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第2章 私の都合と彼の都合
2-3 お見合い
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――ピンポーン。
「……んっ……チャイム……」
「無視しとけばいい」
――ピンポーン、ピンポーン……。
「……邪魔するなよな」
私の身体をいじっていた悠生の手が止まる。
……土曜日、朝九時過ぎ。
私の呼吸が整ったころ、戻ってきた悠生の口からは大きなため息。
「……父がきた」
「はいっ!?」
慌てて飛び起きると、悠生はクローゼットの中から、私の服を少し悩んで選び出してくれた。
「ラウンジで待たせてあるから、慌てなくていい。
……わるい。
きっと、沙也加に不快な思いをさせると思う。
傷つけてしまうと思う。
先にこんなことを言ったってなんの足しにもならないが、あやまらせてくれ」
「悠生……?」
後ろから抱きしめられ。
泣きそうな声で、いつもは言わないそんな弱気なことを言われ、不安になる。
「大丈夫、だよ」
精一杯、笑顔を作って振り返る。
……きっと悠生の方がもっともっと、不安なんだから。
初めて会う、悠生の父親。
あんまり悠生と似ていない。
私の顔を見て軽く舌打ちされた。
「彼女には関係のない話だから、帰ってもらいなさい」
「どうせ僕の、縁談の話だろ?
なら彼女に関係大ありだ」
腰を浮かしかけたら、悠生が私の手を掴んだ。
顔見たら黙って頷かれて、座り直す。
「わかっているなら話が早い。
さっさとこの中から、相手を選べ」
「……」
テーブルの上に載せられた、高さ十センチ以上にもなる封筒の束。
……忘れていた、わけではないけれど。
悠生は福岡の大手不動産、下坂不動産の御曹司。
そりゃ、お見合いの話だってあるだろうし。
……相手を親が決めるってことも。
「中身を見るのも嫌で、そのまま送り返したんだけど」
「見るのが面倒なら、適当に抜いた奴でいい。
選べ」
「……この中にはない」
「この中からしか、選べないんだ。
なんなら私が、選んでやろうか?」
……似ていないと思った親子ですが。
ほんとよく、似ています。
その、……冷笑。
「僕の相手は僕が決める。
僕の人生に口出しはさせない」
「育ててもらった恩を忘れよって。
犬以下、だな」
「育てた?
あんな家で?
投資の間違いだろ」
「なんだその口の効き方は」
完全に空気は凍り付いている。
吐く息すら、白く感じる。
すぅーっと父親の視線が私に向かって、思わず座ったまま小さく飛び上がった。
「別におまえが誰と付き合おうとかまわん。
しかし、結婚は別だ」
「沙也加を愛人にしろ、って?
ふざけるな」
「そもそもそんな女のどこがいいんだ?
見た目がちょっといいだけで、利用価値がないどころか、足を引っ張りかねないのに」
「調べたのかよ、沙也加のこと!」
珍しく感情を露わにして怒っている悠生に、父親は薄ら笑っている。
「おまえだって知ってるんだろ、その女のこと」
「調べなくても勝手に耳に入ってくるんだよ!」
……そっか。
悠生、やっぱり知っていたんだ。
知っていて、そのうえで一緒にいてくれて。
自分の会社に来ればいい、って言ってくれて。
そのうえ、私のために怒ってくれて。
もう、それだけで十分だよ。
「……悠生。
別れ、よ?」
……うん。
悠生に迷惑、かけたくないもん。
私なんかのために、悠生まで嫌な思いすることないよ。
……ああ。
私なんか、とか言うと、また悠生は怒るのかな。
「さや、か……?」
信じられないものを見る、そんな悠生の顔。
……でも。
「別れよう?
悠生。
お父さんの言うとおりだよ。
きっと私、悠生に迷惑……かける……から……」
なんだろ?
視界が滲む。
鼻が詰まる。
胸が、苦しい。
「ほら、彼女もそう言っていることだし。
別れ……」
「……沙也加を」
「は?」
「沙也加を泣かせたな!
沙也加を泣かせていいのは僕だけだ!
出て行け!
二度と僕の前に顔を出すな!
