私にワルイコトを教えたのは政略結婚の旦那様でした

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
33 / 57
第六章 ワルイコトはイケナイコトです

6-2

しおりを挟む
定時になって仕事を上がる。
ベーデガー教授の依頼は二、三日中でいいとのことだったし、職場でも明日したらいいよと言ってくれたので、明日に回した。

「凛音様、今日はご機嫌ですね」

「そ、そうかな」

迎えに来たミドリさんが、車のルームミラー越しにちらりと私をうかがう。

「はい」

そうか、わかっちゃうかー。
炯さんがしばらくこちらにいるということは、今日は家に帰ってくるってことだ。
夕食も一緒だし、そのあとも一緒。
それだけでこんなに嬉しくなっちゃうのはなんでだろう。

家でそわそわと炯さんの帰りを待つ。

「ただいま」

「おかえりなさい」

帰ってきた彼が私にキスしてくれる。
それだけで、幸せな気持ちになった。

「んー、今日も仕事を頑張ってきたか?」

「はい、もちろんです」

炯さんに伴われて家の中へと入っていく。
私を膝の上に抱き上げ、リビングのソファーに座って炯さんもご機嫌だ。

「疲れて帰ってきて、凛音を抱き締められるとか最高だなー」

口付けの雨を炯さんが降らしていく。
視界の隅でスミさんが、うふふと微笑ましそうに笑って消えていった。

「もー、仕事の疲れも一発で吹き飛ぶ」

はむ、っと彼が私の唇を食べてくる。
その大きな口は本当に私を食べちゃいそうで、どきどきとした。

「本当は出張のときも、凛音を連れていきたいけどな。
そうすれば凛音切れの心配もなくなる」

炯さんはどこまでも真剣で、そこまで?とは思う。
でも、ちょっとわかるかも。
私も炯さんが長くいないと、炯さん切れを起こしているんだとこのあいだ、自覚したし。
しかし、一緒に出張に着いていくと、お仕事休まないといけなくなっちゃうしな……。

「でも俺の出張はなかなかスリリングだからな。
それで凛音の身に危険がおよぶといけないし」

さも当たり前のように彼は言っているが、出張ってそんなに危険なものなの?
確かに父も、場所によっては傭兵を雇うと言っていたけれど。

「お仕事、大変なんですよね……」

「そうだな、海賊と渡りあったりもするしな」

炯さんの身になにかあったらと考えて、身体がぶるりと震えた。
思わずぎゅっと彼に抱きつく。

「凛音?」

「ご無事に帰ってきてよかったです」

炯さんの仕事はこんなに危険なものなのだ。
いつ、何時、なにがあるのかわからない。
今まで無事に帰ってきたのも、奇跡なのかもしれない。

「……そんなに心配しなくても大丈夫だ」

あやすように軽く、彼が私の背中をぽんぽんと叩く。

「現地のコーディネーターがあいだに入ってくれるし、ボディーガードも雇ってる。
それに俺、逃げ足だけは速いからな」

「逃げ足が速い、ですか?」

ふふっとおかしそうに笑い、炯さんは私の顔を見た。

「そうだ。
ラグビーの試合ではボールを掴んだ俺を誰も止められなかった。
これでも大学生ラグビーでは得点王だったんだぞ?」

私にはそれがどれくらい凄いのかわからない。
でも、彼は自信満々でちょっぴりだけれど安心した。

「私より先に死んじゃダメです。
小さな怪我は仕方ないですけど、大怪我はダメ」

「わかった、約束する」

彼が私の前に小指を差し出してくる。
意味がわからなくてしばらく見つめていたら、促すように軽く揺らされた。
それでようやく彼がなにをしたいのか理解し、自分の小指をそれに絡める。

「俺は絶対に凛音より先に死なないし、大怪我もしない。
約束破ったときは……そのときはもう、凛音に詫びられないな」

困ったように炯さんは笑った。

「絶対に約束を破らなかったらいいだけです」

「そうだな。
約束する」

揺らされた小指が離れていき、ふたり見つめあう。
どちらからともなく、唇が重なった。

「……父さんが俺に、結婚を勧めたがった理由がわかるかもしれない」

唇が離れ、そっと炯さんの手が私の頬に触れる。

「凛音を残して先になんて逝けないからな」

眼鏡の向こうで炯さんの目が泣き出しそうに歪む。

「そうですよ、私をひとりにしないで。
約束です」

「ああ」

もう一度軽く、彼の唇が重なる。
大事な大事な、私の旦那様。
これから彼がいない日は、神様にその無事を祈ろう。
お守りも買おうかな。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

契約結婚のはずが、幼馴染の御曹司は溺愛婚をお望みです

紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
旧題:幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。 夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。 ★第17回恋愛小説大賞(2024年)にて、奨励賞を受賞いたしました!★ ☆改題&加筆修正ののち、単行本として刊行されることになりました!☆ ※作品のレンタル開始に伴い、旧題で掲載していた本文は2025年2月13日に非公開となりました。  お楽しみくださっていた方々には申し訳ありませんが、何卒ご了承くださいませ。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...