15 / 29
第三章 幸せにすると誓います
3-2
しおりを挟む
ホテルに帰り、夕食は部屋に取ってくれた。
「あの、取っていただいたのに申し訳ないのですが、食べられる気がまったくしないので……」
「いいから」
肩を押されて渋々椅子に座る。
和家さん側にはパスタやなにかが並んでいるが、私のほうにはスープと、トマトのサラダらしきものが置いてあるだけだった。
さらに。
「……においが」
冷めているのかあまりにおわない。
それだけではなくこんな料理だとしそうなにんにくやなんかのにおいもなかった。
「李依に合わせてもらった。
これなら大丈夫か?」
少し心配そうに和家さんが私の顔をうかがう。
「そうですね、いまのところは大丈夫です。
でも、申し訳ないです……」
私のために冷めた料理を食べさせるとか。
「李依のためだったらなんだってするからいいんだ」
和家さんは笑っているが、私としては大変心苦しいです……。
「さて、食べようか」
「……そう、ですね」
そこまで彼が気を遣ってくれたものの、食べられるかどうかはかなり怪しい。
この頃は食べたら吐くのが怖くて、口に入れるのが怖いというのもある。
「つわりでも食べられそうなものをリサーチして作ってもらったんだ。
少しでいいから食べてみないか?」
迷っている私に和家さんが勧めてくる。
「じゃ、じゃあ、少しだけ……」
スープなら少しは飲めそうな気がしないでもない。
トマトのサラダも美味しそうに見えた。
それに和家さんの気持ちが嬉しい。
「……いただき、ます」
おそるおそるトマトのサラダを口に運ぶ。
「……美味しい」
意外とさらっと、飲み込めた。
ひさしぶりの固形物に身体が喜んでいるのがわかる。
「凄く、美味しい、です」
手が止まらず、ぱくぱくとサラダを食べ進める。
こんなに食べられるのって、いつぶりだろう?
「……お代わり欲しい、かも」
あっというまに完食した。
それでもまだいけそう。
「そうか、そんなにか」
眼鏡の奥で目尻を下げ、和家さんが嬉しそうに笑う。
その顔に――胸がきゅんと甘い音を立てた。
「あ、えっと」
「なら、作ってもらうか?」
「いえ、そこまでは」
どきどきと心臓が速く鼓動する。
熱い顔で視線を逸らし、俯いた。
どうしてこの人は私に、こんな顔を向けるんだろう。
こんなの、好きになっちゃう。
いや、もうすぐ旦那様になるんだし、好きになっていいのか。
食事のあとは今後の相談をした。
「両親に連絡ついて、明日、大丈夫だそうです」
「わかった」
明日は土曜で私が休みなので、両親に挨拶へ行こうと言われていた。
予定だけ確認して紹介したい人がいるから、と、あとは既読スルーしているのできっと今頃ヤキモキしているだろうが……ごめん。
前の彼と別れたばかりなのにでき婚だとか言いづらい。
「それで。
李依はいつまで仕事を続けるんだ?」
……きた。
和家さんとしてはそこが気になるところだろう。
「あの。
仕事を続けてはダメでしょうか」
レンズの向こうと視線を合わせ、真っ直ぐに彼を見る。
結婚渡米の予定がなくなったのなら、仕事は続けたい。
「李依はそんなに、今の仕事を続けたいんだ?」
「はい」
「じゃあ、どうして続けたいのか、僕が納得できるように説明して」
和家さんはいつもの甘い顔とは違い、少し怖い顔をしている。
もしかしてこれが、経営者としての彼の顔なのかな……?
「それは……」
口を開いたものの、なにも出てこない。
今の会社は好きだが、生涯を捧げるほどではない。
あるとすれば経理部配属が決まって通った専門学校が、もったいなかったかなというくらいだ。
しかし。
「……仕事を辞めて専業主婦になり、ただ和家さんに養われるのは嫌です。
自分のお金くらい、自分で稼ぎたい。
そうじゃないともしなにかあったときに困りますから」
……和家さんに捨てられたときとか。
この結婚は子供ができたから仕方なくという以外、理由がない。
だから余計に今は私を可愛がっている和家さんだって別れた彼のように、急に心変わりしないとは言えなくて不安だった。
「ん、わかった」
しかし彼の言葉は重く、反対されるのかと身がまえる。
「李依のそういう姿勢、いいと思う。
でも李依は今、妊娠している。
食事もまともに取れていない。
だからしばらくはお休みしてもいいんじゃないかな」
彼の言うことはもっともだ。
まだ会社ではバレていないが、仕事がつらいときもある。
それにどんなに頑張っても出産前後は休みを取らなければならない。
なら、……一旦辞めるものあり?
でも、それって。
「……それは逃げるみたいで嫌です」
私はあんな噂を立てられたくらいで、会社を逃げだしたくない。
それって、その話は本当ですって認めるも同じだ。
それじゃなくても和家CEOは人妻を誑かす最低男、という噂も流れている。
私だけならいいが、和家さんにまで嫌な思いをさせたくない。
「……今からさらに、つらい思いをするのに?」
眼鏡の奥から私を見つめる彼は、あきらかに私を心配している。
会社での状況を知っている……というよりも、少し考えればわかるか。
「それでも、です。
逃げだすのは嫌」
「わかった」
伸びてきた手がぎゅっと私を抱き締める。
「でも無理はするな。
少しでもダメだと思ったらすぐに言え」
「はい」
和家さんは優しい。
私は本当にこんな優しい人に、縋ってもいいのかな……?