勘当でもなんでも好きにすればいい!」
「なにを言ってる!
そんなこと……」
「出て行け!!」
荒っぽい足音と言い争う声は次第に小さくなり、そのうち聞こえなくなった。
ひとりになってようやく、自分が泣いていることに気がついた。
……荷物。
出て、行かないと。
けど、身体は少しだって動かない。
「……沙也加?」
おそるおそるかけられた声に顔を上げると、悠生が立っていた。
私の前に膝をつき、ぎゅっと抱きしめてくる。
「……知ってたん、だね」
「親切面していろいろ言ってくる奴がいるんだ。
僕は頼んでもないのに」
「……そう」
胸に縋りつきかけた手を、だらりと落とす。
……もう私に、その資格は、ない。
「……沙也加。
僕のおもちゃが勝手に、僕から離れるとか許されるとでも思っているのか?」
「……でも」
「僕のことは全部、僕が決める。
沙也加のことだって例外じゃない」
「……けど」
「僕の特別な沙也加の、家族のことくらい、僕が背負ってやる。
だいたいそのつもりで、沙也加に僕の会社で働くことを勧めたのだから」
……震えている、悠生の声。
震えている、悠生の手。
私が、不安にさせた。
私がちゃんと悠生の気持ち考えないで、私がちゃんと、……自分の気持ちに向き合わなかったから。
私は悠生と一緒にいたい。
なのに迷惑をかけるとかかけないとか。
そんなことでぐちぐち悩んで。
素直にちゃんと、悠生に全部話せばよかったんだ。
そのうえで、悠生に選んでもらえば。
「……ごめんな、さい」
「なぜあやまる?」
自分から悠生に抱きついて、その胸に顔をうずめる。
「……嘘、ついたから。
悠生とずっと一緒にいたいのに、別れよう、って。
嘘、ついたから」
「嘘つきは悪い子だ」
「……え?」
急に楽しそうになった悠生の声に、顔を上げると意地悪く笑っていた。
「悪い子にはお仕置きが必要だな」
するり、悠生の手が私の頬を撫でる。
レンズの向こうの、妖しい光を灯した瞳に目は逸らせない。
そして私は――。
「……んっ……チャイム……」
「無視しとけばいい」
――ピンポーン、ピンポーン……。
「……邪魔するなよな」
私の身体をいじっていた悠生の手が止まる。
……土曜日、朝九時過ぎ。
私の呼吸が整ったころ、戻ってきた悠生の口からは大きなため息。
「……父がきた」
「はいっ!?」
慌てて飛び起きると、悠生はクローゼットの中から、私の服を少し悩んで選び出してくれた。
「ラウンジで待たせてあるから、慌てなくていい。
……わるい。
きっと、沙也加に不快な思いをさせると思う。
傷つけてしまうと思う。
先にこんなことを言ったってなんの足しにもならないが、あやまらせてくれ」
「悠生……?」
後ろから抱きしめられ。
泣きそうな声で、いつもは言わないそんな弱気なことを言われ、不安になる。
「大丈夫、だよ」
精一杯、笑顔を作って振り返る。
……きっと悠生の方がもっともっと、不安なんだから。
初めて会う、悠生の父親。
あんまり悠生と似ていない。
私の顔を見て軽く舌打ちされた。
「彼女には関係のない話だから、帰ってもらいなさい」
「どうせ僕の、縁談の話だろ?
なら彼女に関係大ありだ」
腰を浮かしかけたら、悠生が私の手を掴んだ。
顔見たら黙って頷かれて、座り直す。
「わかっているなら話が早い。
さっさとこの中から、相手を選べ」
「……」
テーブルの上に載せられた、高さ十センチ以上にもなる封筒の束。
……忘れていた、わけではないけれど。
悠生は福岡の大手不動産、下坂不動産の御曹司。
そりゃ、お見合いの話だってあるだろうし。
……相手を親が決めるってことも。
「中身を見るのも嫌で、そのまま送り返したんだけど」
「見るのが面倒なら、適当に抜いた奴でいい。
選べ」
「……この中にはない」
「この中からしか、選べないんだ。
なんなら私が、選んでやろうか?」
……似ていないと思った親子ですが。
ほんとよく、似ています。
その、……冷笑。
「僕の相手は僕が決める。
僕の人生に口出しはさせない」
「育ててもらった恩を忘れよって。
犬以下、だな」
「育てた?
あんな家で?
投資の間違いだろ」
「なんだその口の効き方は」
完全に空気は凍り付いている。
吐く息すら、白く感じる。
すぅーっと父親の視線が私に向かって、思わず座ったまま小さく飛び上がった。
「別におまえが誰と付き合おうとかまわん。
しかし、結婚は別だ」
「沙也加を愛人にしろ、って?
ふざけるな」
「そもそもそんな女のどこがいいんだ?
見た目がちょっといいだけで、利用価値がないどころか、足を引っ張りかねないのに」
「調べたのかよ、沙也加のこと!」
珍しく感情を露わにして怒っている悠生に、父親は薄ら笑っている。
「おまえだって知ってるんだろ、その女のこと」
「調べなくても勝手に耳に入ってくるんだよ!」
……そっか。
悠生、やっぱり知っていたんだ。
知っていて、そのうえで一緒にいてくれて。
自分の会社に来ればいい、って言ってくれて。
そのうえ、私のために怒ってくれて。
もう、それだけで十分だよ。
「……悠生。
別れ、よ?」
……うん。
悠生に迷惑、かけたくないもん。
私なんかのために、悠生まで嫌な思いすることないよ。
……ああ。
私なんか、とか言うと、また悠生は怒るのかな。
「さや、か……?」
信じられないものを見る、そんな悠生の顔。
……でも。
「別れよう?
悠生。
お父さんの言うとおりだよ。
きっと私、悠生に迷惑……かける……から……」
なんだろ?
視界が滲む。
鼻が詰まる。
胸が、苦しい。
「ほら、彼女もそう言っていることだし。
別れ……」
「……沙也加を」
「は?」
「沙也加を泣かせたな!
沙也加を泣かせていいのは僕だけだ!
出て行け!
二度と僕の前に顔を出すな!
勘当でもなんでも好きにすればいい!」
「なにを言ってる!
そんなこと……」
「出て行け!!」
荒っぽい足音と言い争う声は次第に小さくなり、そのうち聞こえなくなった。
ひとりになってようやく、自分が泣いていることに気がついた。
……荷物。
出て、行かないと。
けど、身体は少しだって動かない。
「……沙也加?」
おそるおそるかけられた声に顔を上げると、悠生が立っていた。
私の前に膝をつき、ぎゅっと抱きしめてくる。
「……知ってたん、だね」
「親切面していろいろ言ってくる奴がいるんだ。
僕は頼んでもないのに」
「……そう」
胸に縋りつきかけた手を、だらりと落とす。
……もう私に、その資格は、ない。
「……沙也加。
僕のおもちゃが勝手に、僕から離れるとか許されるとでも思っているのか?」
「……でも」
「僕のことは全部、僕が決める。
沙也加のことだって例外じゃない」
「……けど」
「僕の特別な沙也加の、家族のことくらい、僕が背負ってやる。
だいたいそのつもりで、沙也加に僕の会社で働くことを勧めたのだから」
……震えている、悠生の声。
震えている、悠生の手。
私が、不安にさせた。
私がちゃんと悠生の気持ち考えないで、私がちゃんと、……自分の気持ちに向き合わなかったから。
私は悠生と一緒にいたい。
なのに迷惑をかけるとかかけないとか。
そんなことでぐちぐち悩んで。
素直にちゃんと、悠生に全部話せばよかったんだ。
そのうえで、悠生に選んでもらえば。
「……ごめんな、さい」
「なぜあやまる?」
自分から悠生に抱きついて、その胸に顔をうずめる。
「……嘘、ついたから。
悠生とずっと一緒にいたいのに、別れよう、って。
嘘、ついたから」
「嘘つきは悪い子だ」
「……え?」
急に楽しそうになった悠生の声に、顔を上げると意地悪く笑っていた。
「悪い子にはお仕置きが必要だな」
するり、悠生の手が私の頬を撫でる。
レンズの向こうの、妖しい光を灯した瞳に目は逸らせない。
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2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
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