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第二章 責任を取ってもらおうだなんて思っていません
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――そして、当日。
「李依、ひさしぶりだな!」
「へっ?」
リムジンから降りてきた男にいきなり抱きつかれ、変な声が漏れた。
一緒にお出迎えしていた上役たちも思わぬ展開に固まっている。
「……どうして、和家さんがここに?」
「僕がハイシェランドホテルのCEOだからだが?」
辺りを見渡したが秘書らしき男性がいるだけで、他にCEOらしき人はいない。
和家さんが、あのハイシェランドホテルのCEO?
ただの偶然じゃなくて?
「というか気づかないなんて李依、間抜けすぎないか?」
彼が中に入るように促すので、一緒に会社に入る。
私がハワイで泊まっていたのはハイシェランドホテルで。
和家さんがそこのCEOなら、スイートがタダの意味も、部屋に勝手に入っていたのも説明がつく。
「それはそうですが……」
自分でもどうして気づかなかったのか不思議だ。
彼の言うとおり間抜けすぎて笑える。
「さて。
今日は李依ご自慢の枕を見せてもらおうかな」
にこにこと笑いながら私の腰を抱くようにして進んでいく和家さんの後ろを、困惑顔で上役たちがついてくる。
「自慢の枕……?」
と少し考えて、和家さんに、枕はうちの会社のものが最高です、なんて熱く語ったのを思い出した。
しかし、そんな理由だけでわざわざ来たんだろうか。
「ああ。
僕のホテルに置くものは一流のものを揃えたい。
今のよりもよりよいものがあるというのなら、確認しなくてはな」
真面目に和家さんが頷く。
彼のそういう姿勢は尊敬できた。
「へえ、これが李依自慢の枕か」
展示室で枕を受け取り、和家さんは手触りとか確かめている。
「……初見さんは和家CEOとどういう知り合いなんだ?」
「……ええっと……」
ベッドに寝転び、枕を試している和家さんの傍で、こそこそと営業部長が話しかけてくる。
まさか、ハワイでお世話になって一夜を共にした仲です、なんて言えない。
「ちょっと、お世話になった方です」
曖昧に笑って言葉を濁す。
しかし。
「どこで知り合ったんだ?
随分親しそうだが」
営業部長の追撃の手は緩まない。
周りの上役たちも聞き耳を立てていた。
当の和家さんはといえば……あれ、まさか寝てないよね?
確かにあの枕は秒で寝落ちさせる危険な枕だけれど。
「その……」
彼らの疑問もわかる。
和家さんの私に対する態度はちょっとお世話になった程度の関係ではなく、もっと親しげだ。
まるで、恋人かのように。
それ自体はハワイにいたときからそうだったので私としては違和感はないが、知らない彼らからすれば気になって仕方ないだろう。
「……はっ。
すまない、本気で眠ってしまうところだった」
どう説明するべきか困っていたら、ようやく和家さんが起き上がった。
「李依の言うとおり、これは最高の枕ですね。
この布団も軽くて温かくて申し分ない。
おかげで、こんなところなのについうっかり眠ってしまうところでした」
「ご満足いただけたようで嬉しいです」
営業部長がずいっと一歩前に出て和家さんに答える。
あとは仕様や価格について話す彼らを黙って見ていた。
「とりあえずサンプルと私個人用に一セットずつ、買わせていただきます。
私は気に入ったけれど担当者たちとの協議は必要ですから」
「はいっ、ありがとうございます!」
バタバタと控えていた社員たちが商品や伝票の準備をはじめる。
私はといえば、そのまま和家さんと共に社長室へ連行された。
「和家CEOはどこで弊社の寝具をお知りになったんでしょうか」
座るのは社長の隣……ではなく、強制的に和家さんの隣に座らされた。
社長もそれに対して、なにも言う気はないらしい。
「李依が――初見さんから、枕はうちの会社のものが世界一です、と熱く推していたもので」
言い直して和家さんはコーヒーカップを口に運んだが、もういまさらだと思う。
「そうですか。
その、失礼ながら、和家CEOは我が社の初見とどのようなご関係なのですか」
とうとう直球で社長の口から疑問が飛び出した。
「ちょっとした知り合いです」
などと和家さんは答えているが、それで納得してもらえるとでも思っているんだろうか。
「ああ、そうなんですか。
ちょっとした知り合いですか」
しかし社長も年下とはいえ世界的大企業のCEOが相手となれば、それ以上プライベートにはツッコむ気はないらしい。
「はい、そうなんです」
和家さんもにこにこと笑ってはいたが、それ以上の追求を許さない空気を醸し出していた。
商品の準備ができるまで、当たり障りのない世間話をしている社長と和家さんの横で、笑顔を貼り付けてその話を聞く。
ようやく準備が整い、和家さんは腰を上げた。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。
よいお返事、お待ちしております」
上役たちと一緒に和家さんを見送る。
せっかくの再会だが、子供の話を彼にする気はなかった。
これは私が彼にそれを許した不始末。
和家さんに責任はない。
それに……こんなセレブの相手に、私みたいな人間は釣りあわない。
「李依」
車に乗ろうとしていた彼が振り返り、一歩私のほうへ足を踏み出す。
「……あとでここに連絡をくれ」
耳もとで囁き、小さな紙を握らされた。
受け取ったそれを、ぎゅっと手の中に握り込む。
「それでは」
あらためて頭を下げ、今度こそ和家さんは帰っていった。
「……で。
初見さんと和家CEOはどういう関係なんだ?」
和家さんの車が見えなくなった途端、上役たちに取り囲まれた。
……ですよねー。
一社員があの大ホテルのCEOと知り合いとなれば、いろいろ気になるに決まっている。
「あのー、えっと。
私が新婚旅行先のハワイまで行って挙式目前の彼と別れた話はすでにお聞き及びでしょうか」
社内で私はハワイ離婚した女とちょっとした有名人だ。
……こんなことで有名になってもまったく嬉しくないが。
なので上役たちの耳に入っていてもおかしくない。
「ああ、あれは君のことだったのか」
そうだろうなとわかっていても、社長が頷き複雑な気分になった。
「はい。
それでホテルも追い出されて途方に暮れていた私を、助けてくれたのが和家……CEOでした。
それだけの関係です」
「そうか、わかった。
それは災難だったな」
皆さん納得してくだり、とりあえず今は乗り切った。
しかし……妊娠がわかってお腹の子の父親を追求されたらどうしよう……。
「李依、ひさしぶりだな!」
「へっ?」
リムジンから降りてきた男にいきなり抱きつかれ、変な声が漏れた。
一緒にお出迎えしていた上役たちも思わぬ展開に固まっている。
「……どうして、和家さんがここに?」
「僕がハイシェランドホテルのCEOだからだが?」
辺りを見渡したが秘書らしき男性がいるだけで、他にCEOらしき人はいない。
和家さんが、あのハイシェランドホテルのCEO?
ただの偶然じゃなくて?
「というか気づかないなんて李依、間抜けすぎないか?」
彼が中に入るように促すので、一緒に会社に入る。
私がハワイで泊まっていたのはハイシェランドホテルで。
和家さんがそこのCEOなら、スイートがタダの意味も、部屋に勝手に入っていたのも説明がつく。
「それはそうですが……」
自分でもどうして気づかなかったのか不思議だ。
彼の言うとおり間抜けすぎて笑える。
「さて。
今日は李依ご自慢の枕を見せてもらおうかな」
にこにこと笑いながら私の腰を抱くようにして進んでいく和家さんの後ろを、困惑顔で上役たちがついてくる。
「自慢の枕……?」
と少し考えて、和家さんに、枕はうちの会社のものが最高です、なんて熱く語ったのを思い出した。
しかし、そんな理由だけでわざわざ来たんだろうか。
「ああ。
僕のホテルに置くものは一流のものを揃えたい。
今のよりもよりよいものがあるというのなら、確認しなくてはな」
真面目に和家さんが頷く。
彼のそういう姿勢は尊敬できた。
「へえ、これが李依自慢の枕か」
展示室で枕を受け取り、和家さんは手触りとか確かめている。
「……初見さんは和家CEOとどういう知り合いなんだ?」
「……ええっと……」
ベッドに寝転び、枕を試している和家さんの傍で、こそこそと営業部長が話しかけてくる。
まさか、ハワイでお世話になって一夜を共にした仲です、なんて言えない。
「ちょっと、お世話になった方です」
曖昧に笑って言葉を濁す。
しかし。
「どこで知り合ったんだ?