「あの、取っていただいたのに申し訳ないのですが、食べられる気がまったくしないので……」
「いいから」
肩を押されて渋々椅子に座る。
和家さん側にはパスタやなにかが並んでいるが、私のほうにはスープと、トマトのサラダらしきものが置いてあるだけだった。
さらに。
「……においが」
冷めているのかあまりにおわない。
それだけではなくこんな料理だとしそうなにんにくやなんかのにおいもなかった。
「李依に合わせてもらった。
これなら大丈夫か?」
少し心配そうに和家さんが私の顔をうかがう。
「そうですね、いまのところは大丈夫です。
でも、申し訳ないです……」
私のために冷めた料理を食べさせるとか。
「李依のためだったらなんだってするからいいんだ」
和家さんは笑っているが、私としては大変心苦しいです……。
「さて、食べようか」
「……そう、ですね」
そこまで彼が気を遣ってくれたものの、食べられるかどうかはかなり怪しい。
この頃は食べたら吐くのが怖くて、口に入れるのが怖いというのもある。
「つわりでも食べられそうなものをリサーチして作ってもらったんだ。
少しでいいから食べてみないか?」
迷っている私に和家さんが勧めてくる。
「じゃ、じゃあ、少しだけ……」
スープなら少しは飲めそうな気がしないでもない。
トマトのサラダも美味しそうに見えた。
それに和家さんの気持ちが嬉しい。
「……いただき、ます」
おそるおそるトマトのサラダを口に運ぶ。
「……美味しい」
意外とさらっと、飲み込めた。
ひさしぶりの固形物に身体が喜んでいるのがわかる。
「凄く、美味しい、です」
手が止まらず、ぱくぱくとサラダを食べ進める。
こんなに食べられるのって、いつぶりだろう?
「……お代わり欲しい、かも」
あっというまに完食した。
それでもまだいけそう。
「そうか、そんなにか」
眼鏡の奥で目尻を下げ、和家さんが嬉しそうに笑う。
その顔に――胸がきゅんと甘い音を立てた。
「あ、えっと」
「なら、作ってもらうか?」
「いえ、そこまでは」
どきどきと心臓が速く鼓動する。
熱い顔で視線を逸らし、俯いた。
どうしてこの人は私に、こんな顔を向けるんだろう。
こんなの、好きになっちゃう。
いや、もうすぐ旦那様になるんだし、好きになっていいのか。
食事のあとは今後の相談をした。
「両親に連絡ついて、明日、大丈夫だそうです」
「わかった」
明日は土曜で私が休みなので、両親に挨拶へ行こうと言われていた。
予定だけ確認して紹介したい人がいるから、と、あとは既読スルーしているのできっと今頃ヤキモキしているだろうが……ごめん。
前の彼と別れたばかりなのにでき婚だとか言いづらい。
「それで。
李依はいつまで仕事を続けるんだ?」
……きた。
和家さんとしてはそこが気になるところだろう。
「あの。
仕事を続けてはダメでしょうか」
レンズの向こうと視線を合わせ、真っ直ぐに彼を見る。
結婚渡米の予定がなくなったのなら、仕事は続けたい。
「李依はそんなに、今の仕事を続けたいんだ?」
「はい」
「じゃあ、どうして続けたいのか、僕が納得できるように説明して」
和家さんはいつもの甘い顔とは違い、少し怖い顔をしている。
もしかしてこれが、経営者としての彼の顔なのかな……?
「それは……」
口を開いたものの、なにも出てこない。
今の会社は好きだが、生涯を捧げるほどではない。
あるとすれば経理部配属が決まって通った専門学校が、もったいなかったかなというくらいだ。
しかし。
「……仕事を辞めて専業主婦になり、ただ和家さんに養われるのは嫌です。
自分のお金くらい、自分で稼ぎたい。
そうじゃないともしなにかあったときに困りますから」
……和家さんに捨てられたときとか。
この結婚は子供ができたから仕方なくという以外、理由がない。
だから余計に今は私を可愛がっている和家さんだって別れた彼のように、急に心変わりしないとは言えなくて不安だった。
「ん、わかった」
しかし彼の言葉は重く、反対されるのかと身がまえる。
「李依のそういう姿勢、いいと思う。
でも李依は今、妊娠している。
食事もまともに取れていない。
だからしばらくはお休みしてもいいんじゃないかな」
彼の言うことはもっともだ。
まだ会社ではバレていないが、仕事がつらいときもある。
それにどんなに頑張っても出産前後は休みを取らなければならない。
なら、……一旦辞めるものあり?
でも、それって。
「……それは逃げるみたいで嫌です」
私はあんな噂を立てられたくらいで、会社を逃げだしたくない。
それって、その話は本当ですって認めるも同じだ。
それじゃなくても和家CEOは人妻を誑かす最低男、という噂も流れている。
私だけならいいが、和家さんにまで嫌な思いをさせたくない。
「……今からさらに、つらい思いをするのに?」
眼鏡の奥から私を見つめる彼は、あきらかに私を心配している。
会社での状況を知っている……というよりも、少し考えればわかるか。
「それでも、です。
逃げだすのは嫌」
「わかった」
伸びてきた手がぎゅっと私を抱き締める。
「でも無理はするな。
少しでもダメだと思ったらすぐに言え」
「はい」
和家さんは優しい。
私は本当にこんな優しい人に、縋ってもいいのかな……?
24
お気に入りに追加
606
あなたにおすすめの小説
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる