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最終章 きっと、また

3.やっと……?

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「チー」

ベッドで、隣に座った佑司が、幸せそうにうっとりと私の頬に触れる。
傾きながらゆっくりと顔が近づいてきて……私は、思い出してしまったのだ。
さっき、豚骨ラーメンを食べてしまったことに。

「タイム」

「は?」

いままさに唇が触れようとしたところで顔を押しのけられ、あきらかに佑司は不満顔だけれど……。
仕方ないよね。

「歯磨き、歯磨きさせてください」

「なんで?
いまさら?
てかいま?」

「いまですよ、いま。
佑司だって豚骨ラーメン食べた後の女となんてキスしたくないでしょう?」

「俺は別に……うおっ!」

繰り出した拳は、すんでの所でよけられた。

「かまえ!」

「……うん。
ごめん。
じゃあ俺もする」

がっくりと肩を落として背中を丸め、とぼとぼと佑司が後をついてくる。
せっかく気分が乗っていたところを中断されて嫌なのはわかるけど、この口で佑司とキスするのは私だって嫌だ。

洗面所で、ふたり並んで歯磨きする。
どうでもいいが片手はしっかり私の腰をホールドしているのが理解できない。
おかげで、上から泡が落ちてこないか気になって仕方ないんだけど。

「チー」

歯磨きが終わり、今度こそベッドで唇を重ねる。
口付けを重ねながら、ゆっくりと佑司は私をベッドへ押し倒した。

「ゴムないんだけど……いいよな」

ちょっと待て。
それはうっとりと私の頬を撫でながら言う台詞かー!

「ぐふっ!」

今度は完全に油断していたから、拳は佑司のお腹にヒットした。

「いいわけなかろうが、いいわけ!
そんな無責任なこと、すんなー!」
「……責任取るに決まってんだろ」

すーっと、佑司の目が細くなった。
メタル眼鏡と相まって酷く冷たく、凍り付きそうだ。

「チーとは結婚だってしたいから、なくてもいいというよりない方がいい。
チーは違うのか?
チーは俺を、愛してないのか」

「それとこれは話が違うっていうか……」

まだ結婚だってしていない。
仕事の都合だってある。
なにも考えずに無責任に感情にまかせて、なんて無理。

「佑司を、愛してますよ。
だから佑司がしたいんだったらさせてあげたいです。
でも子供とかまだ、考えられない……」

「……ごめん、チー」

佑司の腕がぎゅっと、私を抱きしめる。

「そうだよな、女は男と違っていろいろあるもんな。
俺だっていま、育休で長期休まなきゃってってなったら悩むもん。
ごめん、チー。
これはちゃんと話しあって決めなきゃいけない問題だよな」

ちゅっ、軽く唇が触れて離れる。

「買ってくるから待ってろ」

ぽんぽん、と軽く佑司の手が触れて離れた。

「ゆう……」

「ほかにいるもんないか。
腹は減ってない?
あ、ラーメン食ったって言ってたか。
じゃ、ちょっと買ってくる」

彼が出ていき、バタンとドアが閉まる。

「佑司を好きになってよかった」

枕を抱いてごろんと寝転がる。
もっとごねられると思ったのだ。
なのにあっさり引き下がってあやまってくれた上に、私のことも考えてくれた。

「佑司と結婚……佑司の子供……」

想像したら、案外しっくりきた。
いまだって頼まなくたって家事をやっている。
子育てだって率先してやりそうだ。

「佑司はきっと、いいパパになるだろうな……」

仲直りできたおかげか、眠くなってくる。
ここ三日ほどまともに寝ていないからなおさらだろう。
寝ちゃダメだって思うのに、まぶたは勝手に降りてきた。

「……ごめん、佑司……」

もうまぶたは重くて持ち上がらない。
佑司の戻りを待ちきれずに、眠ってしまった……。



目が覚めたら、至近距離に佑司の顔があった。

「おはよう、チー」

目尻が下がり、少しだけ笑い皺が寄る。
ちゅっと口付けして佑司は起き上がった。

「何時ですか……」

カーテンの閉まっている室内は暗く、時間の感覚がない。

「もう朝」

「えっ」

慌てて起き上がると、服はパジャマに着替えさせてあった。

……うん、そこは華麗にスルーしとく。

「すみません、寝てしまって」

「んー?
疲れてたんだろ。
俺も疲れてたし、別にいい」

部屋を出ていく佑司を追う。
彼は洗面所で歯磨きをはじめたので、私も横に並んで歯磨きをした。

「朝メシ食ったらどうする?」

どうするって、帰んなきゃですよね?
仕事、放り出してきているんだし。

「ロケ地巡りでもするか。
あ、門司港ってここから近いの?
焼きカレーが有名なんだろ。
食ってみたい」

着替えながら楽しそうに観光プランなんか練っていますけど。

「仕事、いいんですか?」

「ん?
先週末も先々週末も休日出勤したんだぞ?
休んだってバチは当たらない。
それに丸島サンに休むって連絡入れたし。
なんとかしてくれるだろ、あのおっさんなら。
てか困れ」

ニシシ、意地悪く佑司は笑っている。
よっぽど昨日の丸島係長を恨んでいるらしい。

「……佑司」

ちょいちょいと手招きすると、顔を寄せてくる。
そっとその耳もとに口を寄せた。

「……帰ったらいっぱい、いちゃいちゃしましょうね」

「……」

顔を離した佑司は、左手で口もとを覆って私から目を逸らしてしまったけど、どうしたのかな。
私また、なにか不正解なこと言った?
不安で見つめていたら、ちらっと彼の視線がこちらに向かう。

「……可愛すぎ」

「え?
……!」

顔を掴まれたかと思ったら、がっつりと唇を食われる。
私の中に入ってきた佑司が、甘い感覚を引きずり出していく。

「そんなに可愛いと朝からサカっちゃいそうになるだろ。
チーに殴られたくないから我慢するけど」

「えっ、あっ」

「朝メシ食べたらすぐに出るぞ。
夜の飛行機には乗らないといけないから、時間ないし」

「そうですね」

佑司が着替えはじめ、私も着替える。

……ほんとは。
シてもよかったのに、なんて思っていたのは内緒。



朝食を食べてネットで調べ、門司港へロケ地巡りに出た。

「ほんとだ。
あの映画と一緒」

携帯の画面に出した場面と見比べながら、歩いて回る。
駿とは来なかったロケ地巡りだけど、佑司とは来られた。

「ほら、チー。
あの女優みたいに台詞言って」

なんですか、それをムービーにとって後で見る気ですか。

「嫌ですよー」

「えー」

口ではふて腐れながらも、佑司は笑っている。
きっと私も笑っていることだろう。

「佑司」

「なに?」

眼鏡の影に、笑い皺がのぞく。

「いつか……なんでもないです」

「え?
なになに、気になるだろ」

「内緒です。
ほら、焼きカレー食べるんですよね?
お腹空きました」

足早に歩きだした私をすぐに佑司が追ってくる。

――子供と一緒に来たいですね。

飲み込んだその言葉はいつか、現実になると信じている。
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