捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第一章 挙式予定のハワイまできて式目前で彼と別れました

2-6

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「おはよう、李依」

次の日も起きたら、リビングで和家さんが新聞を読んでいた。
それになにか言っても無駄なので、ちらっとだけ見て洗面所へと足を向ける。

「なんだ、ぐっすり眠れなかったのか?
もしかして枕でも合わないのか?」

冗談めかして彼がくすくす笑う。
それになにかがプチンと切れた。

「そうですよ!
うちの枕に比べたらここの枕、最悪なんですから!」

「……は?」

予想外の反応だったのか、和家さんが笑いを止めて私の顔をまじまじと見る。
しかしかまわずに、私はさらに続けた。

「それなりの枕を使っているんでしょうが、うちの会社の枕の足下にも及びませんね。
我が社の枕は頭を包み込むように柔らかく、どの方向を向いても首に負担をかけない設計なんです。
あの枕を知ったら、他の枕では眠れません。
ただ、弱小会社なのであまり世に知られていないのが大変惜しいところです……が」

一気に捲したてたところで自分のやらかしたことに気づき、みるみる顔が熱くなっていく。
ううっ、今すぐ寝室に戻ってベッドに潜り込んで隠れたい。

「そんなに違うのか?」

大爆笑されるか激怒されるかどちらかを想像していたのに、和家さんは至極真面目に聞いてきて反応に困る。

「そう、ですね。
真剣に今回の旅行、枕を持っていこうか考えたくらいです」

さすがにそれは諦めたが、それくらい一度あの枕を知ると離れられないのだ。

「ふーん、一考の余地あり、だな」

彼は考え込んでいるが、自分用に欲しくなったんだろうか。
なら、紹介するのもやぶさかではない。

今日は身支度を済ませたあと、朝食を食べてラグジュアリーなスパに連れていかれた。
翌日はホテルのプールで高級ガバナを貸し切り、シャンパンを傾ける。
最後の夜は……。

「綺麗です……!」

私の視線の先では、水平線に太陽が沈んでいっている。
豪華なクルーズ船を貸し切ってのクルージング。
船にはスタッフ以外、和家さんと私しかいない。

「李依のほうが綺麗だけどな」

さりげなく和家さんが私の肩を抱き寄せる。

「そういう台詞はもう、お腹いっぱいです」

笑いながらそっとその腕の中から抜け出した。
彼はなにかと私を、可愛い、綺麗だと言う。
別れたあの人からも言われたことがない台詞を言われ最初こそ照れていたが、あまりに言われすぎて慣れてしまった。
きっと彼は女性と見れば、そういう台詞が勝手に口から出てくる人なんだろう。

「そうか?
李依は可愛いからいくら言っても言い足りない」

しれっと言って和家さんが離れる。

「日が暮れて冷えてきたな」

「ありがとうございます」

彼が私に上着をかけてくれた。
それに素直にお礼を言う。
和家さんはなにかと迫ってくる以外は、紳士的でとても優しい。

船は進路を変え、港へと戻っていく。
今度は目の前にワイキキの夜景が広がった。

「そろそろだ」

和家さんの声を合図にしたかのように、花火が上がりだす。

「凄く素敵……!」

「喜んでくれたんならよかった」

毎日和家さんが私の相手をしてくれたおかげで、あの人のことはほとんど思い出さずに済んだ。
それに、こんな素敵な思い出まで。

「その。
……ありがとうございます」

彼に出会わなければきっと、ハワイは私にとって最悪の地になっていただろう。
でも今は、機会があったらあらためて来たいと思える。

「礼なんていい。
僕はただ、李依を心から笑わせたかっただけだ」

人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げた和家さんが、私から視線を逸らす。
最初は、神様はとことん私を見放したんだと思ったが、今なら彼に出会わせてくれて感謝したいくらいだ。

港に着き、和家さんはいつもと同じくホテルまで私を送ってくれた。

「いよいよ明日、帰るんだな」

「そう、ですね」

到着したその日はすぐにでも帰りたかったのに、今ではもっとここにいたいなんて考えているのはなんでだろう。
ああ、あれかな。
帰って親や周りにハワイで結婚直前だった彼と別れたなんて説明するのが億劫だからかな。

「朝食を食べたあと、空港まで送っていく。
最後だからって夜更かしせずに、早く寝ろよ」

もう明日にはお別れだっていうのに、和家さんは意外とあっさりしていた。

「あの」

「うん」

「……本当に、帰るんですか?」

出ていこうと彼の、シャツの裾を掴む。
顔は見られなくて俯いた。
これが、なにを意味するのかなんてわかっている。

「帰らなくて、いいのか」

ぼそりと落とされた言葉は今までと違い、酷く重い。

「……はい。
和家さんで上書きして、あの人との思い出をここに置いていかせて」

私から出て声は酷く小さいうえに震えていた。

「後悔、しないか」

「あの人を忘れられるなら、しません」

「わかった」

振り返った彼が、私を抱き締める。

「李依の中からアイツを追い出して、僕でいっぱいにしてやる」

頬に手が触れ、見上げるとレンズ越しに目があった。
顔が近づいてきて目を閉じてすぐに、私の唇に彼の唇が触れた。

……和家さんになら抱かれていい。

それでも、心の内に感じるこの気持ちには気づかないフリをした。
まだ私の左手薬指には未練の印が嵌まっている。
これを外せないうちは、次の恋になんて踏み出せない。

シャワーを浴びたあと、和家さんからベッドに押し倒された。

「なにも考えずに、僕に溺れればいい」

和家さんの唇が重なり、私を貪っていく。
彼に身を任せ、そして――。

「李依」

優しく落とされ続ける口付けが心地よくて、何度も絶頂を味わわされて疲れ切っている身体は、次第に眠りへと落ちていく。

「今は……けど。
……頃に……行く。
だから……くれ」

和家さんがなにか話しているが、眠すぎてところどころしか聞こえなかった。
聞き返そうにももう身体は言うことを聞かない。
そのまま意識は帳の向こうに閉ざされた。
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