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長年の疑問
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――人魚の肉は哺乳類のそれなのか、それとも魚類なのか。
それは僕の、長年の疑問だった。
あの上半身の見た目ならば哺乳類だが、下半身は魚なのだ。
それもイルカやクジラのようにつるりとした肌ならば哺乳類だと思われるが、鱗が生えている。
もう、完全に魚。
だいたい、哺乳類と魚が両立するのか、そこからすでに疑問だ。
まあ、ヤツがどういう種類に分けられようとそれはどうでもいい。
僕にとってアレは、肉の味がするのか魚の味がするのかが長年の疑問だった。
「……で」
目の前の、ビニールプールへと目を向ける。
そこにはなぜか、人魚が一匹入っていた。
……ん?
一匹と数えるなら、魚なのか?
いやいや、哺乳類でも小型生物は匹だ。
このサイズなら、頭か。
人に似寄りの形状だから、人もありうる。
などというのはやはり、どうでもいい問題で。
人魚はこれからの自分の運命を知らないのか、くりくりとした目で僕を見ている。
栗毛色の巻き髪にグリーンの瞳と、いわゆる西洋型の人魚だ。
日本型は手がないと聞くが、まだお目にはかかっていない。
しかしこれからのことを考えると、そちらのほうが罪悪感が薄くてよかった気がする。
「君。
今から君は食べられるってわかってるのかね?」
「キィィーッ」
僕が問いかけた途端、人魚がどこから出したのか甲高い声で鳴き、思わず耳を塞いでいた。
こんな超音波を発せられたら、僕の鼓膜が破けてしまう。
さっさと口を塞いでしまおう。
準備していた粘着テープを手に人魚へ近づく。
口へテープを貼ろうとしたが。
「いたーっ!」
危険を察したのか、人魚に咬みつかれた。
ギザギザの歯が僕の手に刺さる。
「おい、離せ!」
僕の手を持ってガジガジと歯を立て続ける人魚を引き剥がす。
危うく肉を食いちぎられるところだった。
「ったく。
いったー」
じゃばじゃばと景気よく消毒液を手にかける。
念のために破傷風やら狂犬病やらの予防注射をしておいてよかった。
どんな病気を持っているのかわからないからな。
「くっそー」
人魚はバカにするかのように、キィキィと頭がおかしくなりそうな超音波で笑っている。
それに頭にきて、完全に覚悟が決まった。
「煩いんだよ、人外」
最終手段として置いておいた拳銃を手に、立ち上がる。
自分の失態に気づいたのか、懇願するように人魚が僕を見上げてきたが、そもそもコイツらにはそんな感情はない。
人魚の前に立ち、拳銃をぶっ放した。
「さっさと死ねよ」
苛立ち紛れに全弾ぶち込む。
ビニールプールが破れてプシューッと空気が抜けていき、溢れた水が僕の足を濡らした。
飛び散った血が、僕の眼鏡を汚す。
「さてと」
銃声が消える頃には人魚は息絶えていた。
「手間取らせやがって」
髪を握って引っ張り立たせたが、人魚はぴくともしない。
最初からこうしておけばよかった、見た目に騙されて迷ったりするから怪我をしたりするのだ。
「しっかし、いってーな」
椅子に座って咥えた煙草に火をつけ、しげしげと傷口を観察する。
昔、咬みつかれた犬の咬み痕とはまったく違っていた。
歯のラインに沿って切り取ったかのごとく、丸く線が入っている。
あのギザギザの歯はサメとかと同じような感じなんだろうか。
「とりあえず病院だな、こりゃ」
憂鬱なため息が僕の口から落ちていく。
しかし、医者になんと説明しよう?
