上 下
7 / 12
第2章 私の都合と彼の都合

2-3 お見合い

しおりを挟む
――ピンポーン。

「……んっ……チャイム……」

「無視しとけばいい」

――ピンポーン、ピンポーン……。

「……邪魔するなよな」

私の身体をいじっていた悠生の手が止まる。

……土曜日、朝九時過ぎ。

私の呼吸が整ったころ、戻ってきた悠生の口からは大きなため息。

「……父がきた」

「はいっ!?」

慌てて飛び起きると、悠生はクローゼットの中から、私の服を少し悩んで選び出してくれた。

「ラウンジで待たせてあるから、慌てなくていい。
……わるい。
きっと、沙也加に不快な思いをさせると思う。
傷つけてしまうと思う。
先にこんなことを言ったってなんの足しにもならないが、あやまらせてくれ」

「悠生……?」

後ろから抱きしめられ。
泣きそうな声で、いつもは言わないそんな弱気なことを言われ、不安になる。

「大丈夫、だよ」

精一杯、笑顔を作って振り返る。

……きっと悠生の方がもっともっと、不安なんだから。


初めて会う、悠生の父親。
あんまり悠生と似ていない。

私の顔を見て軽く舌打ちされた。

「彼女には関係のない話だから、帰ってもらいなさい」

「どうせ僕の、縁談の話だろ?
なら彼女に関係大ありだ」

腰を浮かしかけたら、悠生が私の手を掴んだ。
顔見たら黙って頷かれて、座り直す。

「わかっているなら話が早い。
さっさとこの中から、相手を選べ」

「……」

テーブルの上に載せられた、高さ十センチ以上にもなる封筒の束。

……忘れていた、わけではないけれど。

悠生は福岡の大手不動産、下坂不動産の御曹司。
そりゃ、お見合いの話だってあるだろうし。

……相手を親が決めるってことも。

「中身を見るのも嫌で、そのまま送り返したんだけど」

「見るのが面倒なら、適当に抜いた奴でいい。
選べ」

「……この中にはない」

「この中からしか、選べないんだ。
なんなら私が、選んでやろうか?」

……似ていないと思った親子ですが。
ほんとよく、似ています。
その、……冷笑。

「僕の相手は僕が決める。
僕の人生に口出しはさせない」

「育ててもらった恩を忘れよって。
犬以下、だな」

「育てた?
あんな家で?
投資の間違いだろ」

「なんだその口の効き方は」

完全に空気は凍り付いている。
吐く息すら、白く感じる。

すぅーっと父親の視線が私に向かって、思わず座ったまま小さく飛び上がった。

「別におまえが誰と付き合おうとかまわん。
しかし、結婚は別だ」

「沙也加を愛人にしろ、って?
ふざけるな」

「そもそもそんな女のどこがいいんだ?
見た目がちょっといいだけで、利用価値がないどころか、足を引っ張りかねないのに」

「調べたのかよ、沙也加のこと!」

珍しく感情を露わにして怒っている悠生に、父親は薄ら笑っている。

「おまえだって知ってるんだろ、その女のこと」

「調べなくても勝手に耳に入ってくるんだよ!」

……そっか。
悠生、やっぱり知っていたんだ。

知っていて、そのうえで一緒にいてくれて。
自分の会社に来ればいい、って言ってくれて。
そのうえ、私のために怒ってくれて。

もう、それだけで十分だよ。

「……悠生。
別れ、よ?」

……うん。
悠生に迷惑、かけたくないもん。
私なんかのために、悠生まで嫌な思いすることないよ。

……ああ。
私なんか、とか言うと、また悠生は怒るのかな。

「さや、か……?」

信じられないものを見る、そんな悠生の顔。

……でも。

「別れよう?
悠生。
お父さんの言うとおりだよ。
きっと私、悠生に迷惑……かける……から……」

なんだろ?

