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第四章 素敵な旦那様

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週末の土曜日は頑張って早く起きた。
矢崎くんを起こさないようにベッドを抜け出し、コーヒーを淹れてダイニングテーブルでパソコンを広げる。

「おはよう、もう起きてたのか」

「おはよー」

二時間ほど経った頃、矢崎くんが欠伸をしながら寝室から出てきた。

「仕事?」

「そう」

後ろからパソコンをのぞき込みながら、彼の手が肩にのる。
見上げると、唇が重なった。

「持ち帰りで?」

「あー、そろそろ残業時間ヤバくて……」

気まずさを笑って誤魔化し、それでも目を逸らす。
月末になり、これ以上の残業はレッドゾーンに入ってきた。
会社での仕事がマズいとなれば、こっそり持ち帰ってやるしかないのだ。

「そういうの、会社的にはダメなんだぞ、知ってるか?」

眼鏡の下で矢崎くんの眉間にふかーい皺が刻まれる。

「し、知ってるけど……」

視線が定まらず、あちこちへと向く。
ただの同期に責められているならまだしも、相手は次期経営者なのだ。
未来の上役に責められるのはさすがに堪える。

「で、でも、イベント来月、だし。
それが終わったら少しは落ち着くと……思う」

根拠のない言い訳でしかないので、やましさ満点でしどろもどろになってしまう。

「ふぅん」

私を見下ろす、矢崎くんの目は冷たい。
絶対、怒っている。

「まあ、会長に問題提起して、その頃までには純華の仕事が楽になるようにするけどな」

はぁっと諦めるように小さくため息をつき、彼は私の頭を軽くぽんぽんした。
もしかして、慰められている?

「朝食食べたら手伝ってやる。
んで、なに食べたい?」

にかっと笑い、矢崎くんが私の顔をのぞき込む。

「えっ、私が作るよ!」

この一週間、毎日矢崎くんが朝食を作ってくれた。
それだけじゃない、夕食もほとんど彼で、申し訳ない。
といっても、家政婦さんの作り置きと冷食ストックが主だけれど。

「俺が作ったほうが純華は仕事ができて、俺は純華とゆっくり過ごす時間がその分できるからいいの。
ほら、なに食べたい?」

「……なんでもいい」

「なんでもいいが一番困るんだけどなー。
とりあえず、顔洗ってくるわー」

髭が気になるのか、顎を触りながら彼はリビングを出ていった。

……矢崎くんには敵わないな。

私は忙しいからと、甘やかせてくれる。
それが嬉しくもあり、心苦しくもあった。
なにか、お返しできるといいんだけれど。
ちなみに彼は、寝起きでもどこに髭が生えているのかわからない。

洗顔を済ませて戻ってきた矢崎くんは、キッチンでごそごそはじめた。
そのうち、いい匂いが漂ってきだす。

「もうできるからいったん片付けろー」

「はーい」

慌ててパソコンをスリープにし、書類一式と一緒にリビングのテーブルへと移動させた。

「ほい、おまたせ」

彼がテーブルの上に並べていったのは、フレンチトースト?
生クリームとフルーツがたっぷりのせてある。

「どうしたの?」

いつも、朝食は和食なのだ。
なのに急に、こんなお洒落なのが出てきて戸惑った。

「んー、休みの日くらいいいんじゃない?
朝早くから仕事してる純華にご褒美」

「……あ、ありがとう」

眼鏡の奥で矢崎くんが器用に片目をつぶって見せ、ほのかに頬が熱くなった。

「何時からやってたんだ?」

「んー、六時から?」

時刻はそろそろ九時になろうとしている。
おかげでかなり、進んだけれど。

「そんなに早くからやらないと終わらないほど、ヤバいのか?」

ナイフとフォークを止め、心配そうに矢崎くんが私の顔をのぞき込む。

「あ、いや。
午前中で済ませられたら、午後から出かけられるかなー、って。
矢崎くん、指環見に行きたいとか、不動産屋さんに行きたいとか言ってたから……」

後半はなんか恥ずかしくて、ごにょごにょと口の中にとどまってしまう。

「可愛いなー、純華は」

ふにゃんと嬉しそうに、矢崎くんが笑う。
この顔を見るだけで私も嬉しくなっちゃうのはなんでだろう。

「不動産屋と指環は予約入れてないからダメだけどな」

「あっ、そうなんだ」

苦笑いで彼が私を見る。
せっかく早起きしたのにちょっと残念。

「でも、せっかく純華が時間作ってくれたんだし、映画でも観に行くか」

「そうだねー」

よく考えたらこれが、初めてのデートになるのかな。
そんなことを考えたら、なんか急に緊張してきた……。
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