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第三章 これからはじめるワルイコト
3-1
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お見合いから二週間後。
私は炯さんの家に引っ越しをした。
「ようこそ、我が家へ」
「お、お邪魔します……」
おずおずと彼の家に迎え入れられる。
郊外にある彼の家は、正面の壁が優美な曲線を描いており、とても美しかった。
「まずは家の中を案内するな。
ここがリビングだろ」
通されたリビングは広く、ベージュとアイボリーを基調に揃えられた室内は、とても落ち着いている。
「風呂、俺の書斎、寝室……」
次々に部屋を炯さんが案内してくれる。
アスレチックルームやシアタールームまであり、遊び心が満載だ。
「あと、ここは凛音の部屋な」
「……え?」
最後に彼が案内してくれたのは、言い方が悪いがなんの変哲もない部屋だった。
簡素なライティングデスクと、シンプルな小さめのベッドだけが置いてある。
「えっと……」
「凛音だってひとりになりたいときがあるだろ?
本を読んだりだとか音楽を聴いたりだとか。
とにかく、自由に使うといい」
困惑気味の私に、彼が説明してくれる。
「といっても、今はほとんどなにもないけどな。
凛音の好きにカスタマイズしたらいいよ」
私とレンズ越しに目をあわせ、彼がにっこりと微笑む。
そこまで考えてくれているなんて思わなかった。
「ありがとうございます」
世の中にこんなに素敵な男性がいるなんて知らなかった。
これは今まで、私の住む世界が狭かったからなのかな。
リビングに戻ってきたら、お茶の準備がしてあった。
「紹介するな。
お手伝いのスミさん」
「スミでございます。
以後、よろしくお願いいたします」
準備をしてくれていた、初老の女性が頭を下げる。
「凛音です。
こちらこそ、よろしくお願いします!」
私も慌てて、頭を下げ返した。
「うちにはあと、今日は休みだがもうひとりお手伝いのミドリと、シェフがいる」
「はい」
お手伝いさんなどの存在に驚きはない。
うちだって何人もいたし。
「これからはスミとミドリは週に二日、日曜ともう一日、重ならないように休みとなる。
シェフは土日が休みだ」
「これから……?」
そこが少し、引っかかった。
もしかして私が引っ越してくるのに伴い、勤務体系が変わるんだろうか。
「今までは俺が出張に行っているあいだは基本、休みだったからな。
これからはそれじゃ、困るだろ」
「いたっ」
ふふっとからかうように小さく笑い、炯さんが軽く私の額を弾いてくる。
「そ、そうですね」
今まで箱入りお嬢様生活で、まわりのことはほとんど人にやってもらっていた。
言われるとおり、私ひとりではなにもできない。
それでも。
「でも、私のせいで出勤日が増えるとかいいんでしょうか……」
そこはやはり、気になった。
「みんな今まで、仕事が少なすぎてダブルワークしていたからな。
給料も増えるし、喜んでいるから大丈夫だ。
そうだろ?」
炯さんの隣で、スミさんがうんと頷く。
「そうでございますよ。
坊ちゃんがいない日は本宅へ仕事に行っていたのですが、あちらはなにかと忙しくて、婆の身には堪えるのです。
こちらでゆるりと凛音様のお世話をさせていただいたほうが助かります」
彼女は喜んでいるみたいだし、だったらいいのかな……?
「と、いうわけだ。
それはいいがスミ、何度、坊ちゃんと呼ぶのはやめてくれと言ったらわかるんだ?」
不満げな視線を炯さんが眼鏡の奥から、スミさんへ向ける。
二つ三つ上かと思っていた彼は、今年三十になったそうだ。
この年で坊ちゃんと呼ばれるのは嫌だろう。
「坊ちゃんはいくつになっても坊ちゃんでございます」
しかしそれはスミさんには効いていなくて、炯さんは諦めたかのようにため息をついた。
「あの。
スミさんって……」
ふたりのやりとりを聞いていると、雇用主と従業員というよりも、もっと気安い関係に見える。
「ああ。
スミとは子供の頃からの付き合いなんだ。
こっちに移るときにも着いてきてくれた。
俺にとって第二の母親みたいなもんだな。
だから凛音も、なにか困ったことあったら相談するといい」
「まあ、坊ちゃま。
母親だなんておこがましい」
照れているのか、スミさんはバンバン炯さんの肩を叩いてる。
炯さんも嬉しそうに笑ってた。
なんだかとてもいい空気で、これからの生活の不安が少し晴れた。
私は炯さんの家に引っ越しをした。
「ようこそ、我が家へ」
「お、お邪魔します……」
おずおずと彼の家に迎え入れられる。
郊外にある彼の家は、正面の壁が優美な曲線を描いており、とても美しかった。
「まずは家の中を案内するな。
ここがリビングだろ」
通されたリビングは広く、ベージュとアイボリーを基調に揃えられた室内は、とても落ち着いている。
「風呂、俺の書斎、寝室……」
次々に部屋を炯さんが案内してくれる。
アスレチックルームやシアタールームまであり、遊び心が満載だ。
「あと、ここは凛音の部屋な」
「……え?」
最後に彼が案内してくれたのは、言い方が悪いがなんの変哲もない部屋だった。
簡素なライティングデスクと、シンプルな小さめのベッドだけが置いてある。
「えっと……」
「凛音だってひとりになりたいときがあるだろ?
