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第四章 ......今は
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週末、コンペの最終結果が出た。
「紀藤さんの企画に決まりました!」
発表する富士野部長は、興奮気味だ。
「え、ほんとに……?」
空耳……じゃないよね?
全然、実感がないんだけれど。
「はい。
紀藤さんの企画が商品化されます。
よく頑張りましたね」
部長が頷き、じわじわと喜びが身体の内側から湧き上がってくる。
「あ、ありがとうございます……」
おかげで、じんと目頭が熱くなった。
「えっ、あっ、……すみません」
目尻を拭い、鼻を啜って涙を誤魔化かして笑う。
「皆さん、紀藤さんに拍手を」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
皆、お祝いの言葉を口にしながら拍手をしてくれた。
「ありがとうございます!」
それに向かって、勢いよく頭を下げる。
ただひとり、苦々しげに顔を歪め、そっぽを向く人間を視界に収めながら。
「やったな!」
家に帰った途端、部長から抱き締められた。
「言っただろ、絶対に明日美の企画が採用だって」
今日も上機嫌に、私の背中をバンバン叩いてくる。
「嬉しいけど、痛いです……」
「あ……わるい」
さすがに興奮しすぎだと気づいたのか、バツが悪そうに部長は私から離れた。
「これから開発部や商品部との打ち合わせで忙しくなると思うが、心配するな。
俺がちゃんとフォローしてやるからな」
それでも嬉しくて堪らないのか、部長がわしゃわしゃと乱雑に私の髪を撫で回してくる。
「はい、よろしくお願いします!」
それが、悪くないなと思っていた。
お祝いは明日だと、今日の夕食はいつもどおりだった。
「明日美は凄いなー、資格試験も今のところ、全部一発合格だろ?
しかもコンペも並み居るライバルを蹴散らして、採用だし」
もう酔っているのか、ワイングラスをぐるぐる回しながら部長は楽しそうだ。
「全部、部長のおかげです」
部長に命令されなきゃ、コンペに応募しようなんて思わなかった。
それも、ヒントになるように連れ出してくれたり、プレゼンの指導もしてくれたりした。
資格試験だって私がそれに集中できるように環境を整えてくれるし、わからなくて詰まっていたら丁寧に教えてくれる。
私の実力というよりも、部長のおかげだ。
「んー、俺はなにもしてないぞー?
全部、明日美が頑張った成果だ」
ふにゃんと実に気の抜ける顔で部長が笑う。
それを見てなぜか頬が熱くなった。
「……ありがとうございます」
赤くなっているであろう顔で、ちまちまと料理を口に運ぶ。
「そうだ。
金一封が出たら、なにかお礼をさせてください。
あ、でも。
部長のレベルにあうものがプレゼントできるかわかりませんが」
こんなにいろいろしてくれる部長に、私はなにも返せていない。
いや、自称婚約者除けで婚約者のフリをしているから、そこはギブアンドテイクになっているのか……?
それでも、部長になにかお礼はしたかった。
「そーだなー、だったら俺と、結婚しよ?」
「……は?」
言われた意味がわからなくて、穴があくほど部長の顔を見つめる。
「本気で言ってます?」
「本気、だけど?」
部長はにこにこ笑っているけれど、……絶対、酔っているよね、これ。
今日はよっぽど私の企画採用が嬉しかったのか、ハイペースで飲んでいたし。
もう二本目も空くし。
てか、酔っていないんだとしたら、正気だとは思えない。
「というか、俺たち婚約してるんだから、このまま結婚するんだろ?」
「……は?」
また同じ一音を発し、部長の顔を見つめる。
しかし部長は変わらずにこにこ笑っていて、なにを考えているのかちっともわからない。
「婚約者のフリのはずですが?」
「そうだっけ?」
なんか、華麗にとぼけられた。
なんだか頭痛がするが、気のせいじゃないはずだ。
「俺は、明日美と結婚したい」
テーブルの上で部長の手が私の腕を掴む。
さっきまでとは違い、眼鏡の奥から私を見つめる瞳は真剣だ。
もしかして今までのは、私をからかっていたんじゃなくて本気だった……?
部長が私と結婚?
前にはぐらかされたけれど、もしかして、部長は私が好き、とか……?
そう思うとぱーっと目の前が開けたような気分になった。
しかし。
「私も……」
「なんてな。
冗談だ」
私の言葉を遮るように言い、部長は手を離して自嘲するように笑った。
おかげで気分はみるみる失速していく。
「……冗談、ですか」
こんな落ち込んでいる顔は見られたくなくて、俯く。
「ああ。
本気にしたのか?」
グラスを口に運んだが、空だったと気づいて部長はテーブルに戻した。
「明日は出掛けるから、今日はもう風呂入って寝ろ」
「……そう、します」
ふらふらと立ち上がり、浴室へと向かう。
帰ってきたとは真反対に、どんよりとした気持ちで浴槽に浸かった。
「……冗談、だったんだ」
部長と結婚できるって、部長は私が好きなんだって本気にした。
なのに、冗談で済まされるなんて酷すぎる。
「……富士野部長なんて大っ嫌い」
ポツポツと水面に滴が落ちてくる。
言葉どおりに本当に、嫌いになれたら楽になれるのに。
なれないから、こんなに――苦しい。
「……そっか」
私はこれほどまでに、富士野部長を好きになっていたんだ。
「紀藤さんの企画に決まりました!」
発表する富士野部長は、興奮気味だ。
「え、ほんとに……?」
空耳……じゃないよね?
