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「おい。
おいって!」
学校帰り、さっきからしつこく私に呼びかける男がいる。
「そこの女子高生!」
きっとナンパ、かなんかだと思う。
気持ち悪いから無視してたんだけど。
「上野(うえの)杏奈(あんな)!
定期、落としたって!」
フルネームで呼ばれて立ち止まった。
……定期?
慌てて鞄を探る。
……あれ、ここに入ってるはず、なんだけど。
でも、いくら探しても出てこない。
もしかして、さっきさっき携帯を出したときに。
振り返ると、半ば怒っている眼鏡の若い男が立っていた。
そりゃそうだろう、親切に定期を拾ったのに無視され続けば。
「あ、……すみま、せん」
「おい!」
は、恥ずかしすぎる!
顔から火が出そうなほど熱い。
慌てて定期を奪うように受け取り、まだなにか言いたそうな男を残してお礼もそこそこに、まるで逃げ出すみたいにその場をあとにしてしまった。
「はぁーっ」
バスに乗って心の中でため息。
定期を落としたことにも気づかずに、ナンパと勘違いして無視し続けた自分はさぞかし嫌な子だっただろう。
しかも、ちゃんとお礼も言わないで逃げちゃうなんて。
ううっ、最悪だ。
今度会ったら、ちゃんとお礼を言おう。
それから学校帰りは定期を拾ってくれた人を捜すようになった。
手がかりは、眼鏡。
黒縁の眼鏡をかけていた。
よく顔は見てないが、思い起こすとイケメンだった気がする。
そう思うとますますちゃんとお礼を言わないで損をした気がした。
定期の彼が見つからないまま少したった頃。
――ピンポン、ピンポン、ピンポン。
「え?」
朝のバス、定期を通したら弾かれた。
「……またあんたかよ」
ちらっとこちらを見た若い運転手が小さく舌打ちをし、なにか言った気がするんだけど気のせいかな。
まるで誤魔化すかのように目深にかぶった帽子の位置を運転手は直した。
「期限、切れてますよ」
「あ……」
そうだ、完全に忘れてた。
今日の夜しか買いにいけないから、今日はお金払っててね、ってお母さんに言われていたのに。
慌てて財布を開けたものの、お小遣い日すぐで小銭はおろか、五千円札しか入っていない。
「五千円札、両替とか……」
「できませんね」
わかってるけどさ。
もうちょっとこう、言いようがあるじゃん?
「次、乗ったときに払ってください」
「……わかりました」
運転手は少し俯き気味に私の方を一度も見ないばかりか、降りる背中に向かってさらに舌打ちされた気がした。
……感じわる。
おかげでずっと、むかむかしていた。
定期の彼と似たような眼鏡をかけていたし、年も近そうだったが、全然違う。
あっちの彼はこう、もっと爽やかで、王子様みたいな?
拾った定期をにっこりと笑って差し出してくれる彼を思い出したら、少しだけ機嫌が直った。
帰りのバスで朝のバス代を払いかけて思い直す。
どうせなら、あいつの目の前で払ってやりたい。
翌日、定期を通したうえに賃金箱にバス代を入れたら、あいつが怪訝そうに視線を向けた。
「昨日のバス代です」
思いっきりすました顔でそう言ってやったら、さりげなく帽子の位置を直しながらあいつがにやりと笑った気がした。
……やっぱり、性格悪い。
毎日、学校帰りに定期の王子様を捜すけど見つからない。
うん、私の中で定期を拾ってくれた彼は完全に王子様になっていた。
爽やかイケメンで、優しくて。
日がたつにつれて想像は膨らんでいき、どんどん自分の理想になっていく。
そうなるとやはり、もう一度会いたい。
そうは思うものの、定期の王子様にはなかなか再会できなかった。
もしかしてあの日は、たまたまあの駅にいただけとか?
