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第13話 花嫁修業

6.最大の、危機

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途中でとんだ茶会に呼ばれて邪魔が入ったものの、蔵の掃除はどうにかその日のうちに終わらせた。

台所でひとり、冷えたご飯を食べていると、音もなくやってきた杉谷に飛び上がる思いがした。

「旦那様が身体を洗ってほしいとのことです」

「はい?」

ぱりんと囓ったたくわんをバリバリとかみ砕きながら、まじまじと杉谷の顔を見てしまう。

……背中を流せってことなのかな?
なんか、やだな。

けれど、出掛かった言葉はたくわんと一緒にごくんと飲み込んだ。

「わかり、ました」

「では」

慌ててお茶で口をすすぎ、背中を向けた杉谷のあとを追う。
浴室まで来ると、衣装盆を渡された。

「旦那様は中でお待ちです。
これに着替えていってください。
ああ、下着はつけないこと」

「え?」

完全に困惑している朋香を残して、杉谷は無表情に出て行った。
トン、引き戸の閉まる堅い音が、完全に質問を拒絶しているかのようだ。

衣装盆の中を確認すると、ぺらぺらの薄い着物が入っている。

いや、着物といえるのだろうか。

白の木綿でできたそれは袖無しの、甚平の上着だけのような湯着だった。

「下着なしでこれって、完全に見える……」

尚一郎にすら見せたことのない身体を、薄い布一枚あるとはいえ、達之助に見せるのは嫌だった。

「早くせんか!」

「は、はい!」

まごまごと躊躇う朋香に達之助の怒号が飛ぶ。
やりたくない、が、従わなければ、尚一郎の立場が悪くなるだけ。

……なんだって耐えるって決めたんだもん。
意を決して朋香は、着物の帯に手をかけた。


「お待たせしました……」

無駄な抵抗と知りながら、裾を引っ張って尻を隠す。

浴室内は黒のタイルで覆われていた。
そこに温泉旅館のような大きな、桧の風呂。
足下につけられた明かりが室内をほのかに照らす。

中は湯気が充満していて、それでなくてもぴちぴちな着物を肌にぴったりと張り付かせた。

「はようせい」

「失礼します……」

桶を手に、こちらに背を向けて椅子に座る、達之助にお湯をかける。

……これなら、見えないかもしれない。

ほんの少しだけ、ほっとした。

準備してあった手ぬぐいに石鹸を塗りつけ泡を立てる。
おそるおそるたっぷりと泡の立った手ぬぐいで、朋香は達之助の背中を洗い始めた。

「昼間は自子に恥をかかせたそうだな」

「……申し訳ありません」

恥をかかせた?
恥をかかせられそうになったのは朋香の方だ。

「酷く傷ついておったぞ?
どうしてくれる?」

「……申し訳、ありません」

謝罪の代償になにかしろと云われても、絶対に約束してはいけないと尚一郎から何度も云われた。
だからいまは、ひたすら謝ることに徹する。

「謝るだけか」

「申し訳、ありませんでした」

「あれの入れ知恵か」

ふん、不機嫌そうに達之助が鼻を鳴らすと、重苦しい沈黙がその場を支配した。
黙々と達之助の背中を荒い、お湯をくんで泡を流す。

「終わりました」

「は?
まだだろう?
儂は身体を洗えと云ったはずだ」

達之助が振り返り、思わず着物の裾を思いっきり引っ張る。
ねっとりとした視線が、全身に絡みついてきて気持ち悪い。
にたにたと笑う達之助の股間はすでに、興奮しきっていた。

「ほら、ここも洗わんか」

「い、いや」

朋香の手を取り、強引に導こうとする達之助の手を払いのけると勢いで、先程流した泡で塗れた床で足が滑り、こけてしまった。

「ここもきれいにしろと云っているだろう?
ん?」

慌てて裾を引っ張り、見えているであろう足のあいだを隠す。
立ち上がろうとすると、目の前に達之助の股間があった。
鼻先に突きつけられた醜悪なそれに顔を背けると、ぐいっと後ろあたまを押さえつけてくる。

「ほれ、やらんか。
そういえば海外は、テロとかなにかと物騒だ。
あれが無事に帰ってくればいいがな」

卑怯だと思う。
尚一郎の無事を盾にとって、こんなことを強要するなんて。

「そうそう、儂の子を孕んであれの子供として生んで育てるのなら、おまえもあれも認めてやってもいい」

好き勝手云う達之助に、口を真一文字に結んで嫌々と小さく首を振るが、あたまを押さえ込む力は弱まるどころかますます強くなっていく。
唇にふれそうなそれに、思わず、目をつぶった。

どんな試練も耐えてみせると誓った。
尚一郎の不利になるようなことは絶対にしない、と。

けれど、こんな辱めは耐えられない。

それに、達之助に穢された身体で、尚一郎の前で笑える自信がない。

なら、いっそ。

――舌噛んで、死ぬ。
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