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第17話 ごっこ遊び
4.終わりのとき
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家に帰るとテレビをつけた。
ワイドショーはどこも若園製作所の話で持ちきり。
「我々は若園製作所に騙されたんです。
いわば、被害者です」
コメンテーターに質問され、大仰に頷く川澄に虫酸が走る。
以前、契約打ち切りの噂が立ったとき、確かめに行った朋香たちにそれはないと断言したのは川澄だ。
しかしその後、裏切るかのように契約打ち切りの通告が来た。
それを取り消すために朋香は尚一郎と結婚したのだ。
「データ偽装はいつからだと思われますか」
「かなり前からだと思います。
一度、製品が基準にあわないので契約をやめると云ったのですが、その後、改善したと急にあうものを出してきまして。
思えば、そのころからやっていたのではないかと」
若園製作所の技術は超一流だ。
尚一郎だって潰すことにならなくてよかったと云っていた。
そんな粗末なこと、するはずがない。
したり顔でしゃべる司会者と川澄にいたたまれなくなってすぐに電源を切った。
携帯を手にもう一度、尚一郎にかけてみるが、呼び出し音すらならない。
「……どういうこと、なんだろ」
尚一郎は絶対に、朋香の幸せを守ると約束してくれたのだ。
なのに、なんでこんなことになっているのかわからない。
携帯片手にこれまでのあらましをさらっていく。
発端は奏林大で行われた人工心臓の臨床実験で、患者が死亡したこと。
その際、直接の死因ではないが、重要なネジの破損が発覚。
ネジを製造したのは、オシベメディテックから依頼を受けた若園製作所だった。
オシベメディテック側は納入されたネジに問題はなかったと会見。
しかし、その後の調査で若園製作所側から提出されていたデータが偽装されたものだったとさらに会見を開いた。
明夫たちにしてみれば寝耳に水で対応が後手後手に回る。
データ改竄などしてない、そもそも、それはうちで作ったネジではないと証拠を出すが、オシベの方からは無いはずの改竄証拠が出され、声高に被害者は我々だと叫ばれるともう打つ手がなかった。
一階で、ロッテの鳴き声が聞こえる。
いつの間にか夜になり、暗い部屋の中でクッションを抱いて座っていた。
「……おかえりなさい」
玄関に降りるとロッテの歓迎を受けていた尚一郎が、表情を堅くした。
いつもならすぐに
「ただいま」
とキスしてくれるのに、今日はない。
そのうえ、後ろにはなぜかお抱え弁護士の羽山が立っている。
「君に話がある」
普段と全く違う冷たい顔の尚一郎に、悪い予感しかしなかった。
朋香を書斎に連れていくと、ひとり掛けのソファーに座った尚一郎はその長い足を組み、そのうえに手の指を組んで乗せた。
その左手薬指からは……結婚指環が消えている。
「これを」
羽山がテーブルの上に一枚の紙を滑らせる。
確認するとそれは、離婚届だった。
「……どういうこと、ですか」
ずっと一緒にいると誓ったのだ。
絶対にひとりにしないと約束してくれた。
なのに、なんで。
「結婚ごっこはもう終わりだ」
「……ごっこ、ですか」
「そうだ。
僕が君のような人間と本気で結婚するとでも?
少し、遊んでみただけだ」
うっすらと笑う尚一郎に、背中を冷たい汗が滑り落ちていく。
「……じゃ、じゃあ、いままでのはすべて、演技だったんですか」
「そうだ」
「愛してるって云ってくれたのも」
「すべて嘘だ。
……さっさとサインしてくれないかな」
尚一郎の指がコツコツと離婚届を叩く。
そこにはすでに、押部尚一郎の名前が記入してあった。
「……嫌だって云ったら」
「君が傷つくだろうから云わないでおいてやったが。
偽装するような会社の娘を妻にしておけると思うのか」
ギリ、奥歯を強く噛みしめたせいか、わずかに頭痛がした。
「……わかり、ました」
ペンを取ると離婚届にサインする。
渡された印鑑で判もついた。
「それから」
羽山は離婚届を確認すると、尚一郎の声にあわせてさらに紙を置く。
「今後一切、僕には関わらないとの誓いの書類だ。
慰謝料だなんだと請求されると困るからな」
はっ、吐き捨てるように笑った尚一郎にかっとあたまが熱くなった。
「そんなことするわけないでしょ!?
