42 / 53
第七章 最初で最後の旅行
42
しおりを挟む
夜は庭でバーベキューをした。
「純華ー、肉、焼けたぞー」
「はーい」
お皿を持っていき、焼けたお肉をテーブルに運ぶ。
すぐに矢崎くんも来た。
「凄いごちそうだね」
ウッドデッキに設置されているテーブルは矢崎くんの手によって美しく装飾され、できあがった料理が並んでいる。
それにあと、よく冷えたシャンパン。
今日は俺が作るからイブキの散歩にでも行ってこいと追い払われ、戻ってきたらこうなっていた。
「頑張らせていただきました」
椅子に座りながら、彼がおどけるように笑う。
「ありがとうございます」
それに私も、少しふざけるようにお礼を言った。
「じゃあ。
お疲れ」
「お疲れー」
まずはシャンパンで乾杯する。
満天の星の下、BGMは波の音だけ。
こんなロマンチックな夕食は初めてだ。
「もう、このあいだのイベントもだし、矢崎くんにはお世話になりっぱなしだよ、ありがとう」
改めて彼に、頭を下げる。
ぎりぎりどころか欠員が出て人手が足りなかったイベントは、彼が若手数人と手伝ってくれたおかげで助かった。
通常の仕事もそうだ。
育児中社員のフォローについて会長に進言してくれたおかげで、私の仕事状況は好転している。
「別に俺はなにもしてないぞ。
純華が頑張ってるから、なにか手助けができないかって思っただけで」
なんでもない顔をして、矢崎くんは料理を口に運んだ。
「その手助けが嬉しいよ、ありがと」
そうやって困っている人がいたらすぐ手を差し伸べてくるの、本当に矢崎くんのいいところだ。
「でもさ、子供ができるとまわりにいろいろ迷惑かけちゃうから、考えちゃうよね」
子供の都合で遅刻早退、中抜けは当たり前。
このあいだのイベントみたいに、絶対に穴をあけられない仕事でも急に休まなければならない。
それに申し訳なく思っているんだろうなっていうのは理解するし、仕方ないんだと思う。
でも私は、それをフォローする大変さも知っている。
「そこは会社がしっかりフォローするべきだから、まわりに迷惑かけるからって子供を産むのに躊躇う必要はないんだ。
とはいえ、フォロー体勢が整ってないとあれだけどな」
矢崎くんが苦笑いし、私もそうするしかできない。
上司にいくらかけあっても、子供が大きくなるまでのしばらくの辛抱だと、取り合ってくれなかっただけに。
「てか、純華は子供を産む気なんだ?」
「うっ」
右頬を歪め、意地悪く彼がにやりと笑う。
それで、自分の失言に気づいた。
「誰との子供を産む気なんだろうな」
わかっている癖に、さらに白々しく矢崎くんは追求してきた。
「……や、矢崎くんとの子供に決まってるじゃない」
気恥ずかしくて彼の目は見られず、視線を机の上に彷徨わせる。
「んー、聞こえないなー」
眼鏡の向こうで彼の目が、愉悦を含んで歪む。
「だ、だから。
矢崎……紘希とのこど……!」
そこからあとは、身を乗り出してきた矢崎くん――紘希の唇に遮られた。
唇が離れ、私を見つめる瞳は艶を含んで光っている。
「それって俺に、抱かれる気になったってこと?」
熱い顔で、それに黙って頷いた。
「わかった!」
勢いよく彼が椅子から立ち上がる。
「イブキ」
そのまま私たちの後ろで遊んでいたイブキを抱き上げ、リビングへと入っていく。
「お前はもう、ステーイ、な」
なにをしているのかと見に行ったら、ケージにイブキを閉じ込めていた。
「純華」
さらに私に気づき、手招きしてくる。
「なに?
うわっ!」
近づいた途端、いきなり抱き上げられて慌ててその首に掴まった。
「紘希?」
「純華の気が変わらないうちに抱く」
私を抱えたまま、紘希は二階へと向かっていく。
「でも、片付けはいいの?」
「あとで俺がやっとくからいい」
ちゅっと軽く私に口付けし、器用に寝室のドアを開ける。
ベッドの上に紘希は、私をそっと下ろした。
「片付けたんだ」
「まあな」
たぶん、海から上がって私がお風呂に入っているあいだに片付けてくれたんだろうな。
「でも、純華を抱けるなら、あのままでよかったと思ってる……」
「……ん」
紘希の唇が触れるだけで、そこから甘い熱が生まれる。
「ほんとにいいんだな」
紘希がじっと、私を見下ろす。
その熱い瞳に心臓がこれ以上ないほど高鳴った。
「いい……ケド」
「けど?」
私の言葉を聞いて、ほんの少しだけ彼が不安そうになる。
「知ってると思うけど。
ハジメテだから優しくしてね」
おずおずと上目遣いで紘希を見上げた。
しかし彼はなぜか、口もとを手で覆って目を逸らした。
「それ、逆効果なんですケド」
「え?」
私が戸惑っているあいだに、彼は眼鏡を外して置いた。
「そんな可愛くお願いされたら、暴走しそうになる」
「ええーっと。
……ん、あっ」
耳もとに口付けを落とし、紘希はそのまま首筋を下りていった。
「でもできるだけ、優しくするように頑張るな」
「んんーっ」
彼の唇が触れている鎖骨に鈍い痛みを感じ、眉間に皺が寄る。
でも、それが嫌じゃない。
「純華……」
甘い重低音が私の鼓膜を犯す。
噛みつくように唇が重なり、それから……。
「純華ー、肉、焼けたぞー」
「はーい」
お皿を持っていき、焼けたお肉をテーブルに運ぶ。
すぐに矢崎くんも来た。
「凄いごちそうだね」
ウッドデッキに設置されているテーブルは矢崎くんの手によって美しく装飾され、できあがった料理が並んでいる。
それにあと、よく冷えたシャンパン。
今日は俺が作るからイブキの散歩にでも行ってこいと追い払われ、戻ってきたらこうなっていた。
「頑張らせていただきました」
椅子に座りながら、彼がおどけるように笑う。
「ありがとうございます」
それに私も、少しふざけるようにお礼を言った。
「じゃあ。
お疲れ」
「お疲れー」
まずはシャンパンで乾杯する。
満天の星の下、BGMは波の音だけ。
こんなロマンチックな夕食は初めてだ。
「もう、このあいだのイベントもだし、矢崎くんにはお世話になりっぱなしだよ、ありがとう」