随分親しそうだが」
営業部長の追撃の手は緩まない。
周りの上役たちも聞き耳を立てていた。
当の和家さんはといえば……あれ、まさか寝てないよね?
確かにあの枕は秒で寝落ちさせる危険な枕だけれど。
「その……」
彼らの疑問もわかる。
和家さんの私に対する態度はちょっとお世話になった程度の関係ではなく、もっと親しげだ。
まるで、恋人かのように。
それ自体はハワイにいたときからそうだったので私としては違和感はないが、知らない彼らからすれば気になって仕方ないだろう。
「……はっ。
すまない、本気で眠ってしまうところだった」
どう説明するべきか困っていたら、ようやく和家さんが起き上がった。
「李依の言うとおり、これは最高の枕ですね。
この布団も軽くて温かくて申し分ない。
おかげで、こんなところなのについうっかり眠ってしまうところでした」
「ご満足いただけたようで嬉しいです」
営業部長がずいっと一歩前に出て和家さんに答える。
あとは仕様や価格について話す彼らを黙って見ていた。
「とりあえずサンプルと私個人用に一セットずつ、買わせていただきます。
私は気に入ったけれど担当者たちとの協議は必要ですから」
「はいっ、ありがとうございます!」
バタバタと控えていた社員たちが商品や伝票の準備をはじめる。
私はといえば、そのまま和家さんと共に社長室へ連行された。
「和家CEOはどこで弊社の寝具をお知りになったんでしょうか」
座るのは社長の隣……ではなく、強制的に和家さんの隣に座らされた。
社長もそれに対して、なにも言う気はないらしい。
「李依が――初見さんから、枕はうちの会社のものが世界一です、と熱く推していたもので」
言い直して和家さんはコーヒーカップを口に運んだが、もういまさらだと思う。
「そうですか。
その、失礼ながら、和家CEOは我が社の初見とどのようなご関係なのですか」
とうとう直球で社長の口から疑問が飛び出した。
「ちょっとした知り合いです」
などと和家さんは答えているが、それで納得してもらえるとでも思っているんだろうか。
「ああ、そうなんですか。
ちょっとした知り合いですか」
しかし社長も年下とはいえ世界的大企業のCEOが相手となれば、それ以上プライベートにはツッコむ気はないらしい。
「はい、そうなんです」
和家さんもにこにこと笑ってはいたが、それ以上の追求を許さない空気を醸し出していた。
商品の準備ができるまで、当たり障りのない世間話をしている社長と和家さんの横で、笑顔を貼り付けてその話を聞く。
ようやく準備が整い、和家さんは腰を上げた。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。
よいお返事、お待ちしております」
上役たちと一緒に和家さんを見送る。
せっかくの再会だが、子供の話を彼にする気はなかった。
これは私が彼にそれを許した不始末。
和家さんに責任はない。
それに……こんなセレブの相手に、私みたいな人間は釣りあわない。
「李依」
車に乗ろうとしていた彼が振り返り、一歩私のほうへ足を踏み出す。
「……あとでここに連絡をくれ」
耳もとで囁き、小さな紙を握らされた。
受け取ったそれを、ぎゅっと手の中に握り込む。
「それでは」
あらためて頭を下げ、今度こそ和家さんは帰っていった。
「……で。
初見さんと和家CEOはどういう関係なんだ?」
和家さんの車が見えなくなった途端、上役たちに取り囲まれた。
……ですよねー。
一社員があの大ホテルのCEOと知り合いとなれば、いろいろ気になるに決まっている。
「あのー、えっと。
私が新婚旅行先のハワイまで行って挙式目前の彼と別れた話はすでにお聞き及びでしょうか」
社内で私はハワイ離婚した女とちょっとした有名人だ。
……こんなことで有名になってもまったく嬉しくないが。
なので上役たちの耳に入っていてもおかしくない。
「ああ、あれは君のことだったのか」
そうだろうなとわかっていても、社長が頷き複雑な気分になった。
「はい。
それでホテルも追い出されて途方に暮れていた私を、助けてくれたのが和家……CEOでした。
それだけの関係です」
「そうか、わかった。
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