。

「……そうですね」

 考えたくはないが、世の中にはそういう人間はいる。
 それに私だってnyamazonのレビューへ、あきらかに読んでいないくせに酷いレビューをつけられたりするのだ。

「ないわけじゃないですが……」

 ひとりだけ、いるのはいる。
 その、nyamazonに酷いレビューをつける人。
 私の全作品にレビューをつけているのだが、作品のことには一切触れていない。
 代わりに書き込まれるのは――私がいかに、淫乱女かということ。

【大藤雨乃は誰にでも足を開く】

【肉便器に自ら成り下がり、喜んでいるような女】

【親友の男だろうと、男とみれば見境なく寝る】

 ピュアホワイトを名乗るそいつは、匿名をいいことに言いたい放題。
 nyamazonの運営には問題ありとして報告しているが、あまり効果はない。

「そんな人がいるんですか」

 立川さんは自分の携帯を出し、nyamazonを確認している。

「酷いな、これ。
早く桃谷になり僕なり言ってくれればよかったのに」

「……すみません」

「いえ、大藤先生が悪いんじゃないので!」

 私が詫びると、立川さんが大慌てでそれを止めた。

「これ、社に報告します。
他社から出されている作品にも同様のレビューがついているようですから、そちらにも僕から連絡しときますね」

「お願いします」

「ネットだから誰だかわからないだろうと高をくくっているんでしょうが、こんなの簡単に割り出せますからね。
すぐに解決しますよ」

 私を安心させるように立川さんがにっこりと笑う。

 この、ピュアホワイトが犯人かどうかはわからない。
 けれどずっと私を憂鬱にさせる物のひとつがこれで解決するかと思うと、胸のつかえが下りた気がした。

 話が一段落したところで、松岡くんが立川さんが手土産に持ってきたシフォンケーキを出してくれた。
 ついでにお茶も淹れ替えてくれる。

「本当に執事の彼氏がいるんですね」

「ええ、まあ……」

 曖昧に笑って口を濁す。
 立川さんにはあまり、松岡くんのことに触れてほしくない。

「いや、本物の執事にしか見えないですよ。
格好だけじゃなく、立ち居振る舞いがそれらしい」

 これは、喜んでいいところなんだろうか。

「あとで本人に伝えておきます」

 口に入れたシフォンケーキはふわふわで、あっという間に口の中で消えていく。
 また添えらている、あっさりとしたクリームがいい。
 最近、松岡くんの作ったケーキばかり食べているが、これも負けず劣らず美味しかった。

「例の作品の執筆状況はいかがですか。
いや、こんな状態だったら進まないのはわかっているんですが」

 ごまかすようにはははと笑い、立川さんはあたまを掻いた。

「それが、その。
……現実逃避したくて執筆に逃げていたら、思いの外、進んで」

 あの小説はまだ悩みながら書いているから、いつものTLほどさくさくとは進まない。
 それでも、かなり書いていると思う。

「怪我の功名、ですかね」

「かも、です」

 笑いながら紅茶を啜る。
 こんなことをする犯人を本当に恨んでいるが、この一点だけは感謝してもいい。

 ――でも感謝より恨みの方が断然大きいけれど。

「じゃあ、これで僕は失礼します。
なにかあったらいつでもご連絡ください」

「はい、よろしくお願いします」

 帰っていく立川さんを来たときとは違い笑顔で見送った。
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