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エピローグ

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「一護、一護」

お姉ちゃんが泣いている。
泣きやんでほしくて手を舐めたら、もっと泣かれた。
顔を舐めてあげたいけど、僕はもう起き上がれない。



お姉ちゃんは隣の家のお姉ちゃんだ。
僕がこの家に来たときは、ランドセルを背負っていた。

「可愛い犬!
ぬいぐるみみたい!」

初めて僕を見たとき、お姉ちゃんはそう言って僕を抱きしめてきた。
なんだかいい匂いがして、僕はいっぺんにお姉ちゃんが好きになったんだ。

お姉ちゃんはしょっちゅう僕の家に来ては、ブラッシングしたりお散歩に連れていってくれたりた。

「みんな、誰々が好きーとかって盛り上がってるけど、全然わかんない」

お姉ちゃんはときどき、ちょっと難しそうな、悲しそうな顔をしている。
そういうときはべろんと顔を舐めた。

「ちょ、一護!」

だってそうしたら、お姉ちゃんは必ず笑ってくれるから。


お姉ちゃんは小学生から中学生になり、高校生になった。
それでも僕たちはいつだって仲良しだ。

「彼氏欲しくないのって、私には一護がいるしー」

お姉ちゃんはよく、僕のことを彼氏だって言う。
それって番ってことでいいのかな。
僕もお姉ちゃん大好きだから、そうだったらいいな。


高校を卒業したお姉ちゃんは、大学生になった。

「ときどき、帰ってくるから忘れないでねー」

そう言って僕をぎゅーっと抱きしめた日から、お姉ちゃんは帰ってこない。
お父さんとお母さんから、お姉ちゃんは遠く行ったからたまにしか帰ってこないんだよって言われた。
それでも僕は、毎日毎日、お姉ちゃんを待っていた。


「一護、久しぶりー」

桜が完全に葉っぱになって鯉のぼりが泳ぎだした頃、お姉ちゃんが帰ってきた。
いっぱい、お話ししてくれることを聞く。
僕にはちっとも、わからないけれど。
もうどこにも行かないよね、ずっとここにいるよね。
そう思ったのにお姉ちゃんはまたすぐにいなくなった。


お姉ちゃんが帰ってくると嬉しい。
お姉ちゃんがいなくなると悲しい。
そんなことを繰り返し、……その夏。


「……一護」

帰ってきたお姉ちゃんは、凄く元気がなかった。

「私、最低なんだ。
彼をいっぱい、傷つけた……」

お姉ちゃんが泣いているのは僕も悲しくて、顔をべろべろ舐める。
いつもならくすぐったいってすぐに泣きやんでくれるのに、お姉ちゃんはいつまでも泣きやんでくれなかった。

「私には一護だけいればいい。
一護、大好きだよ」

ようやくお姉ちゃんは笑ってくれたけどまだ苦しそうで、僕は悲しくなったんだ。


そのうち、お姉ちゃんは会社員になった。
会社員もやっぱり、たまにしか家には帰ってこないらしい。

「また来るから。
それまで元気でいてね」

最近の僕は少しずつ、身体を動かすのがつらくなっていた。
それでもお姉ちゃんを心配させたくなくて、尻尾を振ってみせる。

記録的猛暑だというその夏は、弱っている僕にはつらすぎた。

「一護!」

もう開かないまぶたを開けると、泣きだしそうなお姉ちゃんの顔が見えた。

「一護、一護」

泣きやんでほしくて顔を舐めてあげたいんだけど、僕はもう起き上がれない。
精一杯の力で手を舐めたら、ますます泣かれた。

「一護、一護」

だんだん、僕の身体から力が抜けていく。
僕がいなくなったらお姉ちゃんはもっと泣くから嫌なのに。


気がついたら、虹の橋の袂にいた。
この橋を渡って向こうに行けばもう、苦しみはない。
わかっているけれど、お姉ちゃんが心配で渡れなかった。

「渡らないのか」

声がして、目の前に神様が立っていた。

「さっさとあちらへ渡るがいい」

でも僕はお姉ちゃんが心配だから。
お姉ちゃんが僕の代わりに笑顔にしてくれる人を見つけるまでは、逝けない。

「なら」

神様が杖を振るうと、ひとりの男の人が浮かび上がった。

「あそこへ、入るがいい」

もう一度神様が杖を振り、すーっと僕はその人に吸い込まれた。


その、佑司という人は、お姉ちゃんと一緒の会社の人だった。
近くにいるのにお姉ちゃんは全然気づいてくれない。
悲しかったけど、僕は見守ることにした。

彼と付き合うことになったお姉ちゃんは、笑ったり怒ったり、ほんとに楽しそうだった。
たまに、もっとお姉ちゃんのこと考えろって怒りたくなることもあったけど。

「佑司を愛してます」

お姉ちゃんが幸せそうに笑う。
だからもう、大丈夫。
きっとこの人が、お姉ちゃんを幸せにしてくれる。
だから僕は、虹の橋を渡る決心をしたんだ。

お姉ちゃん、元気でね。
僕がずっと、お姉ちゃんを笑顔にしてあげられないのは悲しいけど。
でもきっと、そいつがお姉ちゃんを幸せにしてくれるから。


*******

「……一護」

「え、なに?」

佑司は不思議そうだけど。
いま一瞬、笑っている一護が見えた。
別れを言うように。

「一護ってあれだよな、俺に似てるとかいう犬」

「そうなんですよ、佑司、一護にそっくりで。
だから付き合ってもいいかって思ったくらいで」

「……なんかちょっと、酷い」

佑司は項垂れてしまったけれど、もしかして一護が私を、佑司と出会わせてくれたのかな。

……なーんて、あるわけないか。


【終】
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