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第十章 ワルイコトはワルイコトです
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目を開けたら、質素なホテルのような部屋が見えた。
「……ん……!?」
声を出そうとして、猿轡を噛まされているのに気づく。
さらに腕は後ろ手に、足首も縛られていた。
「んー、んー!」
縄が緩まないかとじたばたと暴れるが、緩むどころかさらにきつく締まった気さえする。
『気がついたんだ』
ドアが開き、入ってきたのは――ベーデガー教授だった。
私が転がされているベッドの傍に椅子を持ってきて、彼は足を組んでそこに座った。
余裕のある彼を、思いっきり睨みつける。
『そんなに睨まなくたって、説明してあげるよ。
なにせ長い船旅だ、時間だけはたっぷりある』
彼の言葉でここが船の中だとわかった。
よく見れば窓が、一般的なホテルのものではない。
しかしこの時点で私は、さほど危険を感じていなかった。
携帯は壊されたが、まだ腕時計がある。
きっと、炯さんがすぐに気づいて助けに来てくれる。
そう、信じていたけれど。
『ああ。
先に残念なお知らせをしておこうか。
助けを期待しても無駄だよ。
最近は腕時計にもGPSがついていたりするから、捨ててきた。
密航みたいなもんだから、もちろん乗船名簿にも載っていないし、外国船籍の船にそうそう簡単には立ち入れないからね』
あっという間に彼が、私の希望をへし折ってしまう。
……じゃあ、私はもう二度と、炯さんに会えない?
『いいね。
その、絶望に染まった顔』
口角をつり上げ、教授はにっこりと笑った。
彼が部屋に置いてあるマシンを操作し、コーヒーのにおいが漂い出す。
少ししてカップを手に、教授は先ほどの椅子に座った。
『凛音もどうだい?
って、それじゃ飲めないか』
おかしくもないのに彼がくすくすと笑う。
『解いてほしい?』
それにはうんうんと勢いよく頷いた。
窓から見える風景は先ほどから変わっていない。
まだ出港していないはずだ。
今ならなんとか、逃げられるかもしれない。
『嫌だよー。
だって、騒がれるとうるさいからね』
すました顔で教授はコーヒーを飲んでいて、本当に忌ま忌ましい。
『さて』
飲み終わったカップを近くの棚に置き、彼は座り直した。
『凛音の聞きたいことはだいたいわかるよ。
なんで僕がここまで、君に拘るのかってことだよね』
いや、それはだいたいわかる。
アッシュ社長の一人娘ってだけで私には利用価値がある。
それで今まで、何度も誘拐されかけた。
ここまでのピンチは初めてだが。
それでさらに、三ツ星次期社長の婚約者という付加価値がついた。
一攫千金を狙う人間にとって、これほど利用価値のある人間はそうそういないだろう。
『僕はね、君が気に入ったんだ』
教授がなにを言っているのかまったく理解ができなくて、まじまじとその顔を見ていた。
だってそうでしょう?
気に入ったってだけで、誘拐とか犯罪とか危険を冒す?
『見た目が可愛いのもあるが、いつもにこにこ笑っていてなにも知らないお嬢さんって感じなのに、きっちり自分の意見は伝えてくる。
そういう大和撫子な凛音に惹かれたんだ』
熱弁してくる彼に引いた。
私は大和撫子ではない、ただのお転婆で世間知らずなお嬢様だ。
それは私自身がよく知っている。
教授の私像は、美化が過ぎていて気持ち悪い。
『それで、今回の報酬に君をもらったんだ』
にっこりと彼が私に微笑みかける。
……〝報酬〟ってなんなんだろう?
彼はただの、大学教授のはずだ。
『ああ。
大学教授は仮の姿。
本業は人身売買の斡旋をしている』
まるで私の疑問に答えるように彼が教えてくれる。
しかしその笑顔は酷く作りものめいていて、背筋がぞくりとした。
『大和撫子は海外で人気が高いんだ。
僕はクライアントの希望にあう子を探すのが役目なんだ。
それには大学教授っていうのはちょうどよくてね』
淡々と彼は語っているが、もしかして行方不明になったまま、まだ見つかっていない桜子さんも彼の仕業なのでは。
そんな疑念が浮かんでくる。
『あそこの大学は論文の盗用の常習犯でね。
脅したら簡単に採用してくれたよ』
くつくつとおかしそうに彼が笑う。
それでもしかしたら職員たちは、彼の顔色をうかがっていたのかもしれない。
この期におよんでまだ逃げる隙をうかがうが、まるで見張るようにベーデガーは私の前から動かない。
なにが楽しいのか彼は、ずっとにこにこ笑っていた。
『そろそろ出港の時間かな』
船の、警笛の音がする。
出てしまえばもう、本当に炯さんに会えなくなる。
それだけでもつらいのに。
椅子を立ってきたベーデガーが、私にのしかかる。
『向こうに着くまでのあいだに、この身体にたっぷりと君は誰のものか教え込ませて、従順な僕の妻にしてあげる』
浴衣の裾を割って彼に足をねっとりと撫でられ、全身が粟立った。
出そうになった悲鳴は、猿轡によって阻まれた。
ベーデガーに犯されるくらいなら……舌噛んで、死ぬ。
「……ん……!?」
声を出そうとして、猿轡を噛まされているのに気づく。
さらに腕は後ろ手に、足首も縛られていた。
「んー、んー!」
縄が緩まないかとじたばたと暴れるが、緩むどころかさらにきつく締まった気さえする。
『気がついたんだ』
ドアが開き、入ってきたのは――ベーデガー教授だった。
私が転がされているベッドの傍に椅子を持ってきて、彼は足を組んでそこに座った。
余裕のある彼を、思いっきり睨みつける。
『そんなに睨まなくたって、説明してあげるよ。
なにせ長い船旅だ、時間だけはたっぷりある』
彼の言葉でここが船の中だとわかった。
よく見れば窓が、一般的なホテルのものではない。
しかしこの時点で私は、さほど危険を感じていなかった。
携帯は壊されたが、まだ腕時計がある。
きっと、炯さんがすぐに気づいて助けに来てくれる。
そう、信じていたけれど。
『ああ。
先に残念なお知らせをしておこうか。
助けを期待しても無駄だよ。
最近は腕時計にもGPSがついていたりするから、捨ててきた。
密航みたいなもんだから、もちろん乗船名簿にも載っていないし、外国船籍の船にそうそう簡単には立ち入れないからね』
あっという間に彼が、私の希望をへし折ってしまう。
……じゃあ、私はもう二度と、炯さんに会えない?
『いいね。
その、絶望に染まった顔』
口角をつり上げ、教授はにっこりと笑った。
彼が部屋に置いてあるマシンを操作し、コーヒーのにおいが漂い出す。
少ししてカップを手に、教授は先ほどの椅子に座った。
『凛音もどうだい?
って、それじゃ飲めないか』
おかしくもないのに彼がくすくすと笑う。
『解いてほしい?』
それにはうんうんと勢いよく頷いた。
窓から見える風景は先ほどから変わっていない。
まだ出港していないはずだ。
今ならなんとか、逃げられるかもしれない。
『嫌だよー。
だって、騒がれるとうるさいからね』
すました顔で教授はコーヒーを飲んでいて、本当に忌ま忌ましい。
『さて』
飲み終わったカップを近くの棚に置き、彼は座り直した。
『凛音の聞きたいことはだいたいわかるよ。
なんで僕がここまで、君に拘るのかってことだよね』
いや、それはだいたいわかる。
アッシュ社長の一人娘ってだけで私には利用価値がある。
それで今まで、何度も誘拐されかけた。
ここまでのピンチは初めてだが。
それでさらに、三ツ星次期社長の婚約者という付加価値がついた。
一攫千金を狙う人間にとって、これほど利用価値のある人間はそうそういないだろう。
『僕はね、君が気に入ったんだ』
教授がなにを言っているのかまったく理解ができなくて、まじまじとその顔を見ていた。
だってそうでしょう?
気に入ったってだけで、誘拐とか犯罪とか危険を冒す?
『見た目が可愛いのもあるが、いつもにこにこ笑っていてなにも知らないお嬢さんって感じなのに、きっちり自分の意見は伝えてくる。
そういう大和撫子な凛音に惹かれたんだ』
熱弁してくる彼に引いた。
私は大和撫子ではない、ただのお転婆で世間知らずなお嬢様だ。
それは私自身がよく知っている。
教授の私像は、美化が過ぎていて気持ち悪い。
『それで、今回の報酬に君をもらったんだ』
にっこりと彼が私に微笑みかける。
……〝報酬〟ってなんなんだろう?
彼はただの、大学教授のはずだ。
『ああ。
大学教授は仮の姿。
本業は人身売買の斡旋をしている』
まるで私の疑問に答えるように彼が教えてくれる。
しかしその笑顔は酷く作りものめいていて、背筋がぞくりとした。
『大和撫子は海外で人気が高いんだ。
僕はクライアントの希望にあう子を探すのが役目なんだ。
それには大学教授っていうのはちょうどよくてね』
淡々と彼は語っているが、もしかして行方不明になったまま、まだ見つかっていない桜子さんも彼の仕業なのでは。
そんな疑念が浮かんでくる。
『あそこの大学は論文の盗用の常習犯でね。
脅したら簡単に採用してくれたよ』
くつくつとおかしそうに彼が笑う。
それでもしかしたら職員たちは、彼の顔色をうかがっていたのかもしれない。
この期におよんでまだ逃げる隙をうかがうが、まるで見張るようにベーデガーは私の前から動かない。
なにが楽しいのか彼は、ずっとにこにこ笑っていた。
『そろそろ出港の時間かな』
船の、警笛の音がする。
出てしまえばもう、本当に炯さんに会えなくなる。
それだけでもつらいのに。
椅子を立ってきたベーデガーが、私にのしかかる。
『向こうに着くまでのあいだに、この身体にたっぷりと君は誰のものか教え込ませて、従順な僕の妻にしてあげる』
浴衣の裾を割って彼に足をねっとりと撫でられ、全身が粟立った。
出そうになった悲鳴は、猿轡によって阻まれた。
ベーデガーに犯されるくらいなら……舌噛んで、死ぬ。
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