Spider

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
2 / 2

2.それって誘っているんですか

しおりを挟む
また人混みを縫いながら、私を気遣って歩く彼について歩いた。
屋台の群を抜け、そのまま会場の海とは反対の方向に歩いていく。

まばらになっていく人たち。

そのうち、まわりには誰もいなくなった。

彼は黙々と斜面を登っていく。

……ちょっと待って。
私、いま、まずい状況になりつつない?

道は次第に細くなり、街灯はまばらになっていく。

……もしかして、暗がりに連れ込んで、とか。
私、無防備過ぎやない?
逃げるにしても、これじゃ走れないし……。

「着きました」

「は、はいっ!」

着いた先は……高台の、公園。
確かに海がよく見渡せる。
しかし、誰ひとりとしていなくて、ピンチなのは依然変わりないわけで。

「どうかしたんですか?」

「あ、いえ……」

怪訝そうに彼が私の顔を見る。


……そうと決まったわけじゃないし。
それに、そんなことしたら、これから先の仕事にも差し支えるわけで。
だから大丈夫、……だよね。

 
彼がひいてくれたシートの上に腰を下ろすと、彼も半人分だけ間をあけて座った。

シートを用意してくれていたことはプラス1ポイント。

遠くに聞こえる、喧噪。
すぐ眼下には屋台の明かり。

公園にひとつだけある街灯の明かりの下、買ってきたものを黙々と食べる。
カラン、響くのはラムネのビー玉の音だけ。

……き、気まずい。

――ドーン。

そのうち始まった、花火。
ただ無言で見上げていた。

――ドーン、ドーン。

大きな音があたりに響く。

「……それって俺を、誘ってるんですか?」

不意に、耳にかかる吐息。
驚く間もなく露わになっている首筋に……ちゅっ。
柔らかい、感触。

「……!?」

なにが起こったのか理解できなくて、首筋を押さえて彼を見上げる。
レンズの向こうの瞳と目があって、にやりと笑われた。

「浴衣、とか。
しかもそんな、色っぽい奴」

「ち、ちがっ」

心臓がばくばくとうるさい。
人気のない公園にふたりきり。
さっきまで考えていたことが、急に現実味を帯びてくる。

「来てくれるだけでも嬉しいのに。
さらにそんな格好されちゃ、期待したくなりますよ」

かしゃん、目の前のフェンスに絡まる彼の両手。
後ろから感じる、彼の体温。
すぐ耳元の、彼の吐息。

「ずっと……好きだったんですよ」

……ちゅっ、耳の後ろに落とされた口付けに、身体中を熱が駆け回る。

「……!」

「どうして黙ってるんですか?」

ちゅっ、また落ちる、口付け。

「黙ってたら、わかんないですよ」

ちゅっ、再び。

遠くなった、花火の音。
耳につくのはうるさい、自分の心臓の鼓動。

「わ、私は」

「ん?」

フェンスとのわずかな隙間に顔を入れ、彼が私をのぞき込む。

至近距離の彼の顔。
唇さえもふれそうなほど。

「私は、なんですか?」

意地悪く、彼が笑う。
こんな顔をする人だなんて知らなかった。
というか、意識しだしたのは花火大会に誘われた、あの日から。

「だから」

「だから?」

吐息が、かかる。
レンズの、向こう。
怪しい火を灯した、瞳。

「まだ、わから、ないっ……」

「可愛いですね、和花のどかは」


ちゅっ、唇に彼の唇がふれた。
驚いて見上げると、花火をバックに笑う彼。
その笑顔が……とてもきれいだと思った。

「じゃあ、キスしてみますか?」

言っている意味がわからない。
だっていま、キスしたよね?
そんな私の疑問を無視して、彼に唇を塞がれた。
それはさっきの軽くふれるだけのとは違って……。

「……はぁーっ」

唇が離れると同時に、自分の口から落ちる深い吐息。
思わず掴んでいた彼のシャツを手放すと、やっぱり彼はにっこりと笑った。

