結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
7 / 53
第二章 それまでは夫婦でいさせて

7

しおりを挟む
片付けは食洗機があるからと矢崎くんがさっさとしてしまった。

「いってきます」

出社する準備ができたところで、彼が私にキスしてくる。
それを避けようと顔を背けたら、手で掴まれて強引に唇を重ねられた。

「だからー」

「嫌なら引っ叩けばいいだろ」

「うっ」

抗議したところで矢崎くんは涼しい顔をしている。
それに私にも彼を叩くなんて気持ちはまったくなかった。

「あ」

鞄を手に玄関に向かいかけた矢崎くんが、なにかを思い出したかのように足を止める。

「会社では俺たちが結婚したことは内緒な」

悪戯っぽく彼が、人差し指を唇に当てる。

「会長とか身内にバレるといろいろ面倒だからさ。
今抱えてる仕事が上手くいったらうるさい連中も黙らせられるから、ちょっと待ってくれ」

さらに彼は、片手で私を拝んできた。

「ああ、うん。
わかったよ」

そうか、矢崎くんも後継者としていろいろ事情があるんだ。
鏑木社長みたいに後継ぎを公言して憚らない人もいるもんね。
その理由にだけは納得した。

一緒に並んで駅までの道を歩く。

「引っ越しは追い追いするけど、とりあえず今日から俺んちに住めよ」

「ええーっ」

つい、口から不満が漏れる。
だって私はまだ、離婚を諦めていないのだ。

「ええーっ、じゃない。
終わったら純華んち行って、荷物持って俺んち。
わかったな?」

そんなこと言われたって、承知できるはずがない。
なのに。

「わかったな」

私の前で振り返り、矢崎くんが指先を突きつけてくる。
眼鏡の奥の目は真剣で、私に拒否を許さなかった。

「う、うん」

おかげでつい、頷いてしまった。

仕事はいつもどおり……ではなく、ママさん社員の加古川(かこがわ)さんから、子供の調子が悪いので休むと連絡が入っていた。
まあ、それもいつもどおりといえばいつもどおりだけれど。

仕事の合間を縫って資料を漁り、昨日の「瑞木係長は子供がいないからわからないでしょうけど」案件の解決に乗り出す。
私はいったい、なにを見落としている?
自分には子供はいないが、友達の子供を連れていったと想定して考え直した。

「ああ、そうか」

ベビーカーで入るには、段差が多い。
スロープもあるが、遠回りしてもらわなければならない。
これではベビーカーの人はもちろん、車椅子の人も困るだろう。

「スロープの位置を見直して……」

解決策が見えればあとは簡単だ。
私はマウスを操作し、新しい会場案を作っていった。

終業時間までに今日やってしまわないといけない仕事を終わらせ、加古川さんの仕事に手をつける。
手つかずの資料をまとめ、請求書の下書きも作った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

Perverse second

伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。 大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。 彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。 彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。 柴垣義人×三崎結菜 ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~

けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる… ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。 こんな私でもやり直せるの? 幸せを願っても…いいの? 動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

そういう目で見ています

如月 そら
恋愛
プロ派遣社員の月蔵詩乃。 今の派遣先である会社社長は 詩乃の『ツボ』なのです。 つい、目がいってしまう。 なぜって……❤️ (11/1にお話を追記しました💖)

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

処理中です...