捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
18 / 29
第三章 幸せにすると誓います

3-5

しおりを挟む
入籍は月曜に母が戸籍を取りに行って送ってくれるというので、それが届き次第することになった。

配慮が必要な身体なんだから、妊娠を早く会社に報告すること。
それに産休の予定を会社も立てないといけないから、必要なのはわかるね?
……と和家さんに半ば説得され、仕事の合間に上司の元へ行く。

「その。
先日、結婚の報告はしたんですが、実は妊娠もしてまして」

「ああ、妊娠。
それはおめでとうございます。
……え、妊娠?」

にこやかにお祝いを言ってくれた課長だが、時間差で聞かされた内容に気づいたらしく、聞き返してきた。

「はい。
和家CEOの子供を身籠もりましたので、結婚することになりました」

「あ、そう、なん、だ。
おめでとう。
今後のことについては近いうちにあらためて相談……で、いい、かな?」

課長はうまく状況が把握できていないらしく、視線は定まらないし、言葉も切れ切れになっているが、仕方ないよね。

「はい、それで大丈夫です。
よろしくお願いします」

頭を下げて自分の席へ戻る。
あとは会社の出方を待つだけだ。
和家さんと私が親しい関係みたいだ、っていうだけで気にするくらいだ。
プライベートな問題に突っ込むのはよくないとあれから思ったのか、結婚報告したときはとりあえずなにも言われなかったが、この先はわからない。

「……ねえ」

「……あれ」

時間が経つにつれ、また私の噂が広がっていく。
今度は、浮気して他の男と子供を作ったのがバレて、ハワイで離婚した女と最悪度がランクアップした。
さらに、そんな悪女に騙されて結婚させられる和家CEOは可哀想、というのまでついている。

「……いちいち説明するの、面倒くさい」

いっそ、サンドイッチマンみたいに、旦那になるはずだった人と別れたのが先で、和家さんと知り合ったのはそのあとです、とか書いた看板を背負っておきたいくらいだ。
もっとも、説明したところで周りは面白がっていて、信じる気はまったくないみたいだが。

終業時間が近づいてきた頃、社内が騒がしくなった。
少しして、今日はもういいので片付けて社長室へ行くように言われた。
わけがわからぬまま、命じられたままに社長室へ行く。

「李依ー」

「へ?」

ドアを開けた途端ににこにこ笑って手を振る和家さんが見えて、変な声が漏れた。

「あの、社長がお呼びだと聞いたのですが」

「呼んだのは僕」

ここに座れと和家さんが隣をぺしぺし叩く。
どうしていいかわからずに社長を見ると黙って頷かれたので、そこへ腰を下ろした。

「御社の社員と結婚させていただきますので、よろしくお願いしますって挨拶に来たんだ」

和家さんは楽しそうだが、社長の笑顔は引き攣っている。
遥か年下とはいえ、相手は足下にも及ばない大会社のCEOと、社長も反応に困っているのだろう。

「きちんと、僕と李依の関係を説明しておいたから。
ですよね、社長?」

「ええ、はい」

笑いかける和家さんへ、曖昧に笑って社長が答える。
これってもしかして、釘を刺しに来たのかな……?
社内で事実に反する噂を立てるのなら、ただじゃおかないぞって。
そんなの……。

「なにかとご迷惑をおかけするかと思いますが、これからも僕の妻をよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします!」

真摯に彼が社長に向かって頭を下げ、私も慌ててそれに倣った。

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

それに普通に頭を下げ返した社長は、さすがだ。

話も終わり、終業時間間際だったのでそのまま和家さんに連れられて帰る。

「……わざわざ説明になんてこなくても、私ひとりで大丈夫だったのに」

車の中でつい、口をついて不満が出ていた。

「んー?
たまたま近くに来たから寄っただけだ。
わざわざ来たわけじゃない」

しれっと和家さんは言っているが、そんなはずはないと思う。

「こういうのは二度と、しないでくださいね!」

「こわい、こわい」

私は怒っているというのに和家さんはおかしそうにくすくす笑っていて、さらに腹が立ってきた。

「……別に李依が頼りないとか思っているわけじゃない」

ひとしきり笑い終わったのか、和家さんが真顔になった。

「でも、僕にできることはしたいんだ。
それもダメか」

和家さんが眼鏡の奥から真っ直ぐに私を見ている。
この人はただ、私を心配してくれているだけ。
それにその気遣いが嬉しくないかと言えば嘘だ。

「……いえ。
その。
……ありがとう、ございました」

急に怒っていた自分が恥ずかしくなった。
和家さんは私を思ってくれているのに、文句とか言って何様だ、私は。

「うん。
僕も李依に相談してからすればよかったな。
すまない」

「あ、いえ。
そんな」

赤くなっているであろう頬に気づかれたくなくて、俯いた。
まさか、こんなことで詫びてくれるなんて思わない。

「嬉しかった、ので」

いいのかな、彼にとって私は子供ができてしまったから結婚するだけの相手なのに、こんなに想われていて。
嬉しいけれど、いつか本当に好きな人ができて捨てられるんじゃないかって、怖い……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...