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第一章 転勤

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引っ越し作業は……遅々として進まなかった。

「あーっ、またまんが読んでる!」

「おっ!?
……すまん」

読んでいた本を半ば放り投げ、旦那が住まなそうに詫びてくるが、その気持ちはわかる。
私も似たような状態だし。

「頑張んないとこの休み中に片付け、終わんないよ?
終わんなかったら全部処分だからね」

「そ、それだけは勘弁してくれ!」

にわかに旦那が、忙しそうに手を動かしだす。
それを見て、苦笑いした。
事実上、専業主婦の私は平日も作業できるが、旦那は休日しかできない。
貴重品以外は私が荷造りするようにしたからそこはいいのだが、問題は貴重品なのだ。

我が家は夫婦揃ってオタクで、知り合ったのもそういうイベントでだった。
ふたりとも収集癖があり、特に旦那はフィギュアが多い。
繊細な作りのそれらを壊れないように梱包するのも大変だし、それが数あるとなれば本当に果てがなかった。

「……なあ。
これ、本当に終わるのか?」

魔法少女何某へ慎重に緩衝材を巻きながら、旦那がぽつりと漏らす。

「泣き言言うな!
頑張れ!
次の家ではオタク部屋作って、綺麗に飾ってあげるんでしょ?」

「そうだな!」

私の言葉で俄然、旦那はやる気を出してテキパキと作業を始めた。
引っ越し先の間取りは3LDKなので、私の部屋、旦那の部屋、オタク部屋と振り分けられる予定になっている。
子供部屋?
それはできてから考える。

「あー、腰いた……」

少しして、一息入れようとコーヒーを淹れた。

「ねー、休憩しなーい?」

「するー」

すぐに旦那の声が帰ってきて、彼もダイニングへと来た。

「そっちの片付け、どうよ?」

「あー……。
芳しく、ない」

旦那はフィギュアが多いが、私は本が多い。
重い、かさばるの二重苦の本を前にして、私は若干、途方に暮れていた。

「いっそ、全部電子にして捨てたくなる……」

詰めても詰めてもどこからとなく本が湧いてくるのは本当に謎だ。

「いいじゃん、そうすれば」

旦那は他人事だからか超気軽な感じでムッとした。

「紙には紙のよさがあるの。
それに、サイン本とかは絶対に処分できないし。
同人誌は電子ないのがほとんどだし。
それになんかあったら電子は消えるけど、紙は保存さえしっかりすれば長く残る」

「へーへー」

いつもの私の説明に、旦那は聞き飽きたといった顔をした。

「じゃあ、頑張るしかないな」

「そうだね……」

はぁっとふたり同時にため息が落ちる。
まだまだ、引っ越し作業の先は長い。



引っ越し当日、旦那は仕事だった。
この、転勤作業は妻に任せればいいというシステムはどうにかしてほしい。
うちは私が専業のようなものなのでいいが、普通は共働きだったりするのだ。
……話が逸れた。

「じゃあ、よろしくお願いしまーす!」

荷積みの済んだ引っ越し業者のトラックを送り出す。

「こんにちはー」

直後、ナイスタイミングで依頼していたリサイクル業者が来た。

「よろしくお願いしまーす」

業者の若い男性ふたりはテキパキと置いてあった家具などを査定していく。

「えっと。
まず……」

査定が終わり、業者の方が金額の説明をしてくれる。
旦那と私が独身時代に使っていた家具がほとんどだったので、反対に処分料がかかった。
しかし処分業者に依頼するよりもいくらか足しになればとここに依頼したので別に後悔はない。
それに買ったものの身体にあわないと文句を言っていた旦那の椅子が、思いの外高く売れ、手出しはほぼゼロで済んでラッキーだ。

「ありがとうございっしたー」

乗ってきた軽トラに家具等を乗せ、リサイクル業者は帰っていった。
サービスで壊れている衣装ラック等も引き取ってくれたのでありがたい。

「よし、これでもう大丈夫かな」

忘れ物がないか部屋の中を点検する。
掃除は旦那が業者を手配してくれた。

「お世話になりました、と」

最後になにもない部屋に向かって頭を下げた。

今日は駅近のホテルに泊まる。
今から移動しても現地に着くのは真夜中だ。
どうせ明日まで旦那はこちらの会社勤務だし、一緒にホテルに泊まろうと決めていた。

「お疲れー、任せて悪いな」

もう、半ばうとうとしはじめた頃になって、旦那がいい具合に酔ってホテルに到着した。

「送別会?
いいねー」

「おい、その言い方はないだろ」

不満げに言われ、自分でも嫌みっぽかったかなとは反省した。

「……わるい。
一千花のほうが大変だもんな」

ベッドに座り、旦那が口付けを落としてくる。
それで誤魔化されている私もたいがい、チョロい。

「代わりにって言っちゃあなんだが、一千花いちかが欲しがっていたあのゲーム、買っていい」

「でも本体も買わなきゃいけないんだよ?」

私の欲しいゲームとは少し前に流行った、アドベンチャーゲームだ。
ただ、普通の違うのは身体にモーションキャプチャーをつけ、アバターを動かす。
本当に飛んだり跳ねたりしないといけないので、下の階に響くと旦那は許可してくれなかった。
それにゲーム機本体もうちにはない。

「本体もゲームも買ってやるよ。
今度は一戸建てだから音も気にしないでいいしな!」

「やったー!」

これくらいで喜んでいるなんてなんてお手軽なんだとは思うが、それでいいのだ。
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