あなたはいままで、私のなにを見てきたんですか!?」
「……なにも」
レンズの奥の碧い瞳はガラス玉のようで感情が見えない。
自分が好きになった尚一郎はこんな男だったのだろうか。
置いてあったペンを乱暴に取ると、中身も確認しないままサインをしていく。
「これで気が済みましたか」
「ああ。
さっさと屋敷を出ていってくれないか」
「云われなくても!」
勢いよくドアを開けて出ると、階段を駆け上がって自分の部屋に行った。
ずっとしまいっぱなしだった実家から持ってきたスーツケースを引っ張り出すと、同じく実家から持ってきたものだけを詰めていく。
嫌みのように尚一郎から買ってもらったものはすべて、そのままにしておいた。
荷造りが終わり思い出したことがあって書斎に戻ると、まだ尚一郎はそこにいた。
「これ!
お返しするの忘れてました!」
ダン!
結婚指環と婚約指環を机の上に叩きつけると尚一郎は顔色ひとつ変えなかった。
ますます腹が立ってきて、ふん! と鼻を鳴らすとスーツケースを引きずって屋敷を出ていく。
しばらく黙って歩いていたが、次第に涙がこぼれてくる。
「嘘つき」
最初は嫌々はじめた契約結婚生活だが、いつの間にか尚一郎が好きなっていた。
「嘘つき」
絶対に守ると云ってくれた。
絶対に不幸にしないと誓ってくれた。
「嘘つき」
淋しそうな尚一郎とずっと一緒にいると誓ったのだ。
尚一郎だって絶対にひとりにしないと誓ってくれた。
「嘘つき」
何度も、何度も、愛してると云ってくれた。
ずっと、永遠に愛してると云ってくれた。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき……」
あんなに嬉しそうな顔も幸せそうな顔も全部演技だったんだろうか。
自分はずっと、騙されてたんだろうか。
なにを信じていいのか、朋香にはわからなかった。
ワイドショーはどこも若園製作所の話で持ちきり。
「我々は若園製作所に騙されたんです。
いわば、被害者です」
コメンテーターに質問され、大仰に頷く川澄に虫酸が走る。
以前、契約打ち切りの噂が立ったとき、確かめに行った朋香たちにそれはないと断言したのは川澄だ。
しかしその後、裏切るかのように契約打ち切りの通告が来た。
それを取り消すために朋香は尚一郎と結婚したのだ。
「データ偽装はいつからだと思われますか」
「かなり前からだと思います。
一度、製品が基準にあわないので契約をやめると云ったのですが、その後、改善したと急にあうものを出してきまして。
思えば、そのころからやっていたのではないかと」
若園製作所の技術は超一流だ。
尚一郎だって潰すことにならなくてよかったと云っていた。
そんな粗末なこと、するはずがない。
したり顔でしゃべる司会者と川澄にいたたまれなくなってすぐに電源を切った。
携帯を手にもう一度、尚一郎にかけてみるが、呼び出し音すらならない。
「……どういうこと、なんだろ」
尚一郎は絶対に、朋香の幸せを守ると約束してくれたのだ。
なのに、なんでこんなことになっているのかわからない。
携帯片手にこれまでのあらましをさらっていく。
発端は奏林大で行われた人工心臓の臨床実験で、患者が死亡したこと。
その際、直接の死因ではないが、重要なネジの破損が発覚。
ネジを製造したのは、オシベメディテックから依頼を受けた若園製作所だった。
オシベメディテック側は納入されたネジに問題はなかったと会見。
しかし、その後の調査で若園製作所側から提出されていたデータが偽装されたものだったとさらに会見を開いた。
明夫たちにしてみれば寝耳に水で対応が後手後手に回る。
データ改竄などしてない、そもそも、それはうちで作ったネジではないと証拠を出すが、オシベの方からは無いはずの改竄証拠が出され、声高に被害者は我々だと叫ばれるともう打つ手がなかった。
一階で、ロッテの鳴き声が聞こえる。
いつの間にか夜になり、暗い部屋の中でクッションを抱いて座っていた。
「……おかえりなさい」
玄関に降りるとロッテの歓迎を受けていた尚一郎が、表情を堅くした。
いつもならすぐに
「ただいま」
とキスしてくれるのに、今日はない。
そのうえ、後ろにはなぜかお抱え弁護士の羽山が立っている。
「君に話がある」
普段と全く違う冷たい顔の尚一郎に、悪い予感しかしなかった。
朋香を書斎に連れていくと、ひとり掛けのソファーに座った尚一郎はその長い足を組み、そのうえに手の指を組んで乗せた。
その左手薬指からは……結婚指環が消えている。
「これを」
羽山がテーブルの上に一枚の紙を滑らせる。
確認するとそれは、離婚届だった。
「……どういうこと、ですか」
ずっと一緒にいると誓ったのだ。
絶対にひとりにしないと約束してくれた。
なのに、なんで。
「結婚ごっこはもう終わりだ」
「……ごっこ、ですか」
「そうだ。
僕が君のような人間と本気で結婚するとでも?
