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第13話 花嫁修業
7.ヒーロー、登場
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「お待ちください!
旦那様はただいま、入浴中です!」
「火急の用だと云っているだろう!?」
「ですから、誰も入れないようにと!
お待ちください、尚恭様!」
「当主!」
聞こえてきた云い争いの声とともに、がらり! 勢いよくドアが開いた。
「なにを、やっているんですか」
低い低い尚恭の声に、一気に浴室内の温度が、氷点下まで下がった。
「身体を洗ってもらっていただけだが?」
きわめて冷静に答えているようで、達之助の手は怒りでぶるぶると震えている。
「そんなところまで洗ってもらわなければいけないなど、当主はもう介護が必要ですね」
「尚恭!」
顔をどす黒いほど真っ赤にし、激高している達之助にかまうことなく朋香の傍に膝をつくと、尚恭は着ていた上着を脱いで朋香をくるんだ。
「私の可愛い娘を虐めないでいただきたい。
あなたにとってはその辺の小娘でしかないんしょうが、私にとって朋香さんは尚一郎から預かっている、大事で可愛い娘なんですから」
そっと、尚恭に肩を抱かれて立ち上がった。
促されて浴室を出ようとしたとき。
「許さんぞ、なおたかぁっ!
……うっ!」
どーん、派手な音に振り返ると、どこからともなく桶が降ってきて、達之助のあたまにパコンと小気味いい音とともに被さった。
「申し訳ありません、少々足が滑ったようで」
くすくすと笑っている尚恭に、悪びれる様子はない。
つかみかかろうとした達之助の足下に尚恭が桶を滑らせ、まんまとその中に踏み出した足を突っ込んで転んだらしい。
「行きましょう、朋香さん」
「待て、尚恭!
ううっ……」
床に転がったまま、打ち付けた身体の痛みにうなる達之助を残し、再度、尚恭に促されて浴室を出る。
そのまま、かばうように肩を抱かれて屋敷の中を進んでいく。
裏口までくると、待機してあったBMWに乗せられた。
「すみません、遅くなって」
ふるふると黙って首を振ると、かけてもらっていた上着の襟を掻きあわせる。
あのままだったらどうなっていたのかわからない。
尚恭に助けられなければきっといまごろ、達之助から耐えられない辱めを受けていた。
一気に、恐怖が身体を支配する。
ガタガタと震えが止まらない。
尚恭の屋敷に着くと、客間に案内された。
すでに湯の準備をしてあるので温まってくるといいと云われ、首を振ってしまう。
「私が怖いですか?」
じっと眼鏡の奥から見つめられ、すぅーっと目を逸らしてしまう。
怖くないわけがない、あんなことがあった直後で。
尚恭は達之助とは違うとわかっていても、やはり怖い。
「私が出て行ったら、この部屋の鍵をかけてください。
ここは中から、鍵のかかる部屋ですから。
もちろん、風呂に入れば浴室の鍵を。
これは、この部屋の鍵です。
こちらはマスターキー。
鍵はこれだけしかありません。
ここに置いておきますから、朋香さんがこの部屋の鍵を中からかければ、外からは開けられない」
まるで小さな子供に云い含めるかのように云われ、こくこくと頷いた。
「では、私は出て行きますから。
鍵をかけてくださいね」
またこくこくと頷くと、安心させるかのように尚恭はにっこりと笑って部屋を出て行った。
尚恭がいなくなるとすぐに鍵をかけた。
浴室に入るとさらに鍵を。
ほっとため息をつくと、いい匂いがしていることに気がついた。
「なんの匂いだろ……」
きょろきょろ見渡すと、置かれた、白いバスタブの中に、たくさんのバラが浮いている。
「きれい……」
いそいそと着物を脱ぎ捨て、バスタブの中に身を沈める。
バラの香りを身体いっぱい吸い込むと、少し気持ちが落ち着いた気がした。
「結局我慢、できなかった……」
仕方がないことだとわかっていても、自分に対して苛立ちを隠せなかった。
達之助に身体を穢されても、心まで支配させるつもりはない。
プライドを捨てて我慢すればすむことだったのだ、所詮。
それでも、どうしても嫌だった。
「尚一郎さん、無事だといいな……」
達之助を激怒させてしまったいま、心配なのはそれだった。
達之助は尚一郎の命を盾に、朋香に行為を迫った。
まるで、尚一郎の命を簡単に奪えるかのような達之助の口振りに、いまは不安しかない。
「あ、お義父さんにお礼云わないと……」
遅くなったと詫びていたが、尚恭はぎりぎりで間に合ったのだ。
しかも、怖がる自分のためにいろいろしてくれた。
旦那様はただいま、入浴中です!」
「火急の用だと云っているだろう!?」
「ですから、誰も入れないようにと!
