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四.担当変更――自覚したくないのに自覚した
2.好きになるのは怖い
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朝起きたら、加久田はいなかった。
うちに泊まりに来るようになって。
泊まらないで、しかも手を出さないで帰ったのは初めてだ。
……今日はごはん炊いていないから、弁当はなしだな。
そう思っていたら、不意に炊飯器ができあがりを知らせるメロディーを奏でだして驚いた。
加久田の奴、こんなことまで。
完全に気、使わせたな。
いつか埋め合わせしないと。
ごはんを混ぜて、弁当箱を出す。
昨日そのままだった弁当箱も、しっかり洗ってくれていた。
ごはんを詰めて、ちょっと考えた。
流しの上の棚を漁って、適当な大きさのタッパを出して、残りのごはんも詰める。
ちょっと足りない気もしたけど仕方ない。
私は夜も小食だ。
いつもは一つで作る卵焼きを、今日は三つで作る。
昨日の残りなのか、オクラも冷蔵庫に入っていたので、明太子と一緒に和えて巻き込む。
ピーマンと人参を千切りにして、豚こまと一緒に甘辛く炒めて、これでかさ増し。
南瓜が残っていたから、レンジでチンして、荒く潰してマヨネーズで和えて簡単サラダ。
三品だけのおかずは淋しい気もしたけど、いつも私のお弁当はこんなものなので、これで我慢してもらうことにする。
いつも通り朝食食べて、着替えて化粧して。
冷めたおかずを弁当箱に詰めて、タッパの方は適当な大判ハンカチで包む。
今日はいつものバックに弁当が入らないから、手頃な大きさの紙袋に放り込んで家を出る。
会社に着くと、意外なほど気持ちはスッキリしていた。
まだ腫れ物に触るような周囲とは裏腹に、普通に仕事をこなしていく。
途中、お手洗いに立った隙に、加久田にメッセージを入れておいた。
【昼休み、屋上】
ただ、それだけ。
昼休み。
屋上でちょっとそわそわしていた。
返信はなかったけど、既読になっていたから、ちゃんと加久田は見ているはず。
仕事中のメッセージは、忙しいことも多いから、返信がないことも間々ある。
だから、その辺りは気にしていない。
「すません、遅くなりました……」
「これ」
言葉短く、自分の分を抜いた紙袋を、加久田に突き出す。
「……?」
怪訝そうに、加久田は紙袋の中を見ている。
……もし、いらないとかいわれたらどうしよう?
「……!
いいんですか?」
「昨日の礼、には足りないけど。
でも、よかったら」
「ありがとうございます!
十分です!」
嬉しそうに笑っている加久田を見て、……ああ、私は奴のことが好きなんだ、って自覚したくないのに自覚した。
五.嫉妬――死んだら困る
――加久田のことが好き。
そう自覚してから、気持ちの上で距離をとるようになった。
相変わらず加久田を家には上げていたし、体も重ねていた。
……けど。
加久田に、自分の気持ちを知られてしまうことが怖かった。
知ったらきっと、加久田は喜んでくれると思う。
わかっている。
でも……怖い。
私よりも七つ年下の加久田。
いつ、こんなおばさんなんか、飽きられるかわからない。
それでなくても、私は中身もおっさんだ。
加久田に捨てられることを思うと、気持ちを封じ込んで体だけの関係だけでいた方が終わってしまったときに傷が浅そうな気がして、それでいいんだと自分に言い聞かせていた。
「先輩。
最近、ちょっとおかしくないですか?」
「なにが?」
金曜日、いつも通りうちに来ていた加久田が、不安そうに私を見つめた。
「俺、なにかしましたか?