「嫌、でしたか?」

ふるふると首を振る。
嫌、とかそんな気持ちはなくて。
むしろ……もっとして欲しい。
あたまを掠めた思いを慌てて否定する。
だって私は、まだ。

「じゃあ、これは?」

彼の声が耳元で聞こえる。
後ろから腕の下に入った手が、そっと脇を撫でる。

……そして。

身八ツ口から彼の手が入ってきた。

「ほんとに簡単に、入るんですね」

彼は感心しているが、私にはなんのことだかわからない。
それ以前に、私の胸のふくらみにふれる彼の手に、半ばパニックになっていた。
そんな私の気持ちをよそに、彼の手がゆっくりと動く。

次第に荒くなっていく自分の吐息。
漏れそうになる声を、必死に噛み殺す。

「どう、ですか……?」

耳にかかる彼の吐息も熱い。
自分を否定したくて首を振ってみたところで、荒い吐息が肯定している。

遠くに聞こえる花火の音。
耳に届く、ふたつの荒い吐息。
目に映る花火はぼやけている。

……もっと。
もっと、欲しい。

そんな私の思いとは裏腹に、不意に彼が、浴衣の中から手を抜いた。

「終わっちゃいましたね、花火」

「……え?」

見上げると。
夜空は星だけになっていた。
響いていた音も聞こえない。
屋台に響いていた喧噪は、相変わらずだったけれど。

「帰りましょうか」

「あ、はい」

手を借りて立ち上がると、彼はシートやゴミを片付け始めた。

……さっきまで見せていた熱っぽい顔が嘘のように、事務的な顔で。

彼が片付けているあいだ、俯いて唇を噛んでいた。

中途半端に火をつけられ、燻っている身体。

なのに平常心に戻った彼が、……憎い。

「どうかしましたか?」

片付け終わった彼に顔をのぞき込まれた。
思わずシャツを掴んで縋るように見上げる。

「……どうして、欲しいですか?」

いつもの、事務的な彼の顔。

「……」

恥ずかしくて言えなくて、レンズの奥の瞳をじっと見つめた。
無表情……なのに。
その瞳だけは蠱惑的な光を宿して揺れている。

「……どうして、欲しいですか?」

再び問われる、同じ言葉。
いくら見つめても、彼は欲しい言葉をくれない。

逸らすことのできない視線。
私を惑わす、その瞳。

「……どうして、欲しい、です、か……?」

三度問われた言葉。
からからに渇いた喉で、つばをごくりと飲み込んだ。

……そして。

「あなたが、蓮池さんが……欲しい」

視線の先には妖艶に微笑む彼。

……私は。
彼に捕らえられて逃げられない。





【終】
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

johndo
2019.06.20 johndo

ギャー。
思わぬ急展開に体が思わずのけぞりました。
稜の溺愛ぶりに「ぐふふふ」ともだもだが止まりませんでした(笑)
もう少し、この二人の先が読みたいので、続編、番外編、よろしくお願いします。

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
2019.06.21 霧内杳/眼鏡のさきっぽ

喜んでいただけてなによりです(笑)

いまのところこのふたりのその後は考えていないので……はい。
気が向いたら書かせていただきます。

解除

あなたにおすすめの小説

社内恋愛~○と□~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
一年越しの片想いが実り、俺は彼女と付き合い始めたのだけれど。 彼女はなぜか、付き合っていることを秘密にしたがる。 別に社内恋愛は禁止じゃないし、話していいと思うんだが。 それに最近、可愛くなった彼女を狙っている奴もいて苛つく。 そんな中、迎えた慰安旅行で……。 『○と□~丸課長と四角い私~』蔵田課長目線の続編!

アンドロイドに眼鏡は必要か?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
カスミがようやく辿り着いた、研究室。 そこは昔、学会を追われて失踪した、変人ヴァレットの研究室だった。 期待に胸を膨らませ、ドアを叩く。 けれど出てきたのは――眼鏡をかけた、若い男性。 「博士は亡くなりました。 中に入れることはできません。 お引き取りを」 冷たくあしらう男を冷血ロボットと罵った……が。 「その通りですよ。 僕はアンドロイドですから」 眼鏡をかけたこの男は本当に、アンドロイド――なのか!? 自称アンドロイドと研究莫迦の女性がおくる、切ない恋物語――。

今日、彼に会いに行く

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
今日、彼に会いに行く。 彼とはSNSで知り合った。 次第に私は彼に惹かれていったけれど……その彼に、恋人ができた。 さらには近々、プロポーズする予定なのだという。 だから私は、彼に会いに行こう思った。 会ってなにをするのかわからない。 ただとにかく、――彼に、会いたかった。 ****** 2月におこなわれた、文学フリマ広島へ参加する際、往復の新幹線で小説が書けるのか!?とチャレンジしたものになります。 なので、往路編・復路編と分かれております。 なお、当日はTwitterに投稿形式で書いておりました。 本作品はTwitterへ投稿したものを若干、文字等修正したものになります。 ****** 2019/06/22 公開

眼鏡フェチな私

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
篠浦雪希、福岡で働く会社員。 重度の眼鏡フェチ。 いままで好きになってきた人は全員眼鏡。 ちょっといいなと思う人に告白されても、眼鏡じゃないからと振るほど。 最近、東京から移動してきた主任が気になって仕方ない。 ……がしかし。 主任は眼鏡じゃない。 眼鏡じゃない。 病気レベルの眼鏡フェチは、眼鏡男子以外を好きになれるのかー!?

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

年下の部下がぐいぐい押してくるんだけど!?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「柏原課長。 俺と付き合ってくれませんか?」 唐突に、10も年下の部下の大宮から告白された。 いやいや、ない、ないよ。 動揺している私なんか無視して、大宮はさらに続ける。 「なら、賭をしませんか」 ……と。 柏原留美  33歳、独身 文具問屋 営業三課課長 恋愛関係に疎く、女を捨てた人 なのに、年下から告白されて……? × 大宮伊織 23歳 文具問屋 営業三課所属 仕事熱心で、丁寧な男 社内外の女性に意識されている人 なのに10も年上の柏原が好き!? 恋に疎いアラサー女に迫る、若手社員! 彼の真意はいったい!?

チョコレートは澤田

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「食えば?」 突然、目の前に差し出された板チョコに驚いた。 同僚にきつく当たられ、つらくてトイレで泣いて出てきたところ。 戸惑ってる私を無視して、黒縁眼鏡の男、澤田さんは私にさらに板チョコを押しつけた。 ……この日から。 私が泣くといつも、澤田さんは板チョコを差し出してくる。 彼は一体、なにがしたいんだろう……?

嘘つきは眼鏡のはじまり

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私、花崎ミサは会社では根暗で通ってる。 引っ込み思案で人見知り。 そんな私が自由になれるのは、SNSの中で〝木の花〟を演じているときだけ。 そんな私が最近、気になっているのはSNSで知り合った柊さん。 知的で落ち着いた雰囲気で。 読んでいる本の趣味もあう。 だから、思い切って文フリにお誘いしたのだけど。 当日、待ち合わせ場所にいたのは苦手な同僚にそっくりな人で……。 花崎ミサ 女子会社員 引っ込み思案で人見知り。 自分の演じる、木の花のような女性になりたいと憧れている。 × 星名聖夜 会社員 みんなの人気者 いつもキラキラ星が飛んでいる ミサから見れば〝浮ついたチャラい男〟 × 星名柊人 聖夜の双子の兄 会社員 聖夜とは正反対で、落ち着いた知的な雰囲気 双子でも、こんなに違うものなんですね……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。