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第四章 あなたを幸せにするのは……
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悠将さんがいない間に編み物をはじめた。
おくるみとかベビー用品を編みたいものあるが、……悠将さんになにか贈りたくて。
しかし彼ならきっと今まで、豪華なプレゼントをもらってきているだろう。
それに私ごときが買うもので太刀打ちできるとは思えない。
なら、手作り。
そんなちゃちなものと言われるかもしれないが、それでも愛情込めて作ったものを贈りたい。
「……一ヶ月ってけっこう長いな」
それだけ時間があれば編みはじめたマフラーを完成させられそうだ。
けれど日本で仕事ができる体勢を整える時間としては短い。
悠将さんって私の前ではいつも笑っているが、その陰で無理をしていそうで心配。
日々は穏やかに過ぎていく。
和家さんが戻ってきたら新居に移って新しい生活がはじまる。
きっと、明るい家庭になるんだろうな。
ううん、悠将さんと生まれてくる子供と三人で、温かい家庭にするんだ。
その日は定期検診で、終わったあとに時間があったからカフェでランチしていた。
「きっと、凄く喜ぶんだろうな」
もらったエコー画像を見てはニヤニヤしてしまう。
経過は順調で、この頃はつわりも落ち着いてきた。
本当は今日の定期検診に悠将さんはついていきたがっていたが、仕事が片付かなくて断念。
それでも、明後日には帰ってくる。
「ハロー」
声をかけられて顔を上げる。
立っていた金髪の女性は私に許可など取らず、勝手に前に座った。
「偶然ね、こんなところで会うなんて」
にっこりと彼女――ジャニスさんが私に笑いかけるが、それは完全に胡散臭い。
「そう、ですね」
私も引き攣った笑顔を返す。
偶然、ね……。
本当なのかな?
ここは彼女のホテルからも近い。
彼女は店員を呼び、料理を頼んだ。
どうもこのまま、ここに居座るらしい。
なにを話していいのかわからないので、黙々と食べ進める。
早く食べてしまってさっさと店を出るのがたぶん、得策だ。
「ねぇ。
こんな話、知ってる?」
料理が出てくるまでの間に、暇つぶしなのかジャニスさんが私に話しかけてきた。
「ある卑しい女がお金欲しさに、セレブ男性に適当な嘘をついて同情を引いたんですって」
料理を食べる、手が止まる。
黙って彼女の顔を見たら目があった。
にたりといやらしく彼女の顔が歪む。
「同情した彼は女の面倒を見てやり、それでいい気になった女はさらに彼を騙して関係を結ばせた」
テーブルの上に両肘をつき、組んだ手の上に顎をのせて彼女は話し続ける。
「それでまんまと孕んだ女は、子供を盾に彼に結婚を迫った。
突っぱねればいいんでしょうけど、彼は優しい人なので子供のためにも女と結婚」
フォークを握る手に力が入り、食い込んで痛い。
しかしその痛みすら気づかないほど、気持ちがぐらぐらと揺れていた。
「女を愛してもいないし、こんなことになって同情した僕が莫迦だった、って彼は酷く後悔していたわ」
彼女の言葉がナイフになって、ドスッと胸に刺さった気がした。
おかげで息が一瞬、止まる。
悠将さんは陰で、そんなことを言わない人だってわかっている。
それでも動揺しているのは、私の弱さと不安な心のせいだ。
「まあ、誰の話かは言わないけど」
口角をつり上げ、ジャニスさんは勝ち誇った顔を私に向けた。
いろいろな感情がぐるぐると回り、なにも考えられない。
「……ごちそう、さまでした。
じゃあ」
一刻も早くここから立ち去りたくて、まだ途中で食事をやめて腰を浮かせたが。
「待ちなさいよ」
彼女の手が私の手を掴んで引き留める。
「まだ話は終わってないわ。
それ、奢るから最後まで聞いていきなさいよ」
きっとこれは彼女が勝手に言っているだけで、悠将さんの言葉じゃない。
わかっているけれど、気持ちとは裏腹に身体は椅子に座り直した。
「そう、いい子ね」
まるで小さな子供にでも言い聞かせるように彼女が笑う。
まもなく彼女の頼んだ料理が出てきて、食べながらジャニスさんは話を再開した。
「私、今、あるホテルを買収しているの」
ジャニスさんが口にしたのはハイシェランドホテルグループのひとつで、中堅どころだった。
それがなくなったとなれば、悠将さんにはかなりの痛手だろう。
「まあ、慰謝料ってところかしら。
私と悠将は結婚するはずだったわ。
それが、こんなことになっちゃって」
はぁーっとわざとらしく彼女がため息を吐き出す。
「まあ?
子供ができたんなら仕方ないし?
悠将はとても優しいから責任を取らないなんてできないのは知ってるし?
悪いのは悠将を誑かした女じゃない?」
俯いてきつく唇を噛みしめた。
膝の上で拳を力一杯握り込む。
私が悠将さんに迷惑をかけている。
私自身をいくら悪く言われてもいい。
でも、私のせいで彼を不幸にするのは嫌だ。
「ねぇ。
どうしたらいいか、もうわかるわよね?」
なにも答えられなくて、ただ黙っていた。
彼女もそれ以上話さず、黙々と食べている。
「じゃあ、お先ー」
食べ終わった彼女が席を立っても、動けずにそこに座っていた。
私と一緒にいても悠将さんは幸せになれない。
悠将さんを幸せにするのは私じゃなくきっとジャニスさんだ。
なら、私は身を引くべき?
「私が幸せにするって誓ったんだけどな」
それは、私の役目じゃなかった。
一緒にいれば幸せにするどころか不幸にする。
もう、一緒にはいられない。
じっと見つめたテーブルの上にいくつも悠将さんの笑顔がよぎっていく。
出そうな涙を堪え、ただそれを見ていた。
おくるみとかベビー用品を編みたいものあるが、……悠将さんになにか贈りたくて。
しかし彼ならきっと今まで、豪華なプレゼントをもらってきているだろう。
それに私ごときが買うもので太刀打ちできるとは思えない。
なら、手作り。
そんなちゃちなものと言われるかもしれないが、それでも愛情込めて作ったものを贈りたい。
「……一ヶ月ってけっこう長いな」
それだけ時間があれば編みはじめたマフラーを完成させられそうだ。
けれど日本で仕事ができる体勢を整える時間としては短い。
悠将さんって私の前ではいつも笑っているが、その陰で無理をしていそうで心配。
日々は穏やかに過ぎていく。
和家さんが戻ってきたら新居に移って新しい生活がはじまる。
きっと、明るい家庭になるんだろうな。
ううん、悠将さんと生まれてくる子供と三人で、温かい家庭にするんだ。
その日は定期検診で、終わったあとに時間があったからカフェでランチしていた。
「きっと、凄く喜ぶんだろうな」
もらったエコー画像を見てはニヤニヤしてしまう。
経過は順調で、この頃はつわりも落ち着いてきた。
本当は今日の定期検診に悠将さんはついていきたがっていたが、仕事が片付かなくて断念。
それでも、明後日には帰ってくる。
「ハロー」
声をかけられて顔を上げる。
立っていた金髪の女性は私に許可など取らず、勝手に前に座った。
「偶然ね、こんなところで会うなんて」
にっこりと彼女――ジャニスさんが私に笑いかけるが、それは完全に胡散臭い。
「そう、ですね」
私も引き攣った笑顔を返す。
偶然、ね……。
本当なのかな?
ここは彼女のホテルからも近い。
彼女は店員を呼び、料理を頼んだ。
どうもこのまま、ここに居座るらしい。
なにを話していいのかわからないので、黙々と食べ進める。
早く食べてしまってさっさと店を出るのがたぶん、得策だ。
「ねぇ。
こんな話、知ってる?」
料理が出てくるまでの間に、暇つぶしなのかジャニスさんが私に話しかけてきた。
「ある卑しい女がお金欲しさに、セレブ男性に適当な嘘をついて同情を引いたんですって」
料理を食べる、手が止まる。
黙って彼女の顔を見たら目があった。
にたりといやらしく彼女の顔が歪む。
「同情した彼は女の面倒を見てやり、それでいい気になった女はさらに彼を騙して関係を結ばせた」
テーブルの上に両肘をつき、組んだ手の上に顎をのせて彼女は話し続ける。
「それでまんまと孕んだ女は、子供を盾に彼に結婚を迫った。
突っぱねればいいんでしょうけど、彼は優しい人なので子供のためにも女と結婚」
フォークを握る手に力が入り、食い込んで痛い。
しかしその痛みすら気づかないほど、気持ちがぐらぐらと揺れていた。
「女を愛してもいないし、こんなことになって同情した僕が莫迦だった、って彼は酷く後悔していたわ」
彼女の言葉がナイフになって、ドスッと胸に刺さった気がした。
おかげで息が一瞬、止まる。
悠将さんは陰で、そんなことを言わない人だってわかっている。
それでも動揺しているのは、私の弱さと不安な心のせいだ。
「まあ、誰の話かは言わないけど」
口角をつり上げ、ジャニスさんは勝ち誇った顔を私に向けた。
いろいろな感情がぐるぐると回り、なにも考えられない。
「……ごちそう、さまでした。
じゃあ」
一刻も早くここから立ち去りたくて、まだ途中で食事をやめて腰を浮かせたが。
「待ちなさいよ」
彼女の手が私の手を掴んで引き留める。
「まだ話は終わってないわ。
それ、奢るから最後まで聞いていきなさいよ」
きっとこれは彼女が勝手に言っているだけで、悠将さんの言葉じゃない。
わかっているけれど、気持ちとは裏腹に身体は椅子に座り直した。
「そう、いい子ね」
まるで小さな子供にでも言い聞かせるように彼女が笑う。
まもなく彼女の頼んだ料理が出てきて、食べながらジャニスさんは話を再開した。
「私、今、あるホテルを買収しているの」
ジャニスさんが口にしたのはハイシェランドホテルグループのひとつで、中堅どころだった。
それがなくなったとなれば、悠将さんにはかなりの痛手だろう。
「まあ、慰謝料ってところかしら。
私と悠将は結婚するはずだったわ。
それが、こんなことになっちゃって」
はぁーっとわざとらしく彼女がため息を吐き出す。
「まあ?
子供ができたんなら仕方ないし?
悠将はとても優しいから責任を取らないなんてできないのは知ってるし?
悪いのは悠将を誑かした女じゃない?」
俯いてきつく唇を噛みしめた。
膝の上で拳を力一杯握り込む。
私が悠将さんに迷惑をかけている。
私自身をいくら悪く言われてもいい。
でも、私のせいで彼を不幸にするのは嫌だ。
「ねぇ。
どうしたらいいか、もうわかるわよね?」
なにも答えられなくて、ただ黙っていた。
彼女もそれ以上話さず、黙々と食べている。
「じゃあ、お先ー」
食べ終わった彼女が席を立っても、動けずにそこに座っていた。
私と一緒にいても悠将さんは幸せになれない。
悠将さんを幸せにするのは私じゃなくきっとジャニスさんだ。
なら、私は身を引くべき?
「私が幸せにするって誓ったんだけどな」
それは、私の役目じゃなかった。
一緒にいれば幸せにするどころか不幸にする。
もう、一緒にはいられない。
じっと見つめたテーブルの上にいくつも悠将さんの笑顔がよぎっていく。
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