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第3章 TLノベル作家の苦悩

3-1 ニャンスタ映えしないから

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三匹の子猫との生活は……思った以上に大変だった。

「うわっ」

寝ていたところを踏まれて、目が覚める。

「もー、何時……」

携帯を確認したら十二時を回っていた。
今朝は夜明け前には寝たから、そろそろ起きてもいいかもしれない。


ボリボリとあたまを掻きながら浴室に向かう。
騒がしい音がして茶の間を覗くと、三匹が大運動会を繰り広げていた。
当然、茶の間は酷い状態だ。

「あー、今日は松岡くんが来るからいいか……」

いや、いいわけがない。
が、まだ眠いあたまではまともな判断ができようはずがない。


シャワーを浴びて着替え、簡単に化粧をする。
もう九月に入ったというのにまだまだ暑い。

「こんにちはー」

いつものようにキーを叩いているうちに、松岡くんがやってきた。

「本日もよろしくお願いいたします」

茶の間を見ながら、松岡くんは苦笑いを浮かべた。

「酷い状態ですね」

「あー、さっき、運動会やってたから……」

室内はありとあらゆるものがなぎ倒され、置いてあったティッシュの花が満開になっている。

「すぐに片付けます」

「お願いー」

荷物を下ろし、松岡くんが腕まくりした。

「ああでも、先にお茶にした方がよろしいですよね」

「別に……」

――ぐーっ。

返事をするより先にお腹が鳴る。

「すぐにご準備いたしますね」

いつものように右の口端だけで松岡くんがにやりと笑い、顔がかっと熱くなった。


今日は茶の間でのお茶は不可能だから、ダイニングでいただく。

「あー、あー、あなたたちは。
元気がいいのはいいことですが、少しは控えるということを覚えてください」

まとわりつく猫たちに、執事モードで真剣に説教しているのがおかしい。

「次、こんなことをやったらおやつは抜きですよ。
……まあもっとも、次なんてないんですが」

ぼそっと呟いた松岡くんは淋しそうだった。
猫たちはもらい手がみつかり、明後日の日曜日にそれぞれ引き取られる。
松岡くんが猫と会えるのはこれが最後、というわけだ。

「毎日ほんと騒がしくて、面倒見るなんて言わなきゃよかったってちょっと後悔したけど。
いざいなくなるとなると、淋しいね」

短い間だけど猫たちとの生活はそれなりに楽しかったのだ。
三匹全部は無理だけど一匹くらい残しても、なんて考えたのも事実。

「私のわがままを聞いてくださり、本当にありがとうございました」

「やだ、ちょっとあたま上げてよ!」

いつもの慇懃無礼な態度じゃなく、真剣にあたまを下げてこられるとらしくなくて慌ててしまう。

「いえ、本当にありがとうございました。
この仔たちも喜んでいると思います」

眩しそうに目を細めて笑う松岡くんに、……心臓がまた、どくんと一回、大きく鼓動した。

「う、うん……」

心臓の鼓動はどきどきと治まらない。
いつもの不整脈だ。
このところ、ちょっと多い気がする。
一度、病院で診てもらった方がいいかな……?


