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第七章 最初で最後の旅行

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「腹、減ってないか。
なんか作るよ」

少し休憩したあと、矢崎くんが立ち上がる。

「え、私が作るよ!」

しかし私も反射的に、勢いよく立ち上がった。

「俺が。
純華のために作りたいの」

「私も、矢崎くんのために作りたいの」

レンズ越しに少しのあいだ、睨みあう。
しかしすぐに、どちらからでもなく噴き出した。

「一緒に作るか」

「そうだね」

笑いながらキッチンへ向かう私たちを、イブキが不思議そうに見ていた。

「なん作るかなー」

冷蔵庫を開けて、矢崎くんはメニューを考えている。

「てか、食材、買いに行かなくていいの?」

ここに来るのに、なにも買わないできた。
冷蔵庫の中は空では……?

「管理人に適当に買って入れといてくれって頼んだから、ほら」

場所を空けて矢崎くんが中を見せてくれる。
そこにはパンパンに食材が詰まっていた。
というか、これをふたりで食べきるのは無理じゃない?

「エビがあるから、トマトクリームパスタにするか」

決まったのか、テキパキと彼は材料を取り出した。

「じゃあ、私はなんか、サラダ作るね」

今度は私が、冷蔵庫の中をのぞく。
ベビーリーフと玉子で、ミモザサラダか温玉サラダにしようかな。

ふたりで並んで料理をする。

「なんか、新婚っぽいね」

「っぽいんじゃなくて、新婚なんだが?」

指摘され、おかしくて笑ってしまう。
なんかいつの間にか、矢崎くんとこうやって一緒に過ごすのが当たり前になっていた。
あまりに自然すぎて、もうずっとこうしている気さえする。
それくらい、彼と一緒にいるのは心地よかった。

「いただきます」

できた料理を並べ、ダイニングテーブルで向かいあって食べる。
イブキは散々嗅ぎ回って落ち着いたのか、ケージに入ってお気に入りのタオルの上で寝ていた。

「矢崎くんって料理、上手だよね」

素材がいいのもあるかもしれないが、今日のパスタももちろん、美味しい。

「やった、純華に褒められた」

上機嫌に彼がフォークを口に運ぶ。
こういう小さなことですぐ喜ぶところ、ちょっと羨ましくもある。

「純華が料理が上手な人が好きだって言ってたから、いつか披露できるように腕を磨いてたんだ」

「……は?」

フォークを口に入れかけて、止まる。
そのまま皿に戻し、まじまじと彼を見つめていた。

「言ったっけ?
そんなの」

「言った。
入社した年の、夏にやった同期親睦キャンプで」

「あー、あったねー、そんなの……」

誰が計画したのか、上司から用がない限り絶対参加だって言い渡されて、嫌々参加した、あれ。

「親睦会とかいって、実は研修でしたーって卑怯だよね」

「まあな」

矢崎くんも同意見だったらしく、苦笑いしている。
あの当時はまだ、これだからブラック企業は、などと思っていたものだ。
いや、あの親睦会という名の研修はまったくもって無駄だけれど。

「まあ、潰してやったけどな」

「……は?」

さらりと言われ、また彼の顔を見る。

「キャンプでの共同作業で、同期の繋がりを深めるってなんだよ。
溝は深まったけどな」

「は、ははは……」

苦々しく矢崎くんが吐き捨て、笑うしかできなかった。
無自覚なのかなにかと命令してくる陽キャの数人に、反感が集まったのは事実だ。

「無駄なんだよ、あんなの。
だから目安箱に投稿して、潰してやった。
といっても当事者なんて限られてるし、書いたの俺だってバレてるだろうけどな」

「……凄いね、矢崎くんは」

私は不満に思うだけで終わった。
でも、矢崎くんはどうするべきか考え、行動した。
未来の経営者だから、っていうのはあるかもしれない。
それでも、私はそんな彼を尊敬する。

「凄くないよ、当たり前だろ」

「ううん、凄いよ」

そうやって当たり前だっていえるところ、もっと。
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