全然、実感がないんだけれど。
「はい。
紀藤さんの企画が商品化されます。
よく頑張りましたね」
部長が頷き、じわじわと喜びが身体の内側から湧き上がってくる。
「あ、ありがとうございます……」
おかげで、じんと目頭が熱くなった。
「えっ、あっ、……すみません」
目尻を拭い、鼻を啜って涙を誤魔化かして笑う。
「皆さん、紀藤さんに拍手を」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
皆、お祝いの言葉を口にしながら拍手をしてくれた。
「ありがとうございます!」
それに向かって、勢いよく頭を下げる。
ただひとり、苦々しげに顔を歪め、そっぽを向く人間を視界に収めながら。
「やったな!」
家に帰った途端、部長から抱き締められた。
「言っただろ、絶対に明日美の企画が採用だって」
今日も上機嫌に、私の背中をバンバン叩いてくる。
「嬉しいけど、痛いです……」
「あ……わるい」
さすがに興奮しすぎだと気づいたのか、バツが悪そうに部長は私から離れた。
「これから開発部や商品部との打ち合わせで忙しくなると思うが、心配するな。
俺がちゃんとフォローしてやるからな」
それでも嬉しくて堪らないのか、部長がわしゃわしゃと乱雑に私の髪を撫で回してくる。
「はい、よろしくお願いします!」
それが、悪くないなと思っていた。
お祝いは明日だと、今日の夕食はいつもどおりだった。
「明日美は凄いなー、資格試験も今のところ、全部一発合格だろ?
しかもコンペも並み居るライバルを蹴散らして、採用だし」
もう酔っているのか、ワイングラスをぐるぐる回しながら部長は楽しそうだ。
「全部、部長のおかげです」
部長に命令されなきゃ、コンペに応募しようなんて思わなかった。
それも、ヒントになるように連れ出してくれたり、プレゼンの指導もしてくれたりした。
資格試験だって私がそれに集中できるように環境を整えてくれるし、わからなくて詰まっていたら丁寧に教えてくれる。
私の実力というよりも、部長のおかげだ。
「んー、俺はなにもしてないぞー?
全部、明日美が頑張った成果だ」
ふにゃんと実に気の抜ける顔で部長が笑う。
それを見てなぜか頬が熱くなった。
「……ありがとうございます」
赤くなっているであろう顔で、ちまちまと料理を口に運ぶ。
「そうだ。
金一封が出たら、なにかお礼をさせてください。
あ、でも。
部長のレベルにあうものがプレゼントできるかわかりませんが」
こんなにいろいろしてくれる部長に、私はなにも返せていない。
いや、自称婚約者除けで婚約者のフリをしているから、そこはギブアンドテイクになっているのか……?
それでも、部長になにかお礼はしたかった。
「そーだなー、だったら俺と、結婚しよ?」
「……は?」
言われた意味がわからなくて、穴があくほど部長の顔を見つめる。
「本気で言ってます?」
「本気、だけど?」
部長はにこにこ笑っているけれど、……絶対、酔っているよね、これ。
今日はよっぽど私の企画採用が嬉しかったのか、ハイペースで飲んでいたし。
もう二本目も空くし。
てか、酔っていないんだとしたら、正気だとは思えない。
「というか、俺たち婚約してるんだから、このまま結婚するんだろ?」
「……は?」
また同じ一音を発し、部長の顔を見つめる。
しかし部長は変わらずにこにこ笑っていて、なにを考えているのかちっともわからない。
「婚約者のフリのはずですが?」
「そうだっけ?」
なんか、華麗にとぼけられた。
なんだか頭痛がするが、気のせいじゃないはずだ。
「俺は、明日美と結婚したい」
テーブルの上で部長の手が私の腕を掴む。
さっきまでとは違い、眼鏡の奥から私を見つめる瞳は真剣だ。
もしかして今までのは、私をからかっていたんじゃなくて本気だった……?
部長が私と結婚?
前にはぐらかされたけれど、もしかして、部長は私が好き、とか……?
そう思うとぱーっと目の前が開けたような気分になった。
しかし。
「私も……」
「なんてな。
冗談だ」
私の言葉を遮るように言い、部長は手を離して自嘲するように笑った。
おかげで気分はみるみる失速していく。
「……冗談、ですか」
こんな落ち込んでいる顔は見られたくなくて、俯く。
「ああ。
本気にしたのか?」
グラスを口に運んだが、空だったと気づいて部長はテーブルに戻した。
「明日は出掛けるから、今日はもう風呂入って寝ろ」
「……そう、します」
ふらふらと立ち上がり、浴室へと向かう。
帰ってきたとは真反対に、どんよりとした気持ちで浴槽に浸かった。
「……冗談、だったんだ」
部長と結婚できるって、部長は私が好きなんだって本気にした。
なのに、冗談で済まされるなんて酷すぎる。
「……富士野部長なんて大っ嫌い」
ポツポツと水面に滴が落ちてくる。
言葉どおりに本当に、嫌いになれたら楽になれるのに。
なれないから、こんなに――苦しい。
「……そっか」
私はこれほどまでに、富士野部長を好きになっていたんだ。
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