127 / 129
最終話 契約書は婚姻届
5.幸せになって欲しい
しおりを挟む
「お義父さんにお願いがあります」
尚恭に面会を申し込むと、あっさり本宅ではなく本邸に通された。
現在、尚恭は主のいなくなった本邸の管理をしているらしい。
「ああ、すみません。
ここも整理しないといけないもので」
本邸はばたばたしていた。
達之助は保釈されたものの、自子共々地方の別邸に引っ込んでいる。
「尚一郎が跡は継がずに押部の家はこのまま途絶えさせるというものですから」
笑う尚恭はどこか淋しそうで、朋香の胸を波立たせた。
家を途絶えさせるなど、達之助にしてみれば屈辱的なことだろう。
あんなに尚一郎を嫌がりながらも、跡取りには拘っていた。
押部家の歴史など、家自慢の本だってあったくらいだ。
それが、途絶えるなどと。
だからこそこれは、尚一郎の復讐なのだ。
「それで。
お願い、でしたか。
朋香さんにまだ、お義父さんなどと呼んでもらえ、頼ってもらえるなんて嬉しいことです。
なんだって聞きましょう」
「これにサインをもらいたいんです」
用意してきた婚姻届を出すと、尚恭の顔色が一瞬、険しくなった。
「これは……。
まさか、夫の欄に、ではないですよね」
悪戯っぽく笑った尚恭に、一気に頬へ熱が上がっていく。
「……いえ。
保証人の欄にお願いします」
「いいのですか、本当に?
当主のくびきから解放されたとはいえ、会社の現状は理解しているでしょう?
きっと、つらいことばかりですよ」
「わかってます。
それでも私は、尚一郎さんと一緒にいたいんです」
力強い朋香の声にペンを取ると、尚恭はサインしていく。
終わると、朋香に渡してくれた。
「……私はね。
本当は、尚一郎に修羅の道を歩ませてしまったのを後悔していたのです」
静かに話す尚恭の声が、穏やかな午後の室内に染みていく。
「だからこそ、朋香さんと結婚して、幸せそうな尚一郎が嬉しかった。
朋香さんを守るために当主に対して毅然とした態度を取る尚一郎に、復讐などやめてもいいと思っていた」
ずっ、カップを持って尚一郎がコーヒーを飲む音が妙に大きく響いた。
「朋香さんと別れ、感情を捨てた尚一郎に胸が裂ける思いでした。
……自分がそう、仕向けたのにね。
だからこそ、朋香さん」
顔を上げた尚恭が、眼鏡の奥から真っ直ぐに見つめてくる。
「どうか尚一郎を、よろしくお願いします」
「はい。
絶対に尚一郎さんを、幸せにして見せます」
ぎゅっと朋香の手を握る尚恭の手を、力強く握り返した。
尚恭はすべてが片付くとカーテの元に旅立った。
朋香に尚一郎を託して肩の荷が下り、最愛の女性と一緒に暮らす気になったらしい。
尚恭に面会を申し込むと、あっさり本宅ではなく本邸に通された。
現在、尚恭は主のいなくなった本邸の管理をしているらしい。
「ああ、すみません。
ここも整理しないといけないもので」
本邸はばたばたしていた。
達之助は保釈されたものの、自子共々地方の別邸に引っ込んでいる。
「尚一郎が跡は継がずに押部の家はこのまま途絶えさせるというものですから」
笑う尚恭はどこか淋しそうで、朋香の胸を波立たせた。
家を途絶えさせるなど、達之助にしてみれば屈辱的なことだろう。
あんなに尚一郎を嫌がりながらも、跡取りには拘っていた。
押部家の歴史など、家自慢の本だってあったくらいだ。
それが、途絶えるなどと。
だからこそこれは、尚一郎の復讐なのだ。
「それで。
お願い、でしたか。
朋香さんにまだ、お義父さんなどと呼んでもらえ、頼ってもらえるなんて嬉しいことです。
なんだって聞きましょう」
「これにサインをもらいたいんです」
用意してきた婚姻届を出すと、尚恭の顔色が一瞬、険しくなった。
「これは……。
まさか、夫の欄に、ではないですよね」
悪戯っぽく笑った尚恭に、一気に頬へ熱が上がっていく。
「……いえ。
保証人の欄にお願いします」
「いいのですか、本当に?
