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第5話 これって軟禁?
3.お願い
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夕食後、いつものように膝の上に座らされ、タブレットを見ている尚一郎を、ついちらちらと窺ってしまう。
「ん?
朋香、どうかしたのかい?」
タブレットを置くと、尚一郎がちゅっと額に口付けを落とした。
「あー、あのですね」
「ん?」
レンズの向こうの碧い瞳が、不思議そうに自分を見ている。
いままでの尚一郎からいって、お願いをして怒られることはないと思う。
……聞き入れられるかどうかは別だが。
「その、……外出したいです」
「いまからかい?
そうだな、夜のドライブもいいかもね。
の……」
「そうじゃなくて!」
野々村を呼びかけた尚一郎を慌てて止める。
「そうじゃなくて。
その……」
云い澱んでいる朋香に、尚一郎はなぜか楽しそうに、ふふっと笑った。
「なんだい?
朋香からのおねだりなんて初めてだからね。
なんでも聞いてあげるよ」
うっとりと目を細めた尚一郎が、くるくると朋香の毛先を弄ぶ。
心を落ち着けるように一度小さく深呼吸をすると、朋香は口を開いた。
「ひとりで外出したいです。
家の様子も見に行きたいですし、たまにはひとりでショッピングなんか行きたいです。
それで、あの……」
金の無心をするようで云いづらい。
契約婚とはいえ一応夫婦で、尚一郎に養われている立場としては、おかしくないことなのだが。
「すっかり失念していたよ!
そうだよね、家のことは気になるよね」
大げさに驚く尚一郎に、思わず身体がびくっと震えた。
「朋香専用の車を買おう。
あと、運転手と……そうだな、秘書、この場合は執事か?
僕がいない時間に朋香の世話を任せられる人間を雇わなくちゃね」
「えっと……」
なんだが、大変なことになってきたと思う。
車は申し訳ないが用意してもらおうとは思っていたが、運転手とか秘書とか。
朋香ひとりが里帰りしたりするだけで必要なんだろうか。
「その、運転はできますので、車だけ用意していただいたいたら」
「それじゃあ、支払いが困るだろ。
朋香にはお金を気にしないでなんでも買ってもらいたいし」
「は?」
待て待て待て。
よく考えろ。
これは、お財布はその、秘書なり執事なりが持つから、値段は気にしないでバンバン買い物していいということですか?
それはそれで、……困る。
尚一郎との経済観念の違いに、朋香は軽く頭痛がしてきた。
「あの。
たまには息抜きに、ひとりで出かけたいんです。
秘書とか運転手とかつけないで。
……ダメ、ですか?」
自分でもないわー、とは思うが、上目使いでわざとらしく目をうるうるさせ、胸元に拳に握った両手を揃えて見つめると、尚一郎は右手で口元を隠してふぃっと目を逸らした。
……もしかして、効いてる?
なら、もう一押し。
「……ダメ、なら仕方ないですね」
ふぅっ、小さく息を吐いて悲しそうに目を伏せてみせた……瞬間。
「朋香!」
「ぐえっ」
いきなり、尚一郎から内蔵が出るんじゃないかという勢いで抱きしめられた。
「ダメじゃないよ!
そうだよね、いままでとまるっきり違う生活だから、なかなか慣れないよね。
たまには息抜きしたいよね。
僕もここで暮らし始めた頃は同じだったらわかるよ。
気づかなくてごめんね」
「あの、えっと」
ちゅっ、ちゅっ、口付けの雨が顔中に落ち続ける。
いつもなら嫌がるところだが、今日は自由を勝ち取るために我慢我慢。
「いいよ、たまには遊びに行っておいで。
……どうせ携帯にGPS付けてあるから、どこにいるかなんてすぐにわかるし」
「え?」
「ごめんよ、朋香。
気づかなくてほんとにごめんね。
早速、車のカタログを取り寄せよう」
なんとなく不穏な言葉を聞いた気がするが、続く口付けにまた誤魔化されてしまった。
「ん?