病院では女に噛まれたで通し、治療をしてもらった。
まあ、見た目は女だし、間違っていない。
「さー、こっからが大仕事だぞ」
解体しなければ人魚は食べられない。
それがちょっと……いやかなり、面倒だった。
今日のために得た医療知識で、人魚を解体していく。
骨格が人間と違ったらどうしようと思ったが、同じだった。
「なんだこりゃ」
腰から下が魚と同じ骨の作りになっている。
内臓は人間のものと違うようだった。
が、僕は学者ではないのでそんなことはどうでもいい。
味さえ確かめられればいいのだ。
どう調理して食べるか悩んだが、シンプルに焼くことにした。
生は寄生虫とかの危険がある。
念のために切り出した、上半身と下半身の肉に塩こしょうを振る。
上半身は豚や牛のような肉質だ。
下半身も赤身だが、いまいち判断はできない。
まあ、焼けばわかるだろう。
熱したフライパンに油を引き、肉を入れる。
じゅうじゅうという音とともに、美味しそうな匂いが漂いだした。
たとえるなら上等の豚肉を焼く匂いだ。
長時間、人魚と格闘していたせいもあって、お腹が情けなくぐーっと鳴る。
「うまそ」
いそいそと皿にのせた肉をテーブルに置き、キンキンに冷やした白ワインとともに席に着く。
「いっただきまーす」
まずは上半身の肉をぱくり。
脂の甘い味が口の中に広がり、予想どおり上等な豚肉の味だった。
白ワインで脂を流し、二口目を口に運ぶ。
もうこれで延々食べていられそうだが、まだ下半身がある。
「こっちは、と」
肉質は哺乳類のものに近い気がする。
泳ぐのによく動かしているはずだし、マグロの赤身みたいな味なのか?
期待しつつひとくち食べてみた、が。
「なんかいまいち……?」
パサパサしている気がする。
まあ、それは僕の調理方法がマズかったのかもしれない。
旨味もあまり感じられなかった。
食感は……ゴムに近い感じ?
妙に弾力がある。
でも、魚とは違う。
「なんか不思議な生き物だなー」
それでも、もきゅっもゅっと美味しく全部いただいた。
「ごちそうさまでした、と」
最後に勢いよく手をあわせる。
これで僕の長年の疑問は解決した。
ついでに人魚に咬まれた傷も治っていた。
ちなみに人魚は裏ルートで大枚はたいて手に入れたモノだったが、僕の傷が治った実証付きで残りの肉を売ったら、お釣りが出た。
【終】
それは僕の、長年の疑問だった。
あの上半身の見た目ならば哺乳類だが、下半身は魚なのだ。
それもイルカやクジラのようにつるりとした肌ならば哺乳類だと思われるが、鱗が生えている。
もう、完全に魚。
だいたい、哺乳類と魚が両立するのか、そこからすでに疑問だ。
まあ、ヤツがどういう種類に分けられようとそれはどうでもいい。
僕にとってアレは、肉の味がするのか魚の味がするのかが長年の疑問だった。
「……で」
目の前の、ビニールプールへと目を向ける。
そこにはなぜか、人魚が一匹入っていた。
……ん?
一匹と数えるなら、魚なのか?
いやいや、哺乳類でも小型生物は匹だ。
このサイズなら、頭か。
人に似寄りの形状だから、人もありうる。
などというのはやはり、どうでもいい問題で。
人魚はこれからの自分の運命を知らないのか、くりくりとした目で僕を見ている。
栗毛色の巻き髪にグリーンの瞳と、いわゆる西洋型の人魚だ。
日本型は手がないと聞くが、まだお目にはかかっていない。
しかしこれからのことを考えると、そちらのほうが罪悪感が薄くてよかった気がする。
「君。
今から君は食べられるってわかってるのかね?」
「キィィーッ」
僕が問いかけた途端、人魚がどこから出したのか甲高い声で鳴き、思わず耳を塞いでいた。
こんな超音波を発せられたら、僕の鼓膜が破けてしまう。
さっさと口を塞いでしまおう。
準備していた粘着テープを手に人魚へ近づく。
口へテープを貼ろうとしたが。
「いたーっ!」
危険を察したのか、人魚に咬みつかれた。
ギザギザの歯が僕の手に刺さる。
「おい、離せ!」
僕の手を持ってガジガジと歯を立て続ける人魚を引き剥がす。