こうして週末には猫たちは貰われていき、静かな生活が戻ってきた……はず、だった。

「にゃー」

「わかった!
おやつあげるから、ちょっと向こうに行ってて!」

私が椅子を立つと同時に、黒猫が机の上から飛び降りる。
ちなみにバランスボールは猫に破られそうで、椅子に変えた。

「早く来い、って?
ムカつく」

尻尾をぴんと立て、先導するように歩く黒猫に苦笑いしながらあとをついていく。

「おやつは、っと……」

棚を開けて松岡くんが買い置きしてくれているおやつの袋を掴む。

「にゃー、にゃー」

「わかった、わかったから」

黒猫はすでに、お皿の前でスタンバイしていた。
やっぱりそれに苦笑いしてお皿におやつを入れてやる。

「いい子だから仕事の邪魔はしないでねー」

おやつをがっついている猫のあたまを撫で、部屋に戻った。
すでに自動パワーオフになっていたデジタルメモの電源を入れ、再びキーを叩きはじめる。


猫は三匹とも一度は貰われていった。
が、黒猫だけ一週間後には戻された。

「ニャンスタ映えしないからー」

「は?」

長い髪の毛を指先でくるくるやっている彼女が、いったいなにを言っているのか理解できない。

「黒猫可愛いから、ニャンスタ映えすると思ったんだけどー。
でも真っ黒に写るばっかりで可愛く撮れないしー」

「まー、まー、えみたん、抑えて」

「は?」

この彼女も、隣に座る彼氏も、いったいなにを言っているのだろうか?
もしかして日本語じゃない?
いや、地球語でもないのかも。

「ニャンスタ映えしない猫なんて、いらないしー。
だからお返ししますー」

「ああ、そうですか」

唇の端がぴきぴきと引きつる。
いまほど松岡くんにいてほしいと思ったことはない。
きっとあの慇懃無礼な態度で華麗にこいつらを莫迦にしてくれるか、あの高圧的な態度で恐怖にたたき落とすか、どっちかしてくれそうだから。

「えみたん。
猫なんてやめてうさぎにしたら?
ほら、うさぎの方が可愛いよ」

「そうだねー。
てつくん、帰りに見にいこうよー」

甘えるように彼氏に腕を絡ませ、彼女は帰っていったが……もう二度と、ペットを飼おうだなんて思わないでほしい。
不幸なうさぎが生まれないように祈るばかりだ。

「よかったね、あんた。
捨てられなくて」

黒猫はよっぽど酷い扱いをされていたのか、部屋の隅で小さくなったまま動かない。
見にきたときは即決だったし、可愛い可愛いととても気に入っているように見えた。
それに面談ではちゃんと世話をすると約束してくれたし。
あれは全部、口先だけの嘘だったんだろう。

「ごめんね、私が人を見る目がないばっかりに……」

情けなくて涙が出てくる。
こんなに怯えている黒猫にはいくら詫びても詫びたりない。
かろうじてよかったのは彼女が、この子を捨てずに返しにきてくれたことだ。

「もういっそ、うちの子になる?」

もらい手を募っても、また彼女のような人に渡してしまったらとか考えると怖い。
それに、一匹くらい残してもいいかとも考えていた。

「どうする?」

怖がらせないようにそーっと、猫のあたまを撫でる。

「にゃー」

あたまを上げて小さく鳴いた猫は、肯定しているように見えた。

次の月曜日、私の家でうろうろしている黒猫に、松岡くんは怪訝そうだった。

「貰われていったのでは?」

「それが……」

週末にあったことを松岡くんに話す。

「……そういう人間には猫と同じ思いをさせてやればいいんですよ」

「ひぃっ」

彼の額には青筋が浮いていたし、唇の端はぴくぴくと引きつっていた。
さらには地の底に響きそうな声で身体ががたがたと震える。

「そ、そうだね」

「……失礼いたしました。
あなたが悪いのではないのに、怯えさせてしまいましたね」

目を細めて優しく微笑まれると、心臓がとくんと甘く鼓動した。

でも、つい先日、病院で検査してもらったけど、異常なしだったんだよねー。

「ううん、私に人を見る目がなかったから……」

心臓の鼓動が落ち着かない。
カップを口に運んで紅茶の香りを胸一杯に吸い込んだら、少しだけ冷静になれた。

「とにかく、この子が無事にここへ戻ってきただけよかったです」

「にゃー」

呼んだ? とばかりに黒猫がずぼっと松岡くんの腕の中にあたまを突っ込んできた。
戻ってきてから目一杯甘やかせてやったので、警戒は解けたらしい。

「それでね?
この子、うちで飼おうと思うんだけど……どうかな?」

「いいんですか?」

頑張って平静な顔を作っているのがわかるほど、松岡くんはそわそわしていた。
そういうのはなんか微笑ましい。

「うん。
でも私、生活リズムがめちゃくちゃでしょ?
だから、仕事で来たときだけでいいから、助けてくれると嬉しい」

「もちろんです!」

ぱーっと松岡くんの顔が輝く。
眩しくてたまんないし、執事モードと通常モードのギャップが可愛い……とか思っているのはもちろん秘密だ。
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