本を読んだりだとか音楽を聴いたりだとか。
とにかく、自由に使うといい」
困惑気味の私に、彼が説明してくれる。
「といっても、今はほとんどなにもないけどな。
凛音の好きにカスタマイズしたらいいよ」
私とレンズ越しに目をあわせ、彼がにっこりと微笑む。
そこまで考えてくれているなんて思わなかった。
「ありがとうございます」
世の中にこんなに素敵な男性がいるなんて知らなかった。
これは今まで、私の住む世界が狭かったからなのかな。
リビングに戻ってきたら、お茶の準備がしてあった。
「紹介するな。
お手伝いのスミさん」
「スミでございます。
以後、よろしくお願いいたします」
準備をしてくれていた、初老の女性が頭を下げる。
「凛音です。
こちらこそ、よろしくお願いします!」
私も慌てて、頭を下げ返した。
「うちにはあと、今日は休みだがもうひとりお手伝いのミドリと、シェフがいる」
「はい」
お手伝いさんなどの存在に驚きはない。
うちだって何人もいたし。
「これからはスミとミドリは週に二日、日曜ともう一日、重ならないように休みとなる。
シェフは土日が休みだ」
「これから……?」
そこが少し、引っかかった。
もしかして私が引っ越してくるのに伴い、勤務体系が変わるんだろうか。
「今までは俺が出張に行っているあいだは基本、休みだったからな。
これからはそれじゃ、困るだろ」
「いたっ」
ふふっとからかうように小さく笑い、炯さんが軽く私の額を弾いてくる。
「そ、そうですね」
今まで箱入りお嬢様生活で、まわりのことはほとんど人にやってもらっていた。
言われるとおり、私ひとりではなにもできない。
それでも。
「でも、私のせいで出勤日が増えるとかいいんでしょうか……」
そこはやはり、気になった。
「みんな今まで、仕事が少なすぎてダブルワークしていたからな。
給料も増えるし、喜んでいるから大丈夫だ。
そうだろ?」
炯さんの隣で、スミさんがうんと頷く。
「そうでございますよ。
坊ちゃんがいない日は本宅へ仕事に行っていたのですが、あちらはなにかと忙しくて、婆の身には堪えるのです。
こちらでゆるりと凛音様のお世話をさせていただいたほうが助かります」
彼女は喜んでいるみたいだし、だったらいいのかな……?
「と、いうわけだ。
それはいいがスミ、何度、坊ちゃんと呼ぶのはやめてくれと言ったらわかるんだ?」
不満げな視線を炯さんが眼鏡の奥から、スミさんへ向ける。
二つ三つ上かと思っていた彼は、今年三十になったそうだ。
この年で坊ちゃんと呼ばれるのは嫌だろう。
「坊ちゃんはいくつになっても坊ちゃんでございます」
しかしそれはスミさんには効いていなくて、炯さんは諦めたかのようにため息をついた。
「あの。
スミさんって……」
ふたりのやりとりを聞いていると、雇用主と従業員というよりも、もっと気安い関係に見える。
「ああ。
スミとは子供の頃からの付き合いなんだ。
こっちに移るときにも着いてきてくれた。
俺にとって第二の母親みたいなもんだな。
だから凛音も、なにか困ったことあったら相談するといい」
「まあ、坊ちゃま。
母親だなんておこがましい」
照れているのか、スミさんはバンバン炯さんの肩を叩いてる。
炯さんも嬉しそうに笑ってた。
なんだかとてもいい空気で、これからの生活の不安が少し晴れた。
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