少し、遊んでみただけだ」
うっすらと笑う尚一郎に、背中を冷たい汗が滑り落ちていく。
「……じゃ、じゃあ、いままでのはすべて、演技だったんですか」
「そうだ」
「愛してるって云ってくれたのも」
「すべて嘘だ。
……さっさとサインしてくれないかな」
尚一郎の指がコツコツと離婚届を叩く。
そこにはすでに、押部尚一郎の名前が記入してあった。
「……嫌だって云ったら」
「君が傷つくだろうから云わないでおいてやったが。
偽装するような会社の娘を妻にしておけると思うのか」
ギリ、奥歯を強く噛みしめたせいか、わずかに頭痛がした。
「……わかり、ました」
ペンを取ると離婚届にサインする。
渡された印鑑で判もついた。
「それから」
羽山は離婚届を確認すると、尚一郎の声にあわせてさらに紙を置く。
「今後一切、僕には関わらないとの誓いの書類だ。
慰謝料だなんだと請求されると困るからな」
はっ、吐き捨てるように笑った尚一郎にかっとあたまが熱くなった。
「そんなことするわけないでしょ!?
あなたはいままで、私のなにを見てきたんですか!?」
「……なにも」
レンズの奥の碧い瞳はガラス玉のようで感情が見えない。
自分が好きになった尚一郎はこんな男だったのだろうか。
置いてあったペンを乱暴に取ると、中身も確認しないままサインをしていく。
「これで気が済みましたか」
「ああ。
さっさと屋敷を出ていってくれないか」
「云われなくても!」
勢いよくドアを開けて出ると、階段を駆け上がって自分の部屋に行った。
ずっとしまいっぱなしだった実家から持ってきたスーツケースを引っ張り出すと、同じく実家から持ってきたものだけを詰めていく。
嫌みのように尚一郎から買ってもらったものはすべて、そのままにしておいた。
荷造りが終わり思い出したことがあって書斎に戻ると、まだ尚一郎はそこにいた。
「これ!
お返しするの忘れてました!」
ダン!
結婚指環と婚約指環を机の上に叩きつけると尚一郎は顔色ひとつ変えなかった。
ますます腹が立ってきて、ふん! と鼻を鳴らすとスーツケースを引きずって屋敷を出ていく。
しばらく黙って歩いていたが、次第に涙がこぼれてくる。
「嘘つき」
最初は嫌々はじめた契約結婚生活だが、いつの間にか尚一郎が好きなっていた。
「嘘つき」
絶対に守ると云ってくれた。
絶対に不幸にしないと誓ってくれた。
「嘘つき」
淋しそうな尚一郎とずっと一緒にいると誓ったのだ。
尚一郎だって絶対にひとりにしないと誓ってくれた。
「嘘つき」
何度も、何度も、愛してると云ってくれた。
ずっと、永遠に愛してると云ってくれた。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき……」
あんなに嬉しそうな顔も幸せそうな顔も全部演技だったんだろうか。
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