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第三章 これからはじめるワルイコト

3-2

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お茶をしながら、これからの生活について話した。

「このあいだも話したとおり、俺は海外出張が多くてこの家にあまり帰ってこない。
いや、これからはできるだけ帰るようにするが」

私の顔を見て、炯さんが言い直してくる。

「お仕事なら仕方ないのはわかっていますから、大丈夫ですよ。
それに、スミさんもいますし」

甘えるようにこつんと、軽く肩を彼にぶつけた。
このあいだだってあんなに詫びてくれた。
彼がこの件についてもう、気にする必要はない。

「すまないな」

それに、ううんと首を振った。

「それで。
俺がいないあいだ、凛音はなんでも悪いことをしていいからな。
といっても、常識の範囲内で、だが」

「ほんとですか!?」

炯さんの両手を握り、ついそれに食いついていた。

「ああ」

私の剣幕がおかしかったのか、炯さんは笑っている。
さらに近づいていた私へ、軽く唇を重ねた。

「……スミマセン」

興奮するあまり、それほどまでに彼に顔を近づけていた自分が恥ずかしくて、ソファーの上で小さくなった。

「いや?
そういう凛音、可愛くていいと思う」

あやすように今度は額に、彼が口付けを落としてくる。
それでますます、顔が上げられなくなった。

「それで。
出かけるときはミドリに頼んでくれ。
運転もしてくれる」

「わかりました」

「カラオケでもゲーセンでも好きに行っていいからな。
ミドリはそういう遊びが得意だ」

ちょっぴり意地悪く、炯さんが笑う。
なんだかミドリさんと会うのが少し、楽しみだな。

「あとは……」

「あの!」

「なんだ?」

強めに声をかけられ、炯さんは怪訝そうに私の顔を見た。

「悪いことって、……働いても、いいですか?」

「は?」

おずおずと上目でうかがった私を少しのあいだ見つめたあと、彼は何度か瞬きをした。

「別にかまわないが。
なんだ、凛音は働きたいのか?」

その問いにうんうんと勢いよく頷く。
本当は大学を卒業したら就職したかった。
しかし父に働く必要はないと反対され、半ばいじけて大学院に進学したのだ。
父から見れば良家の令嬢が誰かに使われるなんて、あってはならないのかもしれない。
私としては自分で、お金を稼いでみたかったのだ。

「なら、俺の会社で適当な仕事を……」

「自分で就職活動をしては、ダメですか?」

私に適当な仕事を与えてくれようとする彼を遮る。

「できるだけ自分で、なんでもやってみたいんです」

彼からの返事はない。
良家の奥様として勤め先は吟味したいなどと言われるかと思ったものの。

「やっぱり凛音は可愛いな!」

「えっ、あっ、ちょっと!」

まるで大型犬でも撫で回すかのように、わしゃわしゃと乱雑に炯さんは私の頭を撫でてきた。

「そうか、わかった。
でも就職先が決まったら教えてくれ?
万が一にもブラック企業だったら困るからな」

「あっ、はい!」

それくらいの気遣いは妥当だと思うので、従おう。

「それから。
これは凛音の新しい携帯」

私の手を取り、炯さんは携帯をのせた。

「新しいの、ですか?」

今使っているのは半年ほど前に機種変したので、別に困ってなんかないんだけれどな……?
「そ。
これからはこれで、なんの制限もなく使ったらいい」

「なんの制限もなく……?」

それって……。

「好きなアプリを入れられるってことですか?」

「そうだ」

「チャイルドロックもかかってない?」

「もちろん」

優しげに微笑んで彼が頷く。
途端に手の中の携帯が宝石かのように輝いて見えた。

「新しい携帯!」

これからは、スマートフォンを持っているのに電話とNYAIN、それに数個の生活アプリしか使えないとかないんだ!
「ゲームをしてもいいんですか?」

「ああ」

「インターネットでいろいろ調べても?」

「エッチなことはほどほどにな」

完全に興奮している私に、炯さんは苦笑いしているが気にならない。
それほどまでに私にとって、画期的なのだ。

「まずはアカウント設定からな。
ひとりでできるか?」

「えっと……。
教えて、もらえますか?」

曖昧に笑って彼に教えを乞う。
今まで設定済みの携帯を渡されていたので、自分でしたことがないのだ。
もう大学院まで卒業しているのに、携帯の設定すらできないのかと飽きられるかと思ったものの。

「わかった。
まず……」

彼は馬鹿にするどころかあっさり教えてくれて、ほっとした。

設定ついでに炯さんオススメのアプリをいくつか入れる。

「あとはこれな」

炯さんが指したのは、スケジュール管理のアプリだった。

「俺のアカウントとリンクして、互いのスケジュールを確認する。
あ、別に監視目的とかじゃないぞ?」

私が不審な顔をしていたからか、彼はすぐに説明してきた。

「俺がいつ日本にいるだとか、いつ家に帰る予定だとか。
そういうのがわかったほうがいいだろ?」

「そうですね……」

いちいち炯さんに尋ねて手を煩わせるより、自分で確認できるんだったらいいかも。

「俺も凛音のだいたいのスケジュールを把握していたら、急に時間ができたときとかに凛音をデートに誘いやすい」

「デート……」

そうか、夫婦になるんだから、デートしたりするんだ。
認識した途端に、みるみる顔が熱くなっていく。
え、デートってなにするんだろう?
手を繋いでお買い物とか?
それで、雰囲気のいいところでキスしたり……。

「きゃーっ」

熱を持つ頬を両手で押さえ、いろいろ想像してしまう。

「えっと。
凛音、さん?」

困惑気味の声が聞こえてきて、意識が妄想デートから戻ってきた。
目の前には苦笑いの炯さんが見え、急に恥ずかしくなって小さくなった。

「ス、スミマセン」

「別に?
近いうちに凛音の期待しているような、デートもしような」

彼が、私に向かって片目をつぶってみせる。
それで、私はもう、限界、で。

「きゅー」

くたくたと彼の腕の中に崩れ落ちていた。
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