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第18話 誰のための復讐?

7.知らない真実

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父親の死後、秘密裏に訪ねてきた尚恭に、犬飼は不信感しかなかった。

「君はオシベに、復讐したいと思わないかね」

オシベの社長で次期会長の男が、なにを云っているのか犬飼には理解できない。

「私はオシベ……CEOに復讐したいと思っている。
そのために、尚一郎を見捨てた。
それで君たちを犠牲にしてしまって申し訳ない」

「……どういう意味ですか」

この男が尚一郎を助けていれば、父親は、妹は救えたのかと思うと怒りで腹の底がふつふつと沸騰する。
目を据えて睨む犬飼に尚恭はふっと薄く笑った。

「私ではCEOに復讐するには力不足でね。
今回の件、尚一郎を見捨てればきっと、彼はCEOへの復讐に燃える結果になるだろうと予測した。
いまは意気消沈しているがすぐに、そうなるだろうね」

平気な顔で云ってのける尚恭に、怒りは一気に恐怖へと反転する。
自分の復讐のために他人を、ましてや自分の息子を利用するなど、正気の沙汰じゃない。

――いや。

そこまでしなければこの復讐はなされないのかもしれない。

「それで。
君はオシベに復讐したいと思わないかね」

聞かれるまでもない、できることならそうしたい。
けれど、尚一郎を利用しての復讐を思いつくこの男でも力不足だというのだ。
自分にはできようはずがない。

「ああ、云い方が悪かったな。
あの男が復讐され、叩きのめされる様を特等席で見たくないか」

そんなことが可能なのだろうか。
思わず尚恭の顔を見返すと、静かに頷かれた。

「この優希も」

尚恭がわずかに首を後ろに向けると、控えていた男が小さくあたまを下げた。

「そして優希の母親も、ずっとあの男への復讐がなされる瞬間を見るために、オシベの家に仕えている。
……これで意味がわかるだろうか」

きっと、尚一郎はあの男に復讐するのにやってきた、またとない逸材なのだろう。

そのために犠牲にされたのには腹が立つが、尚恭に刃向かって無事でいられる気はしない。

それよりも話に乗って特等席であの男が復讐される様をみる方が、ずっとおもしろい。

「……俺は、どうすれば」

「万理奈さんの面倒は私が責任持ってみよう。
君の学費も援助するから、大学を卒業してオシベに入社しなさい」

「わかりました」

こうして犬飼と尚恭は達之助に復讐するために密約を交わした。


その後、尚恭は約束通り、万理奈を病院に入れ費用の一切をみてくれた。
犬飼は大学を卒業すると何食わぬ顔でオシベに入社。
入社時、身元を調べられるんじゃないかと心配したが、尚恭が手を回してくれていたようでバレることはなかった。

入社後、何食わぬ顔で同じく一般社員で入社していた尚一郎に近づいた。
最初はぎこちなかった尚一郎も、昔と変わらない様子で接する犬飼に普通に話すようになった。
もっとも、犬飼自身は尚恭に勧められて仲のいい友人を演じているだけで、尚一郎を許してなかったが。

再会してしばらくたった頃、尚一郎から達之助の復讐計画を打ち明けられた。

「すぐには無理だ。
時間をかけて準備しなければ。
けど、万理奈をあんな風にした奴を許しておけない。
協力してくれないか」

もちろん、すぐに承知した。
それが目的で尚一郎との仲など修復もしたくもない。

しばらく一緒に過ごすうちに尚一郎が昔と違い、周囲の人間に冷たいことに気づいた。
しかもあんなに万理奈の前ではよく笑っていたのに、いまは冷笑か皮肉った笑いしかみない。

「ああ。
僕は万理奈を不幸にしただろ?
もう楽しいとか嬉しいとかそういう感情はいらない。
……許されない」

思い詰めた表情の尚一郎にいい気味だとは思えなかった。

いまの尚一郎をみて万理奈は喜ぶのだろうか。
きっと万理奈なら、復讐なんてやめてもっと幸せになれと云うはずだ。

それからはずっと傍らで、達之助への復讐を願いながら、同時に尚一郎の幸せを願っていた。
達之助への復讐がなされ、尚一郎が幸せになれるのならいい。
けれどすでに犬飼は、復讐が成功したところで尚一郎を襲うのは虚しさだと見抜いていた。

それはたぶん、万理奈の願うところではない。

しかし自分は、父親を、妹をあんな風にした達之助には絶対に復讐したいのだ。

ふたつの願いの中で、自分にはどちらを選ぶべきなのかわからない。


「あの子に再会した!」

珍しく喜ぶ尚一郎に最初、なにを云っているのかわからなかった。
よくよく聞くと以前、一度だけ会って一目惚れした子に再び一目惚れしたのだという。
それだけならまだしも、工場を救うために結婚したいなどと云ってくる。

「わかっているのか、尚一郎。
おまえと結婚するということは、万理奈のように不幸になるということだ」

「わかってる、わかってるよ。
でも、今度は絶対に守ってみせるから」

「それに計画はもう、最終段階に入ってる。
茨の道に彼女も道連れにするつもりか」

復讐が成し遂げられれば、日本中を騒がすことになるだろう。
尚一郎自身、バッシングは免れない。

「わかってる。
それに、僕には幸せになることなんて許されない。
……でも。
最後の最後にほんの少しだけ、幸せになることを許してくれないだろうか」

「尚一郎……」

復讐なんかやめればいい、出掛かった言葉を飲み込んだ。
この復讐は尚一郎のためだけじゃない、皆が望み、待っていることだ。


朋香と結婚した尚一郎は本当に幸せそうだった。
万理奈と過ごしていたときよりもさらにずっと。
あの尚恭も尚一郎に重荷を背負わせてしまったことには後ろめたさがあったようで、影ながら喜んでいた。

けれど結局。


その知らせは尚一郎が帰国したタイミングで入ってきた。
いや、尚一郎の帰国に合わせて達之助がことを起こしたのだろう。

若園製作所のデータ偽装。

しかし実際に使われていたのは達之助が推す、安価で基準も怪しいものを作る会社のものだった。

すべてを若園製作所に押しつけ、さらには尚一郎への制裁を行おうとする達之助に、計画を実行するならここだと尚一郎は決断を下した。

短い間だが夢のような時間を過ごせたと、離婚届にサインする尚一郎を犬飼はただ黙って見ていることしかできなかった。


朋香と別れた尚一郎は、にこりともしなくなった。
犬飼と再会したときよりもさらに、感情を見せない。
まるですべての感情を捨て去ることを自分に課しているかのように。

そんな尚一郎を見ていると犬飼は、自分の望みは本当に正しかったのか自信がなくなってくる。

自分は――きっと万理奈も、ただ尚一郎に笑っていて欲しかったのだ。



「こんなことを朋香さんに頼むのは間違っているとわかっています。
でも。
……どうか尚一郎を、救ってやって欲しい」

犬飼にあたまを下げられるとどうしていいのかわからなかった。

自分は短い間に、尚一郎からたくさんたくさん、愛情を注いでもらった。

あの時間はかけがいのないほど幸せな時間で、……きっと、尚一郎にとってもそうだったのだ。

終わりがくることがわかっていながら、それでも自分を真剣に愛してくれた尚一郎に、今度は自分が応えるべきなのだ。
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