契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終話 契約書は婚姻届

1.知りたい気持ち

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「こんにちは……」

朋香が病室に入ると、万理奈はぼーっと宙を見ていた。

「誰……?」

のろのろと万理奈の視線が朋香の方に向き、かくんと首が横に倒れる。

「えっと。
……尚一郎さんの、……妻……の朋香、です」

おそるおそる口にすると、みるみるうちに万理奈の顔色が変わっていく。

「……尚一郎?
……ダメ」

「万理奈さん?
尚一郎さんは来てないですよ」

「ダメ、尚一郎。
ダメ、ダメ……」

自分の肩を抱いて譫言のように繰り返しながらがたがたと震える万理奈に、やはり無理だったのかと朋香は後悔しはじめていた。



犬飼に会った翌日、テレビをつけるとまた、尚一郎が記者に囲まれていた。

「今回の件について一言お願いします!」

「被害に遭われた方々には深くお詫び申し上げます」

そのまま待っていた車に乗ると、拒絶するかのようにバタンとドアを閉め、去っていく。

「やっぱりお疲れ、だよね……」

キラキラしていないどころか、くすんで見える尚一郎に悲しくなる。
傍にいられたらきっと、なにかできたはずなのだ。
なのに。



尚一郎は朋香と別れたあと、臨時の役員会を開いた。

そこで、若園製作所の偽装のでっち上げについて証拠をそろえて提出。
達之助に退陣を迫るが、達之助は開き直って今度は、尚一郎にヨーロッパ本社の全権を預けるなどと提案してきた。

尚一郎は追加で、エルピス製薬をはじめ複数の会社に及ぶ詐欺行為や、議員や病院、経済連への汚職の証拠を提出した。
そのうえ、警察にすでに通報済みだったらしく、あえなく達之助は逮捕。
複数の役員や社員の逮捕者を出す。

会社はいまでも捜査を受けており、オシベの信頼は地に落ちた。

新CEOには尚一郎が就き、被害にあった会社への謝罪と救済に尽力しているのだという。



「私はいくら大変でも、尚一郎さんの傍にいたかったんだよ」

テレビの中の尚一郎に話しかけても返事はない。

「さてと。
そろそろ出ないとね」

朋香はすんと一回鼻を啜ると、立ち上がった。


あのあと、犬飼に頼んで万理奈との面会許可をもらった。
きっと、尚一郎は万理奈を不幸にし、恨まれることで、自分に幸せになる権利はないと決めつけているのだろうと思った。

――でも万理奈は?

確かに万理奈は尚一郎に酷く怯えていた。
けれど兄である犬飼は万理奈がいまの尚一郎を望んでいるとは思えないと云っていた。

朋香もそう思うのだ。

尚一郎が達之助を失脚させ、明夫の工場を救ってくれたのは嬉しい。

――が、尚一郎が不幸になるのは間違っている。

きっと、万理奈も同じなのじゃないかと思い、確かめにきたのだ。
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