それとも、俺のこと、嫌いになりましたか?」
「……違う」
……おまえのこと、好きになっただけ。
「でも最近、なんか俺のこと、遠ざけてませんか?」
「気のせい、だろ」
……そう。
近付きすぎてしまうのが、怖いから。
「……なら、いいんですけど。
もし、嫌いになったときはいってください。
嫌われてるのにつきまとうほど、痛いことしたくないですから」
「……嫌うわけ、ないだろ」
……寧ろ。
おまえの方こそ、早くいってくれ。
私の傷が浅くてすむうちに。
いつものようにキスされて、気持ちよさに溺れながら、……気持ちは固く閉ざしておいた。
最近加久田と美咲ちゃんが話していると……妙に苛々した。
身体だけの関係だけでいい、そう思っておきながら、私は愚かなことに……嫉妬していたのだ。
だって、美咲ちゃんはきっと、加久田のことが好きだから。
もし私が。
せめてまだ、二十代だったら。
つい莫迦なことを考えてしまう。
どんどん真っ黒になっていく、私の心。
私の中に、こんな女みたいな、醜い部分があったなんて初めて知った。
苦しくて苦しくて、次第に身体を重ねることすら、苦痛になっていった。
そしてとうとう……とうとう私は。
やってしまった。
その日も加久田は、美咲ちゃんと楽しそうに話していた。
私と目が合うと、にっこり笑う。
ぎこちなく笑い返しながら……心の中は、嫉妬の嵐だった。
やっぱり。
こんなおばさんより、若い美咲ちゃんの方がいいんじゃないか。
やっぱり、背も高くて女らしくない私より、小さくて可愛い美咲ちゃんの方がいいんじゃないのか。
やっぱり、化粧っ気もない私より、可愛くメイクしている美咲ちゃんの方がいいんじゃないのか。
やっぱり、やっぱり、やっぱり……。
「美咲ちゃん。
これ、今日中に整理お願い」
「今日中、ですか……?」
私が置いたのは、到底今日中には終わらない、大量の書類。
「そう。
今日中」
「先輩。
これ、別に今日中じゃなくてもいいんじゃ……」
……なんで加久田、庇うの?
やめて、やめてよ。
「加久田は黙ってろ。
できるよな?
これくらい」
「……はい」
美咲ちゃんは涙目になって俯いている。
加久田は私を呆気にとられてみている。
わかっている。
こんなこと、ただの嫌がらせだって。
わかっているけど、醜い私はそうしないと気が済まない。
……ううん。
わかっていた。
こんなことしたって、自分がもっと苦しい思いをするだけだって。
うちに泊まりに来るようになって。
泊まらないで、しかも手を出さないで帰ったのは初めてだ。
……今日はごはん炊いていないから、弁当はなしだな。
そう思っていたら、不意に炊飯器ができあがりを知らせるメロディーを奏でだして驚いた。
加久田の奴、こんなことまで。
完全に気、使わせたな。
いつか埋め合わせしないと。
ごはんを混ぜて、弁当箱を出す。
昨日そのままだった弁当箱も、しっかり洗ってくれていた。
ごはんを詰めて、ちょっと考えた。
流しの上の棚を漁って、適当な大きさのタッパを出して、残りのごはんも詰める。
ちょっと足りない気もしたけど仕方ない。
私は夜も小食だ。
いつもは一つで作る卵焼きを、今日は三つで作る。
昨日の残りなのか、オクラも冷蔵庫に入っていたので、明太子と一緒に和えて巻き込む。
ピーマンと人参を千切りにして、豚こまと一緒に甘辛く炒めて、これでかさ増し。
南瓜が残っていたから、レンジでチンして、荒く潰してマヨネーズで和えて簡単サラダ。
三品だけのおかずは淋しい気もしたけど、いつも私のお弁当はこんなものなので、これで我慢してもらうことにする。
いつも通り朝食食べて、着替えて化粧して。
冷めたおかずを弁当箱に詰めて、タッパの方は適当な大判ハンカチで包む。
今日はいつものバックに弁当が入らないから、手頃な大きさの紙袋に放り込んで家を出る。
会社に着くと、意外なほど気持ちはスッキリしていた。
まだ腫れ物に触るような周囲とは裏腹に、普通に仕事をこなしていく。
途中、お手洗いに立った隙に、加久田にメッセージを入れておいた。
【昼休み、屋上】
ただ、それだけ。
昼休み。
屋上でちょっとそわそわしていた。
返信はなかったけど、既読になっていたから、ちゃんと加久田は見ているはず。
仕事中のメッセージは、忙しいことも多いから、返信がないことも間々ある。
だから、その辺りは気にしていない。
「すません、遅くなりました……」
「これ」
言葉短く、自分の分を抜いた紙袋を、加久田に突き出す。
「……?」
怪訝そうに、加久田は紙袋の中を見ている。
……もし、いらないとかいわれたらどうしよう?