もう二度と会えないのかもしれないと諦めてかけていたんだけど。
おいって!」
学校帰り、さっきからしつこく私に呼びかける男がいる。
「そこの女子高生!」
きっとナンパ、かなんかだと思う。
気持ち悪いから無視してたんだけど。
「上野(うえの)杏奈(あんな)!
定期、落としたって!」
フルネームで呼ばれて立ち止まった。
……定期?
慌てて鞄を探る。
……あれ、ここに入ってるはず、なんだけど。
でも、いくら探しても出てこない。
もしかして、さっきさっき携帯を出したときに。
振り返ると、半ば怒っている眼鏡の若い男が立っていた。
そりゃそうだろう、親切に定期を拾ったのに無視され続けば。
「あ、……すみま、せん」
「おい!」
は、恥ずかしすぎる!
顔から火が出そうなほど熱い。
慌てて定期を奪うように受け取り、まだなにか言いたそうな男を残してお礼もそこそこに、まるで逃げ出すみたいにその場をあとにしてしまった。
「はぁーっ」
バスに乗って心の中でため息。
定期を落としたことにも気づかずに、ナンパと勘違いして無視し続けた自分はさぞかし嫌な子だっただろう。
しかも、ちゃんとお礼も言わないで逃げちゃうなんて。
ううっ、最悪だ。
今度会ったら、ちゃんとお礼を言おう。
それから学校帰りは定期を拾ってくれた人を捜すようになった。
手がかりは、眼鏡。
黒縁の眼鏡をかけていた。
よく顔は見てないが、思い起こすとイケメンだった気がする。
そう思うとますますちゃんとお礼を言わないで損をした気がした。
定期の彼が見つからないまま少したった頃。
――ピンポン、ピンポン、ピンポン。
「え?」
朝のバス、定期を通したら弾かれた。
「……またあんたかよ」
ちらっとこちらを見た若い運転手が小さく舌打ちをし、なにか言った気がするんだけど気のせいかな。
まるで誤魔化すかのように目深にかぶった帽子の位置を運転手は直した。
「期限、切れてますよ」
「あ……」
そうだ、完全に忘れてた。
今日の夜しか買いにいけないから、今日はお金払っててね、ってお母さんに言われていたのに。
慌てて財布を開けたものの、お小遣い日すぐで小銭はおろか、五千円札しか入っていない。
「五千円札、両替とか……」
「できませんね」
わかってるけどさ。
もうちょっとこう、言いようがあるじゃん?
「次、乗ったときに払ってください」
「……わかりました」
運転手は少し俯き気味に私の方を一度も見ないばかりか、降りる背中に向かってさらに舌打ちされた気がした。
……感じわる。
おかげでずっと、むかむかしていた。
定期の彼と似たような眼鏡をかけていたし、年も近そうだったが、全然違う。
あっちの彼はこう、もっと爽やかで、王子様みたいな?
拾った定期をにっこりと笑って差し出してくれる彼を思い出したら、少しだけ機嫌が直った。
帰りのバスで朝のバス代を払いかけて思い直す。
どうせなら、あいつの目の前で払ってやりたい。
翌日、定期を通したうえに賃金箱にバス代を入れたら、あいつが怪訝そうに視線を向けた。
「昨日のバス代です」
思いっきりすました顔でそう言ってやったら、さりげなく帽子の位置を直しながらあいつがにやりと笑った気がした。
……やっぱり、性格悪い。
毎日、学校帰りに定期の王子様を捜すけど見つからない。
うん、私の中で定期を拾ってくれた彼は完全に王子様になっていた。
爽やかイケメンで、優しくて。
日がたつにつれて想像は膨らんでいき、どんどん自分の理想になっていく。
そうなるとやはり、もう一度会いたい。
そうは思うものの、定期の王子様にはなかなか再会できなかった。
もしかしてあの日は、たまたまあの駅にいただけとか?
もう二度と会えないのかもしれないと諦めてかけていたんだけど。
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