契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第15話 社長秘書

6.小さな嫉妬

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朋香が目を覚ましたとき、わずかに枕元の明かりがついているだけだった。

……いま、何時なんだろ?

携帯の時間を確認するともう午前九時。

……そっか、時差があるんだった。

「んー」

尚一郎が微かに上げた声に、慌てて携帯の画面をベッドの上に伏せる。

……起きてない、よね。

おそるおそる窺ったが、尚一郎は抱き枕よろしく朋香をしっかりと抱きしめたまま、ぐっすり眠っているようだ。

フランス時間で何時なのか調べようかと思ったが、やめた。
疲れている尚一郎を、起こすようなことはしたくない。

じっとしているのは暇だと思ったが、すーすーと尚一郎の規則正しい寝息を聞いていると、次第に朋香もまた眠くなってくる。

結局そのまま、また眠ってしまった。


次に目が覚めたときも、尚一郎は眠っていた。

まだ日も昇ってないようで、カーテンの向こうは暗い。

じっとしているつもりだったが、さっきからトイレに行きたい。
それに、喉も渇いた。

しばらく我慢していたが耐えきれなくなって、そっと尚一郎を起こさないようにベッドを抜け出す。
用を済ませて再びベッドに潜り込もうとすると、尚一郎が目を覚ました。

「起こしてしまいましたか?」

「ん?
ううん。
いま、何時……」

器用に右手で携帯を操作しながら、左手で尚一郎は朋香を抱き寄せる。
するんと腕の中に朋香を収めると、尚一郎は携帯を枕元に再び置いた。

「そりゃ、朋香は目が覚めちゃうよね。
一緒に散歩にでも出たいけど、まだちょっと早いからね」

ちゅっ、額に落ちる口付けはくすぐったくて、それだけで嬉しい。

「そういえば、そのパジャマはどうしたんだい?
朋香が持っていたものではないだろう?
それに、昨日のスーツも」

「え?」

尚一郎がなにを云いたいのかわからない。

そもそも、パジャマなんてどれも大差ないのに、違いがわかるんだろうか。

「その、本邸に持っていった荷物は返ってこなかったので、お義父さんがお詫びにって買ってくださいました」

本邸に行く際、持っていった荷物は携帯と指環をのぞいてすべて、戻ってこなかった。

最初からそのつもりだったのか、逃げ出した朋香に対する制裁だったのか。

とにかく、戻ってこない荷物の代わりだと、尚恭がいろいろと買ってくれた。
それはもう、代わりやお詫びにしては多すぎるほどに。

「どんな事情があっても朋香にプレゼントしていいのは僕だけだっていうのに。
持ってきた荷物、全部、COOが用意したものだよね?
見たことないものばかり入ってた」

「……はい?
もしかして、勝手に開けたんですか?」

夫婦間とはいえ、勝手に開けられるのはやはり、ムカっとくる。

「荷物整理して、ドレスルームに出してあげただけだよ。
朋香、寝ちゃったから」

「それは……。
ありがとうございます」

にっこりと笑う尚一郎に悪気はない。
尚一郎としては当たり前のことなのだろうと諦めて、怒るのはやめておいた。

「とにかく。
ほかの人間が買ったものを朋香が身につけるなんて許せない。
今日はまず、朋香の服を買わなきゃね」

「えっと。
……ありがとうございます」
……結局、尚恭が用意してくれた荷物はすべて、速攻で処分される運命にあることを、朋香はまだ知らない。
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