危うく肉を食いちぎられるところだった。
「ったく。
いったー」
じゃばじゃばと景気よく消毒液を手にかける。
念のために破傷風やら狂犬病やらの予防注射をしておいてよかった。
どんな病気を持っているのかわからないからな。
「くっそー」
人魚はバカにするかのように、キィキィと頭がおかしくなりそうな超音波で笑っている。
それに頭にきて、完全に覚悟が決まった。
「煩いんだよ、人外」
最終手段として置いておいた拳銃を手に、立ち上がる。
自分の失態に気づいたのか、懇願するように人魚が僕を見上げてきたが、そもそもコイツらにはそんな感情はない。
人魚の前に立ち、拳銃をぶっ放した。
「さっさと死ねよ」
苛立ち紛れに全弾ぶち込む。
ビニールプールが破れてプシューッと空気が抜けていき、溢れた水が僕の足を濡らした。
飛び散った血が、僕の眼鏡を汚す。
「さてと」
銃声が消える頃には人魚は息絶えていた。
「手間取らせやがって」
髪を握って引っ張り立たせたが、人魚はぴくともしない。
最初からこうしておけばよかった、見た目に騙されて迷ったりするから怪我をしたりするのだ。
「しっかし、いってーな」
椅子に座って咥えた煙草に火をつけ、しげしげと傷口を観察する。
昔、咬みつかれた犬の咬み痕とはまったく違っていた。
歯のラインに沿って切り取ったかのごとく、丸く線が入っている。
あのギザギザの歯はサメとかと同じような感じなんだろうか。
「とりあえず病院だな、こりゃ」
憂鬱なため息が僕の口から落ちていく。
しかし、医者になんと説明しよう?
病院では女に噛まれたで通し、治療をしてもらった。
まあ、見た目は女だし、間違っていない。
「さー、こっからが大仕事だぞ」
解体しなければ人魚は食べられない。
それがちょっと……いやかなり、面倒だった。
今日のために得た医療知識で、人魚を解体していく。
骨格が人間と違ったらどうしようと思ったが、同じだった。
「なんだこりゃ」
腰から下が魚と同じ骨の作りになっている。
内臓は人間のものと違うようだった。
が、僕は学者ではないのでそんなことはどうでもいい。
味さえ確かめられればいいのだ。
どう調理して食べるか悩んだが、シンプルに焼くことにした。
生は寄生虫とかの危険がある。
念のために切り出した、上半身と下半身の肉に塩こしょうを振る。
上半身は豚や牛のような肉質だ。
下半身も赤身だが、いまいち判断はできない。
まあ、焼けばわかるだろう。
熱したフライパンに油を引き、肉を入れる。
じゅうじゅうという音とともに、美味しそうな匂いが漂いだした。
たとえるなら上等の豚肉を焼く匂いだ。
長時間、人魚と格闘していたせいもあって、お腹が情けなくぐーっと鳴る。
「うまそ」
いそいそと皿にのせた肉をテーブルに置き、キンキンに冷やした白ワインとともに席に着く。
「いっただきまーす」
まずは上半身の肉をぱくり。
脂の甘い味が口の中に広がり、予想どおり上等な豚肉の味だった。
白ワインで脂を流し、二口目を口に運ぶ。
もうこれで延々食べていられそうだが、まだ下半身がある。
「こっちは、と」
肉質は哺乳類のものに近い気がする。
泳ぐのによく動かしているはずだし、マグロの赤身みたいな味なのか?
期待しつつひとくち食べてみた、が。
「なんかいまいち……?」
パサパサしている気がする。
まあ、それは僕の調理方法がマズかったのかもしれない。
旨味もあまり感じられなかった。
食感は……ゴムに近い感じ?
妙に弾力がある。
でも、魚とは違う。
「なんか不思議な生き物だなー」
それでも、もきゅっもゅっと美味しく全部いただいた。
「ごちそうさまでした、と」
最後に勢いよく手をあわせる。
これで僕の長年の疑問は解決した。
ついでに人魚に咬まれた傷も治っていた。
ちなみに人魚は裏ルートで大枚はたいて手に入れたモノだったが、僕の傷が治った実証付きで残りの肉を売ったら、お釣りが出た。
【終】
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