契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
83 / 129
第13話 花嫁修業

2.家族で食事

しおりを挟む
車は長い竹林を抜けると右に曲がった。
今日、尚一郎を呼んだのは尚恭らしい。

「きっと、このあいだの件だと思うんだよね」

このあいだの件とは、朋香を迎えに来るために、達之助にあたまを下げた件のことだろう。
その際、尚一郎はなんでもすると約束したようだから。

しかし、ならば呼ぶのは達之助のはず。

腑に落ちないまま屋敷に着くと、尚恭に出迎えられた。

「ようこそ、朋香さん。
……と、尚一郎」

「……朋香からその手を離していただけませんかね」

思いっきりハグしてきたうえに、朋香の肩に手を回し、中に案内しようとする尚恭と、尚一郎の視線がぶつかってバチバチと火花を散らす。

「義父が義娘と仲良くしたいんだ。
なにが悪い?」

「悪いに決まってます」

朋香の肩を抱く、尚恭の手を思いっきり振り払うと、尚一郎は朋香を自分の腕の中に抱き寄せた。

「朋香にはふれないでいただきたい」

「おお、怖い」

思いっきり冷たい視線を尚一郎は送っているが、尚恭は堪えてないどころか相手にしていない。
やはり重ねた、年の分の違いなんだろうか。


夕食は和やかに……などともちろんいくはずもなく。

「朋香さんはとても美味しそうに食べられますね。
見ていて気持ちいい」

「そうですか?」

「……朋香に話しかけないでいただきたい」

にこやかに話しかけてくる尚恭に返事をするのだが、すぐに尚一郎が冷たく切り捨てる。
しかも、尚恭が年をとってナイスミドルになった尚一郎を想像させるせいで、朋香が若干浮ついているので、機嫌が悪い。

「独占欲はみっともないぞ、尚一郎」

「独占欲もなにも。
私はあなたが朋香と口をきくのが嫌なだけです」

尚一郎は盛んに威嚇しているが、尚恭は常に笑顔をたたえているだけ。

全く適っていない。

その後も、尚恭は盛んに朋香に話しかけるので、曖昧な笑顔で返事をする。

別に達之助のように不快な話をしてくるわけではないのでいいのだが、尚一郎が苦々しげに見ているので、心の中ではずっと苦笑いをしていた。

「ああ、尚一郎。
おまえ、来週からしばらく、フランスに行ってもらうから」

リビングに移動してのコーヒータイム。
カチャリ、手にしていたカップをソーサーに戻すと、尚恭はにっこりと笑った。

「急、ですね」

尚一郎もカップをソーサーに戻すと、姿勢を正す。

「ヨーロッパ本社の経営不振はおまえの耳にも届いているだろう?
立て直すまでは戻ってくるなとのCEOからのお達しだ」

「それが、このあいだの制裁ですか……」

……はぁーっ、尚一郎の口から深いため息が落ちる。

立て直すまでとはどれくらいかかるのだろう?
数日とかいう単位ではないのはわかるが、まさか年単位?

「大変だったんだぞ?
当主はすぐに感情的になって、云いたい放題だからな。
その程度に落ち着いたことに感謝しなさい」

「いっそ、勘当にでもしてくれた方が、清々したんですけどね……」

……はぁーっ、再び落ちるため息に、思わず尚一郎の手を掴んでいた。
重なった手は尚一郎の方からも握り返してくる。
見上げると視線のあった尚一郎が弱々しく笑って、胸がずきんと痛んだ。

「それから。
おまえがフランスに行っているあいだ、朋香さんは本邸預かりになる」

「なんですか、それは!」

勢いよく立ち上がった尚一郎だが、すぐに我に返ったかのように座り直した。

……本邸預かり、ってどういうことなんだろう?

不安で不安で、思わず尚一郎の顔を窺ってしまう。

「本邸で、押部の嫁にふさわしくなるように再教育するそうだ」

「そんなこと許しませんよ、私は」

「……この結果如何によっては、朋香さんを押部の嫁として正式に認めるそうだが?」

「……っ」

尚一郎の顔が、苦しげに歪む。
握られた手は痛いくらいで、尚一郎の苦悩がよくわかった。

「大丈夫ですよ、尚一郎さん」

精一杯、笑顔を作って尚一郎を見上げる。

「私、認めてもらえるように頑張りますから。
そんなに心配しなくて大丈夫です」

「朋香……!」

次の瞬間、痛いくらいに尚一郎に抱きしめられていた。

「なるべく早く、片付けるから。
ごめんね、こんなことになって本当にごめん」

「しょ、尚一郎さん!
痛い、痛いです!
それに、お義父さんが見てますから!」

迫ってくる尚一郎の顔を慌てて手で抑えて抵抗する。
それに、尚恭がにやにやと笑って見ていて、赤面しそうだ。

「なんであなたがいるんですか。
さっさと出て行ってくれないですか」

「……ここは私の屋敷なんだが」

苦笑いの尚恭に、やはり朋香も苦笑いしかできなかった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚

日下奈緒
恋愛
仕事の契約を打ち切られ、年末をあと1か月残して就職活動に入ったつむぎ。ある日街で車に轢かれそうになるところを助けて貰ったのだが、突然週末婚を持ち出され……

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ
恋愛
 ケダモノを148円で買いました――。   「結婚するんだ」  大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、 「私っ、この方と結婚するんですっ!」 と言ってしまう。  ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。  貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。

処理中です...