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第7話 雪が溶けるときっと花が咲く

4.祖父の企み

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次の水曜日、雪也に会いに行った。
もちろん、尚一郎には話してある。

「やり直すとかあり得ない」

今日の場所は朋香が指定した。

尚一郎がよく利用している料亭。

こんなところで男と二人で会ってること自体あり得ないが、さらにはこのあいだのようなことは絶対できない。

「だろうと思ったよ」

「は?」

投げやりな雪也の返事に、間抜けにも驚いてしまう。

「俺だって、本気でやり直したいとか思ってないし」

「はぁーっ!?」

さすがに、軽く怒りを覚えた。
おかげでこっちは離婚の危機だったっていうのに。

「頼まれたの、押部会長に。
朋香を誘惑して押部社長と別れさせろ、って」

「なにそれ!?」

手の中で箸がミシミシと音を立て、我に返った。

……あんっのくそじじぃ!
やり方が汚いってーの!

「俺、為替取引やってるんだけど、最近大損してさ。
もう、借金まみれ。
闇金だっててー出したし」

「……は?」

淡々と、雪也がなにを語っているのかわからない。

借金だとか闇金だとか。
だっていままで、雪也が払うって、全部お金は払っていた。

「でも、カード払い、してたよね?」

 「ああ、これ?
プリペイ式の奴。
経費だって結構な額入れて渡された。
会社の金に手、つけようかなんてくらい追いつめられてたから、成功したら借金全部返してくれるって云われて、ほいほい乗った」

自嘲するかのように顔を歪ませると、くいっと雪也はグラスから水を飲んだ。

「じゃあ、私が尚一郎さんと別れなかったら……」

「もう首吊るしかないな。
まあ、そうできたら幸せなほうか。
最悪、やくざに捕まって臓器抜かれて海に沈められるんだろうな」

「……」

人事のように語る雪也に、なにも云えない。

これは……まるで、あのときと同じだ。

明夫の工場を守りたければ結婚しろと、尚一郎に迫られたときと。

雪也を死なせたくなければ、尚一郎と別れるしかない。

「ああ、朋香は気にしなくていいから。
俺が勝手に下手やって、勝手に死ぬだけだから」

へらへらと笑いながら仲居を呼ぶと、雪也は酒を注文した。
朋香は俯き、堅く手を握ったままじっとしている。

汚いと思う。
こんなことを聞かされて、じゃあ、さようなら、などと云えない。

少しして届いた酒を雪也は、やけになって手酌で飲み出した。

「押部社長と幸せにな。
俺は死ぬけど」

「さっきから死ぬ、死ぬって!
それ以外の選択肢だってあるでしょ!?」

「ねーんだよ!
だっておまえが潰したからな!」

キレた朋香にさらにキレた雪也の、投げた硝子のお猪口が、当たって割れた。
かろうじて目は避けられたが、当たった眉尻からたらりと液体が伝い落ちる。

拭ってみるとうっすらと赤かった。

「お、おまえが悪いんだからな!
俺を救ってくれないから!
どっか行けよ!
おまえの顔なんて見たくねー!」

「……失礼」

青くなったかと思ったらすぐに顔を赤く染めて雪也が怒鳴り散らしていると、静かに襖が開いて黒ずくめの男が踏み込んでくる。

「なんだ、おまえ!?」

雪也にかまわずに男は朋香の傍に膝を突くと、そっとハンカチで切れた眉尻を押さえてくれた。

「大丈夫ですか」

「無視するな!」

飛んできた皿に、男が朋香をかばうように背を向ける。
その背に皿が当たって落ちると、男は雪也をぎろりと睨んだ。

「これ以上なにかされるつもりでしたら、警察を呼びますが」

「な、な……」

男の威圧感に耐えられなくなったのか、雪也は急に大人しくなって手近にあった空いたグラスに酒を注ぐと黙って飲み出した。

「失礼します」

「えっ、あっ、ちょっ!」

なにが起こってるのかわからなくてぼーっと見ていた朋香だが、突然、男に抱き抱えられて慌ててしまう。

「歩けますから!」

わたくしが尚一郎様に叱られてしまいますので」

そんなことを云われると、大人しくするしかない。
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