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第5章 彼氏(仮)と過ごすクリスマス

5-3 一緒にごはんを食べたい

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今日の晩ごはんはロールキャベツだった。
しかもトマトスープで煮込んだうえに、チーズをのせて焼いてある。

「いただきます」

食べながらふと思った。
松岡くんはいつ、ごはんを食べているんだろうって。

いつも私の家の仕事が終わるのは午後八時。
まっすぐに帰ったとしても、家に着くのはさらに遅い。

――ここから松岡くんのアパートまでどれくらいかかるのかわからないけど。

それからごはんの用意をして……とかだと、九時過ぎたりとかするんじゃないだろうか。

「明日の分も作ってありますので、温めて召し上がってください。
……って、どうかなさいましたか」

じっと顔を見つめていた私に気づき、松岡くんが問うてくる。

「松岡くんはいつもごはん、どうしてるの?」

「は?」

「うちの仕事は少し遅いから、帰るのは当然遅くなるよね。
それに、今日みたいに残業になったときとか。
お腹、空かないの?」

 なぜかはぁーっとあきれたように松岡くんの口からため息が落ちる。

「夕食は帰ってから食べます。
休みの日に作り置きの総菜を作ってあるので、すぐに食べられますから。
それにここへ伺う前に、軽くパンなど食べていますので」

「……そうなんだ」

なんだかちょっと、モヤッとした。

自分は彼が作ってくれた温かい食事を食べていて、彼はもっと遅い時間にひとり、作り置きの総菜。
仕事だといわれればそうだが、仮とはいえ松岡くんは私の彼氏なのだ。

「ねえ。
次から一緒に食べよう」

「は?」

なに言っているのか理解できない、松岡くんの顔にははっきりそう書いてある。

「ひとりより絶対、ふたりで食べた方が美味しいよ」

「……業務規定でお客様と食事をともにすることは禁じられております」

「わかってる、けど……」

なんだか悲しくなって俯いた。
嫌なのだ、美味しいごはんを食べるのが自分ひとりなのが。

「ああっ、もう!」

いきなり松岡くんがオフモードになり、驚いて顔を上げる。
彼は髪が乱れるなどかまわずにあたまをがしがし掻いていた。

「わかった!
次から一緒に食べてやる!
そもそも、仮彼氏なんて業務規定すれすれのことやってるんだ、これくらい」

「……うん」

鼻水が落ちそうになってずびっと啜る。

「だから、これくらいで落ち込むな」

ちゅっ、頬に彼の唇が触れただけで、上機嫌になっているのがわかる。
私ってこんなに、お手軽な人間だったっけ……?

「本日はこれで失礼いたします。
また来週の月曜日に」

「はい、ご苦労様でした」

セバスチャンを抱いて玄関まで松岡くんをお見送り。

「おやすみ、紅夏。
あんまり無理するんじゃねーぞ」

少しだけ背伸びした彼の唇が、ちゅっと私の額に触れる。
この頃はそれが嬉しくて仕方ない。

「……うん、気をつけるね。
おやすみ、松岡くん」

荷物を肩に担ぎ、ひらひらと手を振って松岡くんは帰っていく。
玄関に立ったまま、自転車の音が遠ざかるまで名残惜しく聞いていた。

「また来週の月曜日」

噛みしめるようにぽそっと呟いて、玄関の鍵をかける。
セバスチャンは先導するように私の仕事部屋へと向かっていた。

「邪魔はしてほしくないんだけどなー」

苦笑いで着いていく。
セバスチャンは私の気持ちがわかるのか、足下に置いたバスケットの中で丸くなった。

「はい、いい子ねー」

あまたを撫でるとごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らす。
満足するまで撫でてあげて、デジタルメモを立ち上げた。

