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第七章 最初で最後の旅行

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夜は庭でバーベキューをした。

「純華ー、肉、焼けたぞー」

「はーい」

お皿を持っていき、焼けたお肉をテーブルに運ぶ。
すぐに矢崎くんも来た。

「凄いごちそうだね」

ウッドデッキに設置されているテーブルは矢崎くんの手によって美しく装飾され、できあがった料理が並んでいる。
それにあと、よく冷えたシャンパン。
今日は俺が作るからイブキの散歩にでも行ってこいと追い払われ、戻ってきたらこうなっていた。

「頑張らせていただきました」

椅子に座りながら、彼がおどけるように笑う。

「ありがとうございます」

それに私も、少しふざけるようにお礼を言った。

「じゃあ。
お疲れ」

「お疲れー」

まずはシャンパンで乾杯する。
満天の星の下、BGMは波の音だけ。
こんなロマンチックな夕食は初めてだ。

「もう、このあいだのイベントもだし、矢崎くんにはお世話になりっぱなしだよ、ありがとう」

改めて彼に、頭を下げる。
ぎりぎりどころか欠員が出て人手が足りなかったイベントは、彼が若手数人と手伝ってくれたおかげで助かった。
通常の仕事もそうだ。
育児中社員のフォローについて会長に進言してくれたおかげで、私の仕事状況は好転している。

「別に俺はなにもしてないぞ。
純華が頑張ってるから、なにか手助けができないかって思っただけで」

なんでもない顔をして、矢崎くんは料理を口に運んだ。

「その手助けが嬉しいよ、ありがと」

そうやって困っている人がいたらすぐ手を差し伸べてくるの、本当に矢崎くんのいいところだ。

「でもさ、子供ができるとまわりにいろいろ迷惑かけちゃうから、考えちゃうよね」

子供の都合で遅刻早退、中抜けは当たり前。
このあいだのイベントみたいに、絶対に穴をあけられない仕事でも急に休まなければならない。
それに申し訳なく思っているんだろうなっていうのは理解するし、仕方ないんだと思う。
でも私は、それをフォローする大変さも知っている。

「そこは会社がしっかりフォローするべきだから、まわりに迷惑かけるからって子供を産むのに躊躇う必要はないんだ。
とはいえ、フォロー体勢が整ってないとあれだけどな」

矢崎くんが苦笑いし、私もそうするしかできない。
上司にいくらかけあっても、子供が大きくなるまでのしばらくの辛抱だと、取り合ってくれなかっただけに。

「てか、純華は子供を産む気なんだ?」

「うっ」

右頬を歪め、意地悪く彼がにやりと笑う。
それで、自分の失言に気づいた。

「誰との子供を産む気なんだろうな」

わかっている癖に、さらに白々しく矢崎くんは追求してきた。

「……や、矢崎くんとの子供に決まってるじゃない」

気恥ずかしくて彼の目は見られず、視線を机の上に彷徨わせる。

「んー、聞こえないなー」

眼鏡の向こうで彼の目が、愉悦を含んで歪む。

「だ、だから。
矢崎……紘希とのこど……!」

そこからあとは、身を乗り出してきた矢崎くん――紘希の唇に遮られた。
唇が離れ、私を見つめる瞳は艶を含んで光っている。

「それって俺に、抱かれる気になったってこと?」

熱い顔で、それに黙って頷いた。

「わかった!」

勢いよく彼が椅子から立ち上がる。

「イブキ」

そのまま私たちの後ろで遊んでいたイブキを抱き上げ、リビングへと入っていく。

「お前はもう、ステーイ、な」

なにをしているのかと見に行ったら、ケージにイブキを閉じ込めていた。

「純華」

さらに私に気づき、手招きしてくる。

「なに?
うわっ!」

近づいた途端、いきなり抱き上げられて慌ててその首に掴まった。

「紘希?」

「純華の気が変わらないうちに抱く」

私を抱えたまま、紘希は二階へと向かっていく。

「でも、片付けはいいの?」

「あとで俺がやっとくからいい」

ちゅっと軽く私に口付けし、器用に寝室のドアを開ける。
ベッドの上に紘希は、私をそっと下ろした。

「片付けたんだ」

「まあな」

たぶん、海から上がって私がお風呂に入っているあいだに片付けてくれたんだろうな。

「でも、純華を抱けるなら、あのままでよかったと思ってる……」

「……ん」

紘希の唇が触れるだけで、そこから甘い熱が生まれる。

「ほんとにいいんだな」

紘希がじっと、私を見下ろす。
その熱い瞳に心臓がこれ以上ないほど高鳴った。

「いい……ケド」

「けど?」

私の言葉を聞いて、ほんの少しだけ彼が不安そうになる。

「知ってると思うけど。
ハジメテだから優しくしてね」

おずおずと上目遣いで紘希を見上げた。
しかし彼はなぜか、口もとを手で覆って目を逸らした。

「それ、逆効果なんですケド」

「え?」

私が戸惑っているあいだに、彼は眼鏡を外して置いた。

「そんな可愛くお願いされたら、暴走しそうになる」

「ええーっと。
……ん、あっ」

耳もとに口付けを落とし、紘希はそのまま首筋を下りていった。

「でもできるだけ、優しくするように頑張るな」

「んんーっ」

彼の唇が触れている鎖骨に鈍い痛みを感じ、眉間に皺が寄る。
でも、それが嫌じゃない。

「純華……」

甘い重低音が私の鼓膜を犯す。
噛みつくように唇が重なり、それから……。
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