当主のくびきから解放されたとはいえ、会社の現状は理解しているでしょう?
きっと、つらいことばかりですよ」
「わかってます。
それでも私は、尚一郎さんと一緒にいたいんです」
力強い朋香の声にペンを取ると、尚恭はサインしていく。
終わると、朋香に渡してくれた。
「……私はね。
本当は、尚一郎に修羅の道を歩ませてしまったのを後悔していたのです」
静かに話す尚恭の声が、穏やかな午後の室内に染みていく。
「だからこそ、朋香さんと結婚して、幸せそうな尚一郎が嬉しかった。
朋香さんを守るために当主に対して毅然とした態度を取る尚一郎に、復讐などやめてもいいと思っていた」
ずっ、カップを持って尚一郎がコーヒーを飲む音が妙に大きく響いた。
「朋香さんと別れ、感情を捨てた尚一郎に胸が裂ける思いでした。
……自分がそう、仕向けたのにね。
だからこそ、朋香さん」
顔を上げた尚恭が、眼鏡の奥から真っ直ぐに見つめてくる。
「どうか尚一郎を、よろしくお願いします」
「はい。
絶対に尚一郎さんを、幸せにして見せます」
ぎゅっと朋香の手を握る尚恭の手を、力強く握り返した。
尚恭はすべてが片付くとカーテの元に旅立った。
朋香に尚一郎を託して肩の荷が下り、最愛の女性と一緒に暮らす気になったらしい。
0
お気に入りに追加
980
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
お前を誰にも渡さない〜俺様御曹司の独占欲
ラヴ KAZU
恋愛
「ごめんねチビちゃん、ママを許してあなたにパパはいないの」
現在妊娠三ヶ月、一夜の過ちで妊娠してしまった
雨宮 雫(あめみや しずく)四十二歳 独身
「俺の婚約者になってくれ今日からその子は俺の子供な」
私の目の前に現れた彼の突然の申し出
冴木 峻(さえき しゅん)三十歳 独身
突然始まった契約生活、愛の無い婚約者のはずが
彼の独占欲はエスカレートしていく
冴木コーポレーション御曹司の彼には秘密があり
そしてどうしても手に入らないものがあった、それは・・・
雨宮雫はある男性と一夜を共にし、その場を逃げ出した、暫くして妊娠に気づく。
そんなある日雫の前に冴木コーポレーション御曹司、冴木峻が現れ、「俺の婚約者になってくれ、今日からその子は俺の子供な」突然の申し出に困惑する雫。
だが仕事も無い妊婦の雫にとってありがたい申し出に契約婚約者を引き受ける事になった。
愛の無い生活のはずが峻の独占欲はエスカレートしていく。そんな彼には実は秘密があった。
極道に大切に飼われた、お姫様
真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。
Spider
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
花火大会に誘われた。
相手は、会社に出入りしている、コーヒー会社の人。
彼はいつも、超無表情・事務的で。
私も関心がないから、事務的に接してた。
……そんな彼から。
突然誘われた花火大会。
これは一体……?
昨日、彼を振りました。
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「三峰が、好きだ」
四つ年上の同僚、荒木さんに告白された。
でも、いままでの関係でいたかった私は彼を――振ってしまった。
なのに、翌日。
眼鏡をかけてきた荒木さんに胸がきゅんと音を立てる。
いやいや、相手は昨日、振った相手なんですが――!!
三峰未來
24歳
会社員
恋愛はちょっぴり苦手。
恋愛未満の関係に甘えていたいタイプ
×
荒木尚尊
28歳
会社員
面倒見のいい男
嫌われるくらいなら、恋人になれなくてもいい?
昨日振った人を好きになるとかあるのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる