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第十一章 ワルイコトが起きても大丈夫

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目が覚めたら、炯さんの腕の中にいた。

「おはよう、凛音。
身体、つらくないか?」

「……はい」

彼は私を気遣ってくれるが、目の下にはくっきりとクマが浮き出ている。
もしかして、眠れていないんだろうか。

「腹、減ってないか?
それとも喉が渇いてる?」

炯さんは私を心配しているが、私は彼が心配になった。

「なんか持ってくるな。
凛音はまだ、寝ていていいからな」

「あの、炯さん!」

寝室を出ていこうとした彼を止める。

「その。
……お手洗いに、行きたいので」

こんなことを言うのは恥ずかしいが、そうでもしないとこのまま今日はベッドに拘束されそうだ。

「あ、ああ。
そうだな。
どうぞ」

ドアを押さえ、彼が道を譲ってくれたので、ベッドを下りてお手洗いへ向かう。
用事を済ませながら目に入ってきた私の手足には、包帯が巻いてあった。
気づくと同時に、そこがじんじんと鈍く痛み出す。

「けっこう擦れてたもんなー」

昨日は異常事態だったから感じていなかったが、もしかしてけっこう酷い傷になっていたりするんだろうか。
痕にならなきゃいいんだけれど。

トイレを出たら、炯さんが壁に寄りかかって待っていた。

「えっと……」

もしかしてそんなに切羽詰まっていたんだろうか。
しかし、この家にはトイレが二カ所ある。

「大丈夫か?
どこか痛いとかないか?」

過剰なくらい彼は心配してくるが、昨日の今日ならそうなるか。

「大丈夫ですよ」

手首と足首は痛むが、平気だと笑顔を作る。
これ以上、彼を心配させたくない。

「食欲はあるか」

「そうですね……」

あると答えたいが、まったく食べたいという気が起こらなかった。
炯さんと一緒にこの家に帰ってきて落ち着いたと思っていたが、心のダメージはそう簡単にはいかないらしい。

「……すみません、ないです」

情けなく笑って顔を見ると、みるみる彼の表情が曇っていった。

「凛音が謝る必要ないだろ。
ベッドで待ってろ、なんか飲むもの持ってくる」

「……はい」

僅かな距離なのに炯さんは私をベッドにまで送り届け、寝室を出ていった。

「うーっ」

こんなに炯さんに心配をかけている自分が情けない。
昨日だって、初めてのお祭りではしゃいで私がはぐれたのが、そもそも悪かったんだし。

「凛音」

少しして炯さんは大きめのグラスを手に戻ってきた。

「これなら飲めるか?」

「ありがとうございます」

受け取ったグラスの中からは、甘い桃の香りがしている。
桃のスムージーなのかな。

ストローを咥えてひとくち。
桃とヨーグルトなのか、甘酸っぱい味が私を元気にしてくれる。
ふと見ると炯さんが、じっと私を見ていた。

「炯さん?」

「あ、いや。
飲めたんならよかった」

慌てて笑って取り繕ってきたが、なんだったんだろう?

「炯さんは朝食、食べないんですか?」

「あ、俺か?
俺はそれ作りながら、端を摘まんだからいい」

などと彼は笑っているが、それは反対に心配です……。

スムージーを飲んだあと、炯さんもベッドに上がって私を抱き締めてくれた。
まだダメージの抜けきらない私としてはありがたいけれど、いいのかな。

「炯さん。
お仕事はいいんですか?」

別に、仕事に行けと催促しているわけではない。
それよりも今は、こうして一緒にいてほしい。
しかし、ワーカーホリック気味な彼が、休みでもないのに家に居るのは気になる。

「しばらく休みにした。
凛音もそのほうがいいだろ」

「……ありがとうございます」

甘えるように彼の胸に顔をうずめる。
いいのかな、本当に。
私のために、そんな無理をさせて。

「……その。
昨日ははしゃいではぐれてしまって、すみませんでした」

私がはぐれたりしなければ、あんな危険な目には遭わなかった。
炯さんをこんなに心配させずに済んだ。
後悔してもしきれない。

「どうして凛音が謝るんだ?
悪いのはアイツだろ」

「でも……」

それでも、申し訳ない気持ちが先に立つ。

「それに悪いのは俺だ。
俺が凛音から手を離したりしたから……!」

強い声がして、思わずその顔を見上げていた。
炯さんの顔は深い後悔で染まっていた。

「炯さん……」

そっと脇の下に腕を入れ、広い彼の背中を抱き締め返す。

「炯さんは悪くないですよ。
仕方なかったんです」

あの人混みではぐれるなというほうが無理だ。
私が彼とはぐれたのは仕方なかった。
彼が私を見失ったのも仕方なかった。
ただ、運が悪いことにそれを悪い人間が利用した。
それだけなのだ。

「仕方なかった、か」

「はい、仕方なかったんです」

それで片付けていいのかわからない。
でもこれは、そうするのがいいのだ。
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