「さて。
頑張ろう」

クリスマスまでもう、一ヶ月もないのだ。



次の月曜日、松岡くんはいつも以上の大荷物でやってきた。

「それ、どうしたの?」

「夕食時のお楽しみです」

にやっと右の口端だけで笑われたら、もうなにも言えない。
それ以上聞けないままアフタヌーンティもそこそこに仕事をはじめる。

「何時……?」

気づけば辺りは暗闇に沈みはじめていた。

電気をつけかけて、デジタルメモの蓋を閉じる。

前回、このまま仕事を続けて時間を忘れ、松岡くんには迷惑をかけた。
時間は惜しいが、ここで一旦やめて松岡くんが帰ってから再開するのが妥当だろう。

「お茶をお淹れいたしますね」

「ありがとう」

茶の間に行った私を見つけ、松岡くんが声をかけてくれた。
いつものこの時間ならそろそろいい匂いがしているはずなのに、今日はしない。

「ねえ、今日の晩ごはんって……」

「まだ秘密です」

隠すように台所から追いやられる。
仕方なくちゃぶ台の前に私が腰を下ろすと、松岡くんはお茶を淹れてくれた。

「もう少しだけお待ちください」

「……うん」

台所に戻っていく松岡くんのあとをセバスチャンがついていく。

「にゃー」

「おやつですか?
もうすぐ夕食だからダメですよ」

いつもながらセバスチャン相手でも執事モードで敬語なのがおかしい。

ゆっくりとカップを傾けてお茶を堪能する。
今日のお茶はオレンジの香りがした。

「お待たせいたしました」

ぼーっとテレビを眺めていたところへドン!とカセットコンロにのせた土鍋が置かれた。

「鍋?」

「はい」

てきぱきとお皿にのせた具材が並べられていく。

「ひとりでの鍋は味気ないですが、ふたりだと違いますから」

「……確かに」

家で鍋なんていつ以来だろう?
少なくともこの家でひとり暮らしをはじめてからはない。
当然、この家にはカセットコンロも土鍋もない。
今日の大荷物の理由を、はじめて理解した。

「……ありがとう」

なんだかまともに松岡くんの顔見られなくて、俯いて袖を引く。

「別に、紅夏のためとかじゃねーし。
俺も食いたかっただけだから」

少しだけ、松岡くん早口になっている。
顔を上げると真っ赤になっている耳が見えた。
いつもの俺様と、そういう可愛いところのギャップがやっぱり好きだな。

……なんて考えて、慌てて否定した。

いやいやいや、好きとかそんな。
うん、これは恋愛感情じゃない方の好きだから。

てきぱきと鍋奉行よろしく松岡くんは土鍋に具材を入れていく。
今日のお鍋は昆布だしで、たれにつけて食べていくスタイル。
たれも手作りでポン酢とごまだれの二種類を用意してくれた。

「ほら食え。
ほら、ほら」

どんどん松岡くんは私のお皿にお肉やら野菜やら入れてくる。

「そんなに一気に入れられても困る」

「なに言ってる、昨日も一昨日もまともにメシ、食ってねーだろうが。
だからどんどん食え」

なんで松岡くんが知っているんだろう?

言われたとおり、昨日も一昨日も仕事に集中していてついごはんを食べるタイミングを逃し、冷凍してくれているおにぎりをチンして食べただけだった。

「ロールキャベツ、まるまる残ってた。
他の総菜も減ってない。
冷蔵庫の中を見たら紅夏の食生活なんてすぐにわかる」

うん、それは申し訳ない。
というかさっきから完全にオフモードなんですが?

「心配になるだろ。
仕事が忙しいのはわかるが、ちゃんとメシは食え」

心配そうに、眼鏡の下の眉が寄る。

「……うん」

なんだろう、松岡くんが心配してくれるのが嬉しい。

「……おかわり。
つみれ多めで」

「おう、食え食え」

にかっと嬉しそうに松岡くんが笑い、お皿にどんどんつみれを入れていく。
どうしてかそれが、幸せだな、なんて思っていた。
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