改めて彼に、頭を下げる。
ぎりぎりどころか欠員が出て人手が足りなかったイベントは、彼が若手数人と手伝ってくれたおかげで助かった。
通常の仕事もそうだ。
育児中社員のフォローについて会長に進言してくれたおかげで、私の仕事状況は好転している。
「別に俺はなにもしてないぞ。
純華が頑張ってるから、なにか手助けができないかって思っただけで」
なんでもない顔をして、矢崎くんは料理を口に運んだ。
「その手助けが嬉しいよ、ありがと」
そうやって困っている人がいたらすぐ手を差し伸べてくるの、本当に矢崎くんのいいところだ。
「でもさ、子供ができるとまわりにいろいろ迷惑かけちゃうから、考えちゃうよね」
子供の都合で遅刻早退、中抜けは当たり前。
このあいだのイベントみたいに、絶対に穴をあけられない仕事でも急に休まなければならない。
それに申し訳なく思っているんだろうなっていうのは理解するし、仕方ないんだと思う。
でも私は、それをフォローする大変さも知っている。
「そこは会社がしっかりフォローするべきだから、まわりに迷惑かけるからって子供を産むのに躊躇う必要はないんだ。
とはいえ、フォロー体勢が整ってないとあれだけどな」
矢崎くんが苦笑いし、私もそうするしかできない。
上司にいくらかけあっても、子供が大きくなるまでのしばらくの辛抱だと、取り合ってくれなかっただけに。
「てか、純華は子供を産む気なんだ?」
「うっ」
右頬を歪め、意地悪く彼がにやりと笑う。
それで、自分の失言に気づいた。
「誰との子供を産む気なんだろうな」
わかっている癖に、さらに白々しく矢崎くんは追求してきた。
「……や、矢崎くんとの子供に決まってるじゃない」
気恥ずかしくて彼の目は見られず、視線を机の上に彷徨わせる。
「んー、聞こえないなー」
眼鏡の向こうで彼の目が、愉悦を含んで歪む。
「だ、だから。
矢崎……紘希とのこど……!」
そこからあとは、身を乗り出してきた矢崎くん――紘希の唇に遮られた。
唇が離れ、私を見つめる瞳は艶を含んで光っている。
「それって俺に、抱かれる気になったってこと?」
熱い顔で、それに黙って頷いた。
「わかった!」
勢いよく彼が椅子から立ち上がる。
「イブキ」
そのまま私たちの後ろで遊んでいたイブキを抱き上げ、リビングへと入っていく。
「お前はもう、ステーイ、な」
なにをしているのかと見に行ったら、ケージにイブキを閉じ込めていた。
「純華」
さらに私に気づき、手招きしてくる。
「なに?
うわっ!」
近づいた途端、いきなり抱き上げられて慌ててその首に掴まった。
「紘希?」
「純華の気が変わらないうちに抱く」
私を抱えたまま、紘希は二階へと向かっていく。
「でも、片付けはいいの?」
「あとで俺がやっとくからいい」
ちゅっと軽く私に口付けし、器用に寝室のドアを開ける。
ベッドの上に紘希は、私をそっと下ろした。
「片付けたんだ」
「まあな」
たぶん、海から上がって私がお風呂に入っているあいだに片付けてくれたんだろうな。
「でも、純華を抱けるなら、あのままでよかったと思ってる……」
「……ん」
紘希の唇が触れるだけで、そこから甘い熱が生まれる。
「ほんとにいいんだな」
紘希がじっと、私を見下ろす。
その熱い瞳に心臓がこれ以上ないほど高鳴った。
「いい……ケド」
「けど?」
私の言葉を聞いて、ほんの少しだけ彼が不安そうになる。
「知ってると思うけど。
ハジメテだから優しくしてね」
おずおずと上目遣いで紘希を見上げた。
しかし彼はなぜか、口もとを手で覆って目を逸らした。
「それ、逆効果なんですケド」
「え?」
私が戸惑っているあいだに、彼は眼鏡を外して置いた。
「そんな可愛くお願いされたら、暴走しそうになる」
「ええーっと。
……ん、あっ」
耳もとに口付けを落とし、紘希はそのまま首筋を下りていった。
「でもできるだけ、優しくするように頑張るな」
「んんーっ」
彼の唇が触れている鎖骨に鈍い痛みを感じ、眉間に皺が寄る。
でも、それが嫌じゃない。
「純華……」
甘い重低音が私の鼓膜を犯す。
噛みつくように唇が重なり、それから……。
13
お気に入りに追加
329
あなたにおすすめの小説
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
政略結婚だけど溺愛されてます
紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。
結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。
ソフィアは彼を愛しているのに…。
夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。
だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?!
不器用夫婦のすれ違いストーリーです。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
純真~こじらせ初恋の攻略法~
伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。
未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。
この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。
いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。
それなのに。
どうして今さら再会してしまったのだろう。
どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。
幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる