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四.担当変更――自覚したくないのに自覚した

3.女らしい私

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終業時間になっても、美咲ちゃんはまだ仕事していた。
当たり前だ。
夜中までかかるくらいの量、置いてきたんだから。

美咲ちゃんを無視して、さっさと会社を出る。
私が会社を出るとき、加久田が美咲ちゃんに話し掛けているのが見えた。
きっと、手伝うとかいっていたんだと思う。

……莫迦。
加久田の莫迦。     

今日は金曜日だったけど、晩ごはんは作らなかった。
なんとなく、加久田は来ないことがわかっていたから。
真っ暗な部屋の中、クッション抱えてベッドに座る。

きっと加久田は私のこと、呆れている。
嫌いになったかもしれない。

……でも。

それでいいのかもしれない。
そうすれば私は、またひとりになる。
ひとりになれば、こんな思い、しなくていい。
毎日毎日襲ってくる、不安や恐怖に怯えなくていい。
もうこんな思い、したくない――。


――ピンポーン

ずっと、クッション抱えて蹲っていたら、不意にチャイムが鳴った。
時計を見ると、もう十時をまわっていた。

「……先輩。
加久田です」
 
いつもと違うトーンの、声。
私は固まってしまって、指先すら動かせない。

――ピンポーン

「……先輩、いますよね?
入りますよ」

――ガチャ                 

合い鍵使って、加久田が入ってきた。
でも、私はやっぱり、クッションに顔をうずめて固まっていた。

「先輩。
電気つけますよ」

部屋の中が明るくなって、加久田が私の隣に立っているのがわかった。

「……今日はどうしたんですか?」

「…………」

「先輩、らしくない」

「…………おまえが」
 
加久田の一言に。
……私の中で、なにかが吹っ飛んだ。

「え?」

「おまえが、らしくないとかいうなっ!
あれが、あれがほんとの私なんだよっ!
気付きたくないのに、おまえが気付かせたんだろっ!」

「先輩……?」

「私だって知りたくなかった!
あんな、あんな女みたいな、醜いとこが自分にあるなんて!
でも、でも、おまえを好きになって、でも捨てられるのが怖くて、自分で距離をとろうとしてるのにおまえが美咲ちゃんと話してると嫉妬して!      
こんな自分が嫌なのに、美咲ちゃんに当たるしかできなくて!
嫌だ、嫌だ、もう、嫌だ……」
 
我ながら、いっていることが滅茶苦茶だと思う。
ただの八つ当たりでしかないこともわかっている。
加久田だって呆れている。

「……優里は。
俺のことが好きですか?」
 
顔も上げないでぼろぼろ泣いていたら、……そっと抱きしめられた。

「どうなんですか?」

「……好き。
加久田が、好き」
 
ゆっくりと、加久田の右手があやすように私の髪を撫でる。

「俺が優里のこと、捨てるとでも思ってるんですか?」

「……だって、私は七つも年上のおばさんだし。
中身はおっさんだし」

「何度もいってるでしょう?
優里は中身も女だって。
女だから、嫉妬したんでしょう?」

諭すような加久田の声は、優しい。

「……そう」

「それに俺は、絶対に優里のこと、捨てたりしませんよ。
こんな可愛い女(ひと)、手放す訳ないでしょう?」      

「……ほんとに?」

「ほんとに。
ずっと一緒になんて夢みたいなこと、って笑う奴がいますけど。
そんな奴、笑わせとけばいいんです。
俺はずっと優里と一緒にいます。
約束、しますから」

「約束?」

恐る恐る顔を上げると、加久田は優しく微笑んでいた。

「はい。
指切り、しましょうか」
 
差し出された小指に、躊躇いつつ自分の小指を絡める。

「指切りげんまん、嘘ついたら……そうですね、俺が死にます。
ゆびきったー、と」

「……加久田が死んだら困る」

「大丈夫ですよ。
絶対に嘘、つきませんから」
 
笑うと細く、目尻が下がる加久田の目。
それを見ていたら、ほっと気が緩んだのか、何故かまた涙が溢れてくる。

「ああもう。
優里、泣かないでください」
 
加久田は困ったように笑っている。      

……もう私、不安にならなくていいのかな。
女でいてもいいのかな。
ねえ、加久田?
いいんだよね?
 

……結局。
この日は私が加久田から離れたくなくて、一緒にいたがったものだから、加久田はなにもしないで、ただ私を抱きしめて寝てくれた。
私は久しぶりに安心して、心地いい眠りにつけた。


――月曜日。

「美咲ちゃん。
その、金曜日は悪かった。
すまない」

「え、あ、いいですよー」

美咲ちゃんが笑ってくれて、ほっと息をつく。
あんな酷いことをしておいて、許してくれなんて虫がよすぎだとは思う。
でも、仲直りしたかった。

「その、加久田にいろいろ聞いた。
いままでありがとう。
これからもよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします、……ってなにを聞いたんですか?」

「えっ、まあ、……いろいろ」
 
あれから、加久田が教えてくれた。
美咲ちゃんと加久田は「篠崎先輩をお嫁にもらいたい同盟」……だったらしい。

私のことを女としてみている、数少ない同士だから、ついつい話が盛り上がっていた、と。    
しかも、私に目をつけたのは美咲ちゃんの方が先で、だから加久田はなめられたような態度をとられていたみたいだ。

種明かしをするとあっけなくて、……いや、ちょっと引っかかる点もあるけど、美咲ちゃんに嫉妬していた自分がおかしかった。
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