「……!
いいんですか?」
「昨日の礼、には足りないけど。
でも、よかったら」
「ありがとうございます!
十分です!」
嬉しそうに笑っている加久田を見て、……ああ、私は奴のことが好きなんだ、って自覚したくないのに自覚した。
五.嫉妬――死んだら困る
――加久田のことが好き。
そう自覚してから、気持ちの上で距離をとるようになった。
相変わらず加久田を家には上げていたし、体も重ねていた。
……けど。
加久田に、自分の気持ちを知られてしまうことが怖かった。
知ったらきっと、加久田は喜んでくれると思う。
わかっている。
でも……怖い。
私よりも七つ年下の加久田。
いつ、こんなおばさんなんか、飽きられるかわからない。
それでなくても、私は中身もおっさんだ。
加久田に捨てられることを思うと、気持ちを封じ込んで体だけの関係だけでいた方が終わってしまったときに傷が浅そうな気がして、それでいいんだと自分に言い聞かせていた。
「先輩。
最近、ちょっとおかしくないですか?」
「なにが?」
金曜日、いつも通りうちに来ていた加久田が、不安そうに私を見つめた。
「俺、なにかしましたか?
それとも、俺のこと、嫌いになりましたか?」
「……違う」
……おまえのこと、好きになっただけ。
「でも最近、なんか俺のこと、遠ざけてませんか?」
「気のせい、だろ」
……そう。
近付きすぎてしまうのが、怖いから。
「……なら、いいんですけど。
もし、嫌いになったときはいってください。
嫌われてるのにつきまとうほど、痛いことしたくないですから」
「……嫌うわけ、ないだろ」
……寧ろ。
おまえの方こそ、早くいってくれ。
私の傷が浅くてすむうちに。
いつものようにキスされて、気持ちよさに溺れながら、……気持ちは固く閉ざしておいた。
最近加久田と美咲ちゃんが話していると……妙に苛々した。
身体だけの関係だけでいい、そう思っておきながら、私は愚かなことに……嫉妬していたのだ。
だって、美咲ちゃんはきっと、加久田のことが好きだから。
もし私が。
せめてまだ、二十代だったら。
つい莫迦なことを考えてしまう。
どんどん真っ黒になっていく、私の心。
私の中に、こんな女みたいな、醜い部分があったなんて初めて知った。
苦しくて苦しくて、次第に身体を重ねることすら、苦痛になっていった。
そしてとうとう……とうとう私は。
やってしまった。
その日も加久田は、美咲ちゃんと楽しそうに話していた。
私と目が合うと、にっこり笑う。
ぎこちなく笑い返しながら……心の中は、嫉妬の嵐だった。
やっぱり。
こんなおばさんより、若い美咲ちゃんの方がいいんじゃないか。
やっぱり、背も高くて女らしくない私より、小さくて可愛い美咲ちゃんの方がいいんじゃないのか。
やっぱり、化粧っ気もない私より、可愛くメイクしている美咲ちゃんの方がいいんじゃないのか。
やっぱり、やっぱり、やっぱり……。
「美咲ちゃん。
これ、今日中に整理お願い」
「今日中、ですか……?」
私が置いたのは、到底今日中には終わらない、大量の書類。
「そう。
今日中」
「先輩。
これ、別に今日中じゃなくてもいいんじゃ……」
……なんで加久田、庇うの?
やめて、やめてよ。
「加久田は黙ってろ。
できるよな?
これくらい」
「……はい」
美咲ちゃんは涙目になって俯いている。
加久田は私を呆気にとられてみている。
わかっている。
こんなこと、ただの嫌がらせだって。
わかっているけど、醜い私はそうしないと気が済まない。
……ううん。
わかっていた。
こんなことしたって、自分がもっと苦しい思いをするだけだって。
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