視界が滲む。
鼻が詰まる。

胸が、苦しい。

「ほら、彼女もそう言っていることだし。
別れ……」

「……沙也加を」

「は?」

「沙也加を泣かせたな!
沙也加を泣かせていいのは僕だけだ!
出て行け!
二度と僕の前に顔を出すな!
勘当でもなんでも好きにすればいい!」

「なにを言ってる!
そんなこと……」

「出て行け!!」

荒っぽい足音と言い争う声は次第に小さくなり、そのうち聞こえなくなった。
ひとりになってようやく、自分が泣いていることに気がついた。

……荷物。
出て、行かないと。

けど、身体は少しだって動かない。

「……沙也加?」

おそるおそるかけられた声に顔を上げると、悠生が立っていた。
私の前に膝をつき、ぎゅっと抱きしめてくる。

「……知ってたん、だね」

「親切面していろいろ言ってくる奴がいるんだ。
僕は頼んでもないのに」

「……そう」

胸に縋りつきかけた手を、だらりと落とす。

……もう私に、その資格は、ない。

「……沙也加。
僕のおもちゃが勝手に、僕から離れるとか許されるとでも思っているのか?」

「……でも」

「僕のことは全部、僕が決める。
沙也加のことだって例外じゃない」

「……けど」

「僕の特別な沙也加の、家族のことくらい、僕が背負ってやる。
だいたいそのつもりで、沙也加に僕の会社で働くことを勧めたのだから」

……震えている、悠生の声。
震えている、悠生の手。

私が、不安にさせた。

私がちゃんと悠生の気持ち考えないで、私がちゃんと、……自分の気持ちに向き合わなかったから。

私は悠生と一緒にいたい。

なのに迷惑をかけるとかかけないとか。
そんなことでぐちぐち悩んで。

素直にちゃんと、悠生に全部話せばよかったんだ。

そのうえで、悠生に選んでもらえば。

「……ごめんな、さい」

「なぜあやまる?」

自分から悠生に抱きついて、その胸に顔をうずめる。

「……嘘、ついたから。
悠生とずっと一緒にいたいのに、別れよう、って。
嘘、ついたから」

「嘘つきは悪い子だ」

「……え?」

急に楽しそうになった悠生の声に、顔を上げると意地悪く笑っていた。

「悪い子にはお仕置きが必要だな」

するり、悠生の手が私の頬を撫でる。
レンズの向こうの、妖しい光を灯した瞳に目は逸らせない。

そして私は――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

○と□~丸い課長と四角い私~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。 会社員。 職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。 水と油。 まあ、そんな感じ。 けれどそんな私たちには秘密があるのです……。 ****** 6話完結。 毎日21時更新。

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

嘘つきは眼鏡のはじまり

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私、花崎ミサは会社では根暗で通ってる。 引っ込み思案で人見知り。 そんな私が自由になれるのは、SNSの中で〝木の花〟を演じているときだけ。 そんな私が最近、気になっているのはSNSで知り合った柊さん。 知的で落ち着いた雰囲気で。 読んでいる本の趣味もあう。 だから、思い切って文フリにお誘いしたのだけど。 当日、待ち合わせ場所にいたのは苦手な同僚にそっくりな人で……。 花崎ミサ 女子会社員 引っ込み思案で人見知り。 自分の演じる、木の花のような女性になりたいと憧れている。 × 星名聖夜 会社員 みんなの人気者 いつもキラキラ星が飛んでいる ミサから見れば〝浮ついたチャラい男〟 × 星名柊人 聖夜の双子の兄 会社員 聖夜とは正反対で、落ち着いた知的な雰囲気 双子でも、こんなに違うものなんですね……。

社内恋愛~○と□~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
一年越しの片想いが実り、俺は彼女と付き合い始めたのだけれど。 彼女はなぜか、付き合っていることを秘密にしたがる。 別に社内恋愛は禁止じゃないし、話していいと思うんだが。 それに最近、可愛くなった彼女を狙っている奴もいて苛つく。 そんな中、迎えた慰安旅行で……。 『○と□~丸課長と四角い私~』蔵田課長目線の続編!

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

恋と眼鏡

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私のご主人様である華族の祐典さまは、優しくて気さくな方だ。 前の屋敷を追い出されて死にそうになっていたところを、助けてくれたのは祐典さまだ。 それには感謝しているけれど、お菓子を勧めてきたり、一緒に食事をしたらいいとか言ったり。 使用人の私がそんなことなどできないと、そろそろわかってほしい。 ――それに。 最近の私はどこかおかしい。 祐典さまの手がふれたりするだけで、心臓の鼓動が早くなる。 これっていったい、なんなんだろう……?

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

処理中です...