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プロローグ

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幼い私に祖母が絵本を読んでくれる。

「お姫様は末永く、王子様と幸せに暮らしました」

ぱたんと、祖母は読んでいた絵本を閉じた。

「お祖母ちゃん、王子様って本当にいるの?」

絵本の中でいつも、格好良くお姫様を救い出す王子様はキラキラと輝いていて、私の憧れだ。

「いるよ。
ほら、この間、一緒に結婚式を観ただろう?」

「……あれは王子様だけど、王子様じゃない」

数日前、祖母と一緒にどこかの王室の、王子様の結婚式をテレビで観た。
あの王子様の見た目は絵本に出てくる王子様のようだったし、キラキラとはしていたけれど、あの王子様はきっと、ドラゴンからお姫様を救い出したりはしない。

「んー、そうだねー。
祖母ちゃんにとって宗久むねひささんが王子様だけどね」

祖母はちらっと、傍で爪を切っていた祖父を見た。

「えー、お祖父ちゃんが王子様ー?」

祖母は嬉しそうににこにこと笑っているが、信じられるわけがない。
いつも不機嫌そうにむすっと黙っていて、祖母とすら滅多に口をきかない。
そんな祖父が王子様だなんて。

「宗久さんは祖母ちゃんが悪い奴に襲われそうになったとき、颯爽と助けてくれたんだ。
あのときの宗久さんは本当に、王子様だったよ」

「その話、本当!?」

確かにそれは王子様っぽい。

「ああ本当さ。
『大丈夫ですか?』って祖母ちゃんを抱き起こす宗久さんは格好良くて王子様に見えたし、祖母ちゃんは一目で恋に落ちたね」

話をする祖母は、絵本のお姫様のようにキラキラして見えた。

「それからどうしたの!?」

「思わず『……好きです』って告白していた。
そしたら宗久さんが……」

「うんうん」

「『俺もです』って。
それで祖母ちゃんと宗久さんは結婚したんだ」

いたずらっぽく祖母が祖父に片目をつぶってみせる。

「……いまだって好きに決まってるだろ」

ぼそっと呟き、隠すように新聞を広げた祖父の顔は真っ赤になっていた。

「だから、祖母ちゃんにとって宗久さんは王子様なんだ」

祖母の髪は白髪がかなり交じっていたし、皺だって刻まれている。
それでも笑う祖母はお姫様に見えた。
この年になっても祖母をお姫様にする祖父は、間違いなく王子様だ。
そういうのは凄く……うらやましい。


こうして祖母の話は私の王子様好きにますます拍車をかけた。
いつか――祖母にとっての祖父のような、私だけの王子様に出会いたい。
その願いは年々強くなり、そして――。
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