お待ちください、尚恭様!」
「当主!」
聞こえてきた云い争いの声とともに、がらり! 勢いよくドアが開いた。
「なにを、やっているんですか」
低い低い尚恭の声に、一気に浴室内の温度が、氷点下まで下がった。
「身体を洗ってもらっていただけだが?」
きわめて冷静に答えているようで、達之助の手は怒りでぶるぶると震えている。
「そんなところまで洗ってもらわなければいけないなど、当主はもう介護が必要ですね」
「尚恭!」
顔をどす黒いほど真っ赤にし、激高している達之助にかまうことなく朋香の傍に膝をつくと、尚恭は着ていた上着を脱いで朋香をくるんだ。
「私の可愛い娘を虐めないでいただきたい。
あなたにとってはその辺の小娘でしかないんしょうが、私にとって朋香さんは尚一郎から預かっている、大事で可愛い娘なんですから」
そっと、尚恭に肩を抱かれて立ち上がった。
促されて浴室を出ようとしたとき。
「許さんぞ、なおたかぁっ!
……うっ!」
どーん、派手な音に振り返ると、どこからともなく桶が降ってきて、達之助のあたまにパコンと小気味いい音とともに被さった。
「申し訳ありません、少々足が滑ったようで」
くすくすと笑っている尚恭に、悪びれる様子はない。
つかみかかろうとした達之助の足下に尚恭が桶を滑らせ、まんまとその中に踏み出した足を突っ込んで転んだらしい。
「行きましょう、朋香さん」
「待て、尚恭!
ううっ……」
床に転がったまま、打ち付けた身体の痛みにうなる達之助を残し、再度、尚恭に促されて浴室を出る。
そのまま、かばうように肩を抱かれて屋敷の中を進んでいく。
裏口までくると、待機してあったBMWに乗せられた。
「すみません、遅くなって」
ふるふると黙って首を振ると、かけてもらっていた上着の襟を掻きあわせる。
あのままだったらどうなっていたのかわからない。
尚恭に助けられなければきっといまごろ、達之助から耐えられない辱めを受けていた。
一気に、恐怖が身体を支配する。
ガタガタと震えが止まらない。
尚恭の屋敷に着くと、客間に案内された。
すでに湯の準備をしてあるので温まってくるといいと云われ、首を振ってしまう。
「私が怖いですか?」
じっと眼鏡の奥から見つめられ、すぅーっと目を逸らしてしまう。
怖くないわけがない、あんなことがあった直後で。
尚恭は達之助とは違うとわかっていても、やはり怖い。
「私が出て行ったら、この部屋の鍵をかけてください。
ここは中から、鍵のかかる部屋ですから。
もちろん、風呂に入れば浴室の鍵を。
これは、この部屋の鍵です。
こちらはマスターキー。
鍵はこれだけしかありません。
ここに置いておきますから、朋香さんがこの部屋の鍵を中からかければ、外からは開けられない」
まるで小さな子供に云い含めるかのように云われ、こくこくと頷いた。
「では、私は出て行きますから。
鍵をかけてくださいね」
またこくこくと頷くと、安心させるかのように尚恭はにっこりと笑って部屋を出て行った。
尚恭がいなくなるとすぐに鍵をかけた。
浴室に入るとさらに鍵を。
ほっとため息をつくと、いい匂いがしていることに気がついた。
「なんの匂いだろ……」
きょろきょろ見渡すと、置かれた、白いバスタブの中に、たくさんのバラが浮いている。
「きれい……」
いそいそと着物を脱ぎ捨て、バスタブの中に身を沈める。
バラの香りを身体いっぱい吸い込むと、少し気持ちが落ち着いた気がした。
「結局我慢、できなかった……」
仕方がないことだとわかっていても、自分に対して苛立ちを隠せなかった。
達之助に身体を穢されても、心まで支配させるつもりはない。
プライドを捨てて我慢すればすむことだったのだ、所詮。
それでも、どうしても嫌だった。
「尚一郎さん、無事だといいな……」
達之助を激怒させてしまったいま、心配なのはそれだった。
達之助は尚一郎の命を盾に、朋香に行為を迫った。
まるで、尚一郎の命を簡単に奪えるかのような達之助の口振りに、いまは不安しかない。
「あ、お義父さんにお礼云わないと……」
遅くなったと詫びていたが、尚恭はぎりぎりで間に合ったのだ。
しかも、怖がる自分のためにいろいろしてくれた。
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