朋香、どうかしたのかい?」
タブレットを置くと、尚一郎がちゅっと額に口付けを落とした。
「あー、あのですね」
「ん?」
レンズの向こうの碧い瞳が、不思議そうに自分を見ている。
いままでの尚一郎からいって、お願いをして怒られることはないと思う。
……聞き入れられるかどうかは別だが。
「その、……外出したいです」
「いまからかい?
そうだな、夜のドライブもいいかもね。
の……」
「そうじゃなくて!」
野々村を呼びかけた尚一郎を慌てて止める。
「そうじゃなくて。
その……」
云い澱んでいる朋香に、尚一郎はなぜか楽しそうに、ふふっと笑った。
「なんだい?
朋香からのおねだりなんて初めてだからね。
なんでも聞いてあげるよ」
うっとりと目を細めた尚一郎が、くるくると朋香の毛先を弄ぶ。
心を落ち着けるように一度小さく深呼吸をすると、朋香は口を開いた。
「ひとりで外出したいです。
家の様子も見に行きたいですし、たまにはひとりでショッピングなんか行きたいです。
それで、あの……」
金の無心をするようで云いづらい。
契約婚とはいえ一応夫婦で、尚一郎に養われている立場としては、おかしくないことなのだが。
「すっかり失念していたよ!
そうだよね、家のことは気になるよね」
大げさに驚く尚一郎に、思わず身体がびくっと震えた。
「朋香専用の車を買おう。
あと、運転手と……そうだな、秘書、この場合は執事か?
僕がいない時間に朋香の世話を任せられる人間を雇わなくちゃね」
「えっと……」
なんだが、大変なことになってきたと思う。
車は申し訳ないが用意してもらおうとは思っていたが、運転手とか秘書とか。
朋香ひとりが里帰りしたりするだけで必要なんだろうか。
「その、運転はできますので、車だけ用意していただいたいたら」
「それじゃあ、支払いが困るだろ。
朋香にはお金を気にしないでなんでも買ってもらいたいし」
「は?」
待て待て待て。
よく考えろ。
これは、お財布はその、秘書なり執事なりが持つから、値段は気にしないでバンバン買い物していいということですか?
それはそれで、……困る。
尚一郎との経済観念の違いに、朋香は軽く頭痛がしてきた。
「あの。
たまには息抜きに、ひとりで出かけたいんです。
秘書とか運転手とかつけないで。
……ダメ、ですか?」
自分でもないわー、とは思うが、上目使いでわざとらしく目をうるうるさせ、胸元に拳に握った両手を揃えて見つめると、尚一郎は右手で口元を隠してふぃっと目を逸らした。
……もしかして、効いてる?
なら、もう一押し。
「……ダメ、なら仕方ないですね」
ふぅっ、小さく息を吐いて悲しそうに目を伏せてみせた……瞬間。
「朋香!」
「ぐえっ」
いきなり、尚一郎から内蔵が出るんじゃないかという勢いで抱きしめられた。
「ダメじゃないよ!
そうだよね、いままでとまるっきり違う生活だから、なかなか慣れないよね。
たまには息抜きしたいよね。
僕もここで暮らし始めた頃は同じだったらわかるよ。
気づかなくてごめんね」
「あの、えっと」
ちゅっ、ちゅっ、口付けの雨が顔中に落ち続ける。
いつもなら嫌がるところだが、今日は自由を勝ち取るために我慢我慢。
「いいよ、たまには遊びに行っておいで。
……どうせ携帯にGPS付けてあるから、どこにいるかなんてすぐにわかるし」
「え?」
「ごめんよ、朋香。
気づかなくてほんとにごめんね。
早速、車のカタログを取り寄せよう」
なんとなく不穏な言葉を聞いた気がするが、続く口付けにまた誤魔化されてしまった。
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