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2.ひかる歯科
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仕事が終わり、千草の無言のプレッシャーに、重い足を引きずって駅前の歯医者に向かう。
トンカツ屋の階段を上がって二階。
「こんにちはー」
受付嬢の歯は眩しいくらいに真っ白で、さすがひかる歯科。
……とかいってる場合じゃない。
「その。
今日、昼間、電話して。
えっと、初診、で」
「こちらにお名前と、保険証は今日、お持ちですか?」
「あ、はい」
ごそごそとバッグの中から財布を探しだし、保険証を出す。
挙動不審な私の行動にも動じない受付嬢、さすがプロだ。
「ありがとうございます。
では、こちらにご記入お願いできますか」
「あ、はい」
バインダーに挟まれた問診票とボールペンを受け取り、近くのソファーに座る。
予約制だからか、待ってる人はほとんどいない。
全部埋めて、受付嬢に渡す。
「ありがとうございます。
では、しばらくお待ちください」
「はい」
ソファーに座ってる段階で心臓がばくばくいってる。
診察室から響く、キュィーンって機械音だけでびくりと肩が跳ねる。
「都築さーん」
「ひゃぁっ」
うっ、奇声を発してしまった。
「……?
都築さん、診察室にどうぞ」
「……はい」
ドナドナが頭の中でヘビーローテーション。
ええ、市場に連れて行かれる子牛の気分です。
診療の椅子に座って、衛生士さんが器具をがちゃがちゃと準備する音も、置かれたコップにじゃーっと水が入る音も、ドナドナを盛り上げてくださいます。
「お待たせしました、都築さん」
「ひゃいっ」
右斜め後ろからかけられた声に飛び上がりそうになった。
その人は椅子を引き寄せて私の横に座ると、バインダーを確認してる。
「右の奥歯が痛む、と。
いつからですか?」
「い、一週間くらい前からです」
ばくばく、ばくばく。
早い心臓の音。
ぎゅっと握った手のひらは、じっとりと汗ばんでる。
「じゃあ、ちょっと診てみますね。
……倒しまーす」
椅子が徐々に倒れていくにつれて、歯科医の顔が見えてくる。
……あれ?
思ってたより、若い。
黒縁の眼鏡のせい、かな。
完全に椅子が倒れ、歯科医の、レンズの奥の瞳と目があった。
……くすり。
ん?
あれ?
いま、笑われなかったですか?
「口、開けてください」
「……」
こわごわ口を開けると、器具をつっこまれた。
「んー、結構腫れてますね。
痛かったでしょう、これ」
「……!
……!」
いや、わかってるんならツンツンしないでください!!
「レントゲン撮ってみないとはっきりとは云えないですが、抜かないとダメでしょうね」
「……!
……!」
わかった、わかりましたから、ツンツンしないで!!
「じゃあ、起こしまーす。
一度口、すすいでください」
口をすすぎながら、涙目で睨みつける。
でも、ぜんぜん効果がないっていうか、マスクのせいでなに考えてるかわかんないっていうか。
……いや、わずかに目が笑ってる気がするから、きっとマスクの下の口は、にやにや莫迦にしたように笑ってるに違いない。
「じゃあ、レントゲンを撮りますので」
衛生士さんに連れられてレントゲン室に入り、レントゲンを撮る。
戻ってきて少しすると、またあの歯科医師がきた。
「やっぱり抜かないとダメですね」
抜くんですか、やっぱり。
はぁ。
きっと痛いんだろうな……。
逃げていいですか?
「今日はとりあえず、痛くないように処置しておきますので、次回、抜きましょう」
あの、なんか嬉しそうなのはなんででしょうか?
また椅子を倒されて、口を開ける。
処置は案外痛くなくてほっとした。
トンカツ屋の階段を上がって二階。
「こんにちはー」
受付嬢の歯は眩しいくらいに真っ白で、さすがひかる歯科。
……とかいってる場合じゃない。
「その。
今日、昼間、電話して。
えっと、初診、で」
「こちらにお名前と、保険証は今日、お持ちですか?」
「あ、はい」
ごそごそとバッグの中から財布を探しだし、保険証を出す。
挙動不審な私の行動にも動じない受付嬢、さすがプロだ。
「ありがとうございます。
では、こちらにご記入お願いできますか」
「あ、はい」
バインダーに挟まれた問診票とボールペンを受け取り、近くのソファーに座る。
予約制だからか、待ってる人はほとんどいない。
全部埋めて、受付嬢に渡す。
「ありがとうございます。
では、しばらくお待ちください」
「はい」
ソファーに座ってる段階で心臓がばくばくいってる。
診察室から響く、キュィーンって機械音だけでびくりと肩が跳ねる。
「都築さーん」
「ひゃぁっ」
うっ、奇声を発してしまった。
「……?
都築さん、診察室にどうぞ」
「……はい」
ドナドナが頭の中でヘビーローテーション。
ええ、市場に連れて行かれる子牛の気分です。
診療の椅子に座って、衛生士さんが器具をがちゃがちゃと準備する音も、置かれたコップにじゃーっと水が入る音も、ドナドナを盛り上げてくださいます。
「お待たせしました、都築さん」
「ひゃいっ」
右斜め後ろからかけられた声に飛び上がりそうになった。
その人は椅子を引き寄せて私の横に座ると、バインダーを確認してる。
「右の奥歯が痛む、と。
いつからですか?」
「い、一週間くらい前からです」
ばくばく、ばくばく。
早い心臓の音。
ぎゅっと握った手のひらは、じっとりと汗ばんでる。
「じゃあ、ちょっと診てみますね。
……倒しまーす」
椅子が徐々に倒れていくにつれて、歯科医の顔が見えてくる。
……あれ?
思ってたより、若い。
黒縁の眼鏡のせい、かな。
完全に椅子が倒れ、歯科医の、レンズの奥の瞳と目があった。
……くすり。
ん?
あれ?
いま、笑われなかったですか?
「口、開けてください」
「……」
こわごわ口を開けると、器具をつっこまれた。
「んー、結構腫れてますね。
痛かったでしょう、これ」
「……!
……!」
いや、わかってるんならツンツンしないでください!!
「レントゲン撮ってみないとはっきりとは云えないですが、抜かないとダメでしょうね」
「……!
……!」
わかった、わかりましたから、ツンツンしないで!!
「じゃあ、起こしまーす。
一度口、すすいでください」
口をすすぎながら、涙目で睨みつける。
でも、ぜんぜん効果がないっていうか、マスクのせいでなに考えてるかわかんないっていうか。
……いや、わずかに目が笑ってる気がするから、きっとマスクの下の口は、にやにや莫迦にしたように笑ってるに違いない。
「じゃあ、レントゲンを撮りますので」
衛生士さんに連れられてレントゲン室に入り、レントゲンを撮る。
戻ってきて少しすると、またあの歯科医師がきた。
「やっぱり抜かないとダメですね」
抜くんですか、やっぱり。
はぁ。
きっと痛いんだろうな……。
逃げていいですか?
「今日はとりあえず、痛くないように処置しておきますので、次回、抜きましょう」
あの、なんか嬉しそうなのはなんででしょうか?
また椅子を倒されて、口を開ける。
処置は案外